その26 胴体内補助席
本日もブックマーク400件を記念して、2本更新をしたいと思います。
次の話は19時に更新予定です。
コノ村に元家具職人のオレクがやって来て数日。
実は僕は彼に前々から考えていたあるものを頼んでいた。
どうやら今日それが完成したらしい。
『ハヤテ様、領主様。こんなもんでどうでしょうか?』
少しは僕に慣れたのかオレクが元気良く――いや、やっぱりおっかなびっくり僕の所までやって来た。
『これは・・・何ですの?』
『変な形のイスですね』
ああ、そういえばティトゥとカーチャがいない時に頼んだんだっけ。
最近ティトゥは代官のオットーの所で書類仕事を手伝っている事が多いからね。
そうなると当然カーチャもティトゥの世話でそっちに行ってしまうのだ。
『はい。ハヤテ様に頼まれて作った胴体内補助席です』
『『胴体内補助席?』』
まあ名称は仮名だけど、つまりはそういう事。
先日ボハーチェクの港町の商人のジトニークが僕用の樽増槽を作ってくれた事があった。
今まで僕に荷物を積む時には胴体内の空いたスペースに入れていたが、今後はこの樽増槽に入れてもらえば良いわけだ。
つまり胴体内のスペースが空いたという事になる。
丁度村に家具職人も来た事だし、僕は以前から考えていた誰かを乗せる時用の補助席を、彼に作ってもらう事にしたのである。
『そんな事をしていたんですのね』
『随分背もたれが傾いたイスですね』
胴体内補助席は歯医者で使うイスのような、座っている者が半分寝ているような形だ。
胴体の中は狭いから普通のイスだと頭を打っちゃうからね。
イスの背もたれの部分には腰の所と後二か所、ハの字形に安全ベルトが付けられている。
僕に搭乗する人は、僕の胴体の中で半分横になった状態で、このベルトによって腰と両肩の三か所で固定される事になるのである。
僕の胴体の中に取り付ける関係上、もちろん脚は付いていない。
脚の代わりに胴体のフレームに固定するための木枠が付けられている。
イスというよりも背もたれの長い座椅子、といった見た目だ。
このイスを取り付ける事によって、今後胴体の中を非常用脱出路として使用する事は出来なくなるが、そこは仕方が無い事だろう。
『あっ! 補助席が出来たんだね!』
そう言って小柄な少女が嬉しそうに走って来た。ナカジマ家の料理人ベアータだ。
実はオレクが僕に怯えて話にならなかったので、彼女に通訳として手伝ってもらったのである。
『元々付いている椅子の背もたれを倒して入るんだ。へえー』
興味深そうにオレクの取り付け作業を見守るベアータ。
取り付け方等、その辺りは改良の余地があるかもしれないな。まあコイツはまだ試作品という事で。
しかし、流石本職の家具職人が作っただけあって、中々にしっかりとした作りだ。
最初にこれだけの物が出来たのなら完成品の出来も期待出来そうだ。
『早速具合を見てみましょうか』
『アタシが乗ってみたい! いいでしょうかご当主様!』
特に断る理由も無いのでティトゥが頷くと、ベアータは嬉しそうに僕の胴体に潜り込んだ。
『ひゃああ! ハヤテ様の身体ってどうなってんだい?! まるで魚の骨の中にいるみたいじゃないか! こんな風に骨がむき出しになっていてハヤテ様は大丈夫なのかい?』
『ベアータ、安全ベルトを締めて頂戴。ハヤテが出られないですわ』
賑やかなベアータがベルトを締めたのを確認してから僕は走り出した。
『痛てててて! 結構背中とお尻に振動が来ますね』
『舌を噛まないように気を付けなさい。次に乗る時にはクッションを敷いた方が良いかもしれませんわね』
ふむ。イスの固定が不完全なせいで振動を増幅してしまっているのかな? こういう所は実際に使用してみないと分からない問題だよね。
などと考えている間にタイヤが地面を切ると僕の体は空へと舞い上がった。
『飛んでしまえばそうでもないですね。あー、でもご当主様のイスに隠されて外の景色がほとんど見えないのは退屈かも』
『それは仕方がありませんわ』
だね。それとベアータは気にしていないみたいだけど、腰が悪い人は乗せない方が良いかもしれない。
ベルトで上半身をガッチリ固定しているからあまり姿勢を変える事が出来ないみたいだ。
この辺も要研究か。
『スコシ。トブ』
『そうですわね。もう少し飛んでみて様子を見ましょう。良いかしら? ベアータ』
『あーはい、アタシの方は大丈夫です!』
ベアータの許可も出たし久しぶりにボハーチェクの港町まで飛びますかね。
『お久しぶりですナカジマ様。そしてハヤテ様。この度は爵位の授与、誠におめでとうございます』
え~と、君誰?
