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その12 5年前の出来事

 ティトゥの話は5年前のある出来事に遡る。


 その日、来年成人するティトゥはお城で開催される王都の新年式に参加していた。

 下士の家の娘であるティトゥはその時初めてお城に入った。

 この国の貴族は伯爵とか侯爵とかそういった爵位は無いそうだ。

 貴族の位は上士・下士という二つだけで、一つの上士が複数の下士の寄り親となり、国のあちこちの領地を治めているという。


 軍隊でいう、士官と兵のような感じだろうか?

 士官は兵を使う人、兵は上官に使われる人、みたいな?

 個人的には爵位で言われるより分かりやすいように感じるけど、どうも話を聞く限り、同じ上士や下士でも家によっての序列が存在するらしく、かえって煩雑なんだそうだ。



 例年だとティトゥは実家のマチェイ家の寄り親であるヴラーベル家が主催する新年式に参加していたのだが、下士の家でも翌年成人する者は王都の新年式に参加するのが慣例なので、今年は王都に来ていた。

 ちなみに寄り親の新年式は式とは名ばかりのパーティーなんだそうだ。

 そりゃまあ、当主である父親はみんなお城の新年式に出てるんだから、残った奥さんや子供ばかりで堅苦しい式なんてやらないよね。

 お父さんは本社に出張、お偉いさんばかりの堅苦しい式典、家族は新年パーティー、同僚の家族とおいしいごちそうを食べる、と。

 ・・・お父さん頑張れ。


 ティトゥは父に連れられて城に入り、この時初めて自分達の仕える王族の姿を見たんだそうだ。


 まあ、TVも写真も無いなら普通王様の姿なんて目にすることもないよね。


 国王の挨拶が終わると、今回参加した貴族の子らのお披露目が行われた。

 といっても、王から大分離れた場所に一列に並んで、宰相から名前を読み上げられるだけのものだったんだそうだが。

 せめて一人づつ王の前に出て挨拶をする、みたいな形には出来なかったのかね・・・。

 そんな式でも、王族に自分の子供を見せる機会なんてこの時だけしかないから、貴族にとっては結構貴重な時間なんだそうだ。



 王族が退場したことで式は滞りなく終わり、場所を大広間に移して立食形式の懇親会が行われた。

 その時・・・




 立食形式と言っても、食事を摂る場ではないそうだ。

 そもそも人が多すぎて料理を並べる場所が取れないくらいだったらしい。

 それでもつまみになるような軽食くらいは置いてあったそうだが、さすがのティトゥでもそれに手を出すことは無かったという。


 う~ん、どうだろう。

 本当に美味しそうなら、ティトゥだったら食べたんじゃないかな?

 それでもって、周りの大人達に呆れられる。

 うん、ありそう。


『コルセットが苦しかったから、飲み物も喉を通りませんでしたわ』


 おっと、考えが顔に出ていたようだ。

 戦闘機の顔ってどこになるんだろうね?




『オイ! 誰が手で隠していいと言った!!』


 突然怒鳴り声と共に何かが床に打ち付けられる音が響いた。

 ティトゥはその時、父親との挨拶まわりを終え、まだ話し込んでいる父親と離れて一人、広間の端に設けられた休憩コーナーの椅子に座って休んでいた。

 大広間がしんと静まり返る。

 全員が見つめるその先にいたのは、奇抜な格好をした一人の若い貴族。

 彼の足元にはこれも奇抜な格好をした少女。

 どうやらこの若者がこの少女を突き飛ばしたか、引き倒したかしたようだ。


 ティトゥが言うには少女の姿は「娼婦でもしないハレンチな格好」だったそうだ。う~ん、想像もできん。

 あれかな? 悪の組織の女幹部がするような露出の多いボンテージな格好とか?


 少女は小さく縮こまって、少しでも周囲から自分の姿を見られまいとしている。

 顔色は蒼白で、あまりの恐怖と羞恥に全身が小刻みに震えている。


『わざわざこの俺が、寄り子であるお前のために作ってやったその服を、なぜイヤがる!!』


 それは娼婦でも着ないハレンチな服だからじゃないのかな?


 ティトゥはその少女に見覚えがあったという。

 さっきの式で王族の前に並んだ時、一人だけ普段着を着ている少女がいたのだ。

 貴族の子の名前を読み上げていた宰相が、彼女の姿を見て一瞬言葉を失い怪訝な表情を見せたので記憶に残っていたという。


『しかも、お披露目式には当てつけのようにあんなみすぼらしい服を着おって! 一体どういうつもりだ!』



 この時点でティトゥ達は大体の事情を察した。


 というか僕でも分かるわ。

 要はこの若い貴族は自分が目立つために自分の寄り子の少女を利用しようとしたんだろ?

 彼女のファッションがみんなの注目を集めることで、その寄り親であり彼女をコーディネートした自分も周りからチヤホヤされるに違いないと。

 そんなお花畑な空想を夢見ていたんだろうけど、現実は残酷だ。

 彼には壊滅的にセンスが無くて、でも自分でそのことが分かっていなかったんだ。


 ・・・いや、彼らの服を見てない僕がそこまで言うのは言いすぎか?