せっかくやって来たので門番君にジトニーク商会まで走ってもらったのだが、やって来たのはジトニークではなく知らない男だった。
やたら愛想の良い彼に、どうやらティトゥにも見覚えが無いみたいで、どう対応していいか分からずに戸惑っている。
男はそんな僕達の様子を見て苦笑いを浮かべた。
『私の事を覚えていなくても無理は無いですよ。メルガルの所で働いている者です。こうしてお話させて頂いたのは初めてになります』
メルガル? ああ、ランピーニ聖国のマリエッタ王女の叔母さん、ラダ・レブロン伯爵夫人の所の代官君か。
レブロンの港町の代官君にはこの夏何度かお世話になった。
目の前の彼はそのメルガルの下で働いているのだという。
ティトゥもメルガルの名前には聞き覚えがあったのか、ようやく彼の事が理解出来たみたいだ。
『この国にはお仕事で?』
『いえ、あなた方を訪ねて来たのです』
あなた方? もちろんベアータの事じゃないよね。じゃあティトゥだけじゃなくて僕にも用事があるって事?
『夏にハヤテ様が見つけた漂流船。あれの持ち主が無事に見付かりまして――』
メルガルの部下の彼が話してくれたのは、この夏、僕とティトゥが海で見付けた幽霊船の事だ。
あの時、メルガルは幽霊船は造船所から漂流した造りかけの船じゃないかと言っていたけど、本当に彼の見立て通りだったんだそうだ。
流石は大きな港町の代官。最初はラダ叔母さんのパシリの優男君とか思っていてゴメンね。
『へえ。それは良かったですわ』
『それでメルガル様からお二人にお礼を届けに参ったのです』
ええっ?! わざわざ外国まで人をよこしてお礼を届けさせるってどういう事?!
どうやら彼の話ではメルガルは船のオーナーに恩を着せまくって大分巻き上げたんだそうだ。
つまり、彼の言う”お礼”というのはそのお金の一部らしい。
現金書留も無いこの世界では、お金は今回のように信用できる人の手で送り届ける他には無い模様。
というか、彼を国外によこしてもまだ余っているのか。一体どれだけのお金を巻き上げたらそうなるんだ?
ああ見えて結構酷いヤツだなメルガルは。
『今朝この国に着いて、早速取引先であるこちらの商会で話を伺っていた所だったのです。そうしたら丁度町の門番からあなた方がいらしていると聞きました。そこで、慌ててお届け物を持ってこの場に参った次第です』
『そうでしたの。それはタイミングが良かったですわ。ベアータ、彼から荷物を受け取って頂戴』
ティトゥに言われてメルガルの部下から袋を受け取るベアータ。
何気に持とうとして彼女はその重さに驚きの表情を浮かべた。
『あの・・・すごく重いんですけど』
『それって・・・貴方一体何を持って来たんですの?』
『いえ、ですからお礼ですが』
男の言葉に訝し気な表情を浮かべるティトゥ。
彼女はベアータの持つ袋の中を覗き込むと――
『お金じゃない!』
『ええ、そうですよ。何だと思っていたんですか?』
ティトゥは驚いて男の顔と袋の中身を交互に見た。
どうやら彼女の想像以上に袋が大きすぎて、中身がお金だとは思わなかったみたいだ。
ベアータは自分の抱えた袋の中身を知って顔を真っ青にしてガクガクと震えている。
どうやら彼女が見たこともない金額らしい。
いつものように僕の周りに集まっていた野次馬達が、彼女達の様子を見てざわめき出した。
『ベアータ、袋を早くハヤテの中に!』
『は・・・はい!』
ティトゥは慌ててベアータに指示を出すと男の背中を押して僕の方へと追いやった。
『詳しい話は村で聞きますわ! 貴方もハヤテに乗って頂戴!』
『ハヤテ様に乗せて頂けるのですか?! いやあ、ありがとうございます! まさかこんな経験が出来るとは!』
君のんきだね。
ティトゥは彼を胴体内補助席に乗せるとベルトを締めさせ、ベアータを今までしていたように自分の膝の上に乗せた。
『ハヤテ!』
了解了解。前離れ! 離陸準備よーし!
こうして僕達はお客さんと大金を積んでボハーチェクの港町からコノ村までとんぼ返りをしたのであった。
次の話は19時に更新予定です。
次回「ランピーニ聖国からの使い」