 TVでパリコレとか見たらビックリするもんな。

 女性のモデルさんが乳首まで透けて見えるスケスケ服とか着てたりするし。

 まあ、あれだ。彼のセンスは一般受けするものではなかったのだ。ということで。


 で、少女は寄り親から渡されたあまりにハレンチな服を見て、それを着て人前に出ることがどうしてもできず、やむを得ず式には彼女が着てきた服を着て出た。

 それを見て激怒した脳内にお花畑を育んでいる若者は式が終わった後、彼女に自分の作った服を無理やり着せ、せめて懇親会には出そうとした。

 女幹部にはされたもののやはり人前に出るのをいやがる彼女だが、彼としてはそれでは目的が果たせない。

 結局彼女を引きずって懇親会の会場まで連れてきて引き倒した。

 で、今に至ると。



『いいから立て!』

『きゃあああ!』


 若者は少女の腕を掴むと無理やり立たせようとした。

 少女はパニックを起こしかけているのだろう、思わぬ力を出して彼の手を振りほどく。

 ・・・単にコイツが男にしては非力なだけかもしれないけど。

 周りの人間は困った顔をするだけで何もしない。



『おやめなさい!』


 見かねたティトゥが少女の前に割って入る。


『何だ貴様は!』

『嫌がっているじゃありませんか。事情は知りませんが、あなたのなさりようはこの場にふさわしい振る舞いとは思えませんわ』


 ああ、ティトゥそう言っちゃったか。

 こういう輩がそう言われたら返す言葉は決まってるよね。


『・・・じ、事情も知らない者が我が家のコトに口出しするな!』

『見て見ぬふりはできません』

『なんだと、貴様・・・貴様、どこの家の者だ』


 若者の問いに、ティトゥはこの状況がマズいことに今ようやく気が付いた。

 怒りで頭に上った血が下がり、顔が青ざめていくのが分かった。

 なぜ周りの貴族は、この行いを見て誰も何もしないのか。

 この若者がこの場の貴族の中でも最も高位にあるからではなかろうか。


『殿下、いえ、ネライ殿、私の娘に何かありましたか?!』

 

 ティトゥの父が慌てて駆け寄るのが見える。

 ああ、やはりそうか。

 ティトゥは最悪の予想が当たったことに唇を噛みしめるのだ。




 この若者はミロスラフ王国でも有数の名家であるネライ家の分家の当主だった。


 ・・・そういえばこの国がミロスラフ王国って名前だって今初めて知ったな。


 名家とはいえ分家の当主となると、上士位としてはせいぜい下の上くらいなんだそうだ。

 しかし周りの貴族は若者のことを単なる分家の当主とは見ていなかった。

 彼は名家に養子に入った臣籍降下した元第四王子だったのだ。


 ミロスラフ王国の前国王は一言で言えば愚鈍な王だったらしい。

 能力もないくせに色々とやらかしては優秀な宰相がその尻拭いをしていたそうだ。


 そんな愚鈍な男から生まれた王子達。

 長男は凡庸。次男は優秀。三男以降はクズ同然。

 

 優秀な次男? すわっ、跡目争い待ったなし!

 と思いきや、優秀な次男は優秀なだけのことはあって、成人前に早々に臣籍降下して継承権を放棄。

 周囲も、まあ今の王よりましだし、と考え、長男が王位につくことにすんなりと賛成。

 その後、三男以降のクズ共も成人すると共に同様に次々と降下。

 上士位の貴族の中でも位の高い家々はおのおの一人づつクズを養子に押し付けられ、仕方なく分家として捨扶持を与えて王家のご機嫌を取ることになったのだそうな。ちゃんちゃん。


 さて、件の元第四王子様だが、名家の分家で満足していれば良いものの、何を勘違いしたのか現状に不満だらけなのである。

 自分はもっと重要な人間に違いない、自分の真の価値が分からない世間が悪い、と実にクズらしい根拠のない自信を持って、なんだかんだと王室行事のたびに前に前に出ようとしてくるらしい。

 今回の件で貴族達が困った顔をするだけで誰も何もしなかったのも、行事のたびに繰り返されるいつもの奇行に呆れてモノも言えなかった、という理由だったようだ。




『貴様は?』

『私はシモン・マチェイ。下士位のマチェイ家の当主です。こちらは次女のティトゥ。この度は陛下にお披露目するべく連れて参りました』

『ふんっ。赤貴族の娘か』


 会場がざわめく。

 赤貴族とは下士位の蔑称。上士位の蔑称は青貴族。

 こういう公の場で面と向かって相手に口にするような言葉ではない。

 日本人に対してジ〇ップって言うようなものらしい。

 下士位の貴族は半平民だから外で働いて日に焼けて赤い、上士位の貴族は日に焼けてないから肌が青い、というのが理由らしい。

 地球でも「貴種は青い血」という言葉があるが、あれも「貴族は日に焼けないから静脈の青色が透けて見えて血が青く見える」という意味らしいね。


 元第四王子はティトゥを見る。

 上から下まで自分の娘を嘗め回すような視線は不愉快だったが、相手が上士位である以上文句も言えない。

 ティトゥも父の立場を考え黙ってはいるが、目は元第四王子から逸らさない。

 少女に無体を働くこの男を許せないのだ。


『中々の美形ではないか』

『お褒めの言葉ありがとうございます』


 それって誉め言葉なの?

 そしてクズはクズな言葉を口にする。



『俺の側室にしてやろう』

次回「元第四王子の影響力」

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