その22 樽増槽
『今回の件はオルドラーチェク領の領主様の紹介が取れたため問題はありませんが、今後は商人との付き合いは慎重に行って頂かなければ困ります。過剰な接待や不自然に相場以下の値段をつけられた場合、本来であれば絶対に受けてはいけません。そのような利益を得て特定の商人を優遇しているという噂が立つだけでも、領内の綱紀を乱す原因となる恐れがあります。ましてやナカジマ領はまだ出来たばかりでーー』
『もうその話は昨日散々聞かされましたわ』
朝食を終えたティトゥと代官のオットーが家から出て来た。
『これは領主様おはようございます』
『おはようロマ。いつもご苦労様』
元々コノ村の村長だったロマ爺さんは、毎日のように村人を連れてやって来てはコノ村の整備を手伝っている。
実際にコノ村もこの何日かで随分と様変わりしたみたいだ。
『そろそろ家のベッドの数を増やしたいのだが』
『しかし備蓄の資材がもうございませんので・・・』
『それについては昨日領主様が手配してくれた。近日中にボハーチェクから届くはずだ。』
『おお。ご領主様の手際の良さは流石でございますな』
てな感じでオットーと相談中だ。
アノ村の漁師達も最初は遠慮気味だったが、今では使用人達と上手くやっているみたいだ。
ティトゥの所の使用人達は元々マチェイの村人がほとんどだという事が分かって、何となく感じていた気後れが無くなったんだろう。
今まで自給自足だった村ではナカジマ家の払う給金は魅力的なようだ。
小さな漁村に思わぬゴールドラッシュが来た! みたいな感じなのかもしれない。
そういえばボハーチェクといえば、小太り商人のジトニークに渡した増設燃料タンクはどうなったんだろうか。
何か思い付いたとか言っていたけど。
ちょっと気になるのでボハーチェクまで行って来ようかな。
ちょっと気になるので一人で行くつもりだったのに、ティトゥが付いてきてしまった。
君、領主なんて偉い立場なのに僕とフラフラ出かけてて良いの?
オットーが凄く悲しそうな目で君を見ていたよ?
『私が目を離した隙にハヤテが何かしでかさないか、ちゃんと見張っていなければいけないのですわ』
酷い言い方だなあ。僕は別に何もしていないのに。
今日もティトゥに連れて来られたメイド少女カーチャが何だかジト目で僕を見ている気がするけど気のせいだろうか。
いや、悪い事は何もしていないっていう意味だからね。
『それにどうせハヤテだけでは町に入れませんわ』
それもそうか。
でも、港の上を飛び回っていたらジトニークの店の人が僕を見付けて彼を呼んできてくれないかな?
『ほら、もう何かしでかそうと企んでいますわ!』
『ハヤテ様・・・』
あれ? ひょっとして僕やっちゃった?
そんな会話を交わしながら、僕達は昨日訪れたばかりのボハーチェクの港町へと到達した。
『毎日通えるような距離じゃないんですが・・・ ハヤテ様には我々人間の常識が通じませんなあ』
苦笑しながら僕を褒める?ジトニーク。
いや、何でそこでティトゥがドヤ顔で胸を張るのさ。
カーチャに呼ばれて馬車でジトニークがやって来た・・・と言うと語弊があるかな?
実際にはカーチャに頼まれた門番がジトニークの所まで呼びに走ったのだ。
やけにフットワークが軽いので忘れそうだが、ティトゥはこれでもナカジマ領の領主だ。その領主様に頼まれれば、たかだか町の門番には走らないという選択肢はなかったのだ。
『それで昨日ハヤテが渡した物はどうなったんですの?』
『そうそう、どうもありがとうございました。先ずはお借りしていた物をお返ししますね』
僕は目の前に運ばれて来た増槽を回収した。
突然消えた増槽に、今日も集まっていた野次馬達からどよめきが上がった。
ふむ。形といい中身といいどこにも変化はないみたいだ。一体ジトニークは何をしたかったんだろうね?
『有りものを利用して突貫工事で作らせただけですので、これはあくまでも試作品ですが』
そう言うとジトニークは自分の所の店員に大きな樽を持って来させた。
いや、ただの樽じゃないぞ。
『横に何か金具が付いていますね』
カーチャの言うように樽の横にフックが付けられている。僕はその形と並びにピンと来た。
『私が調べたかったのはハヤテ様の翼との接続部分でございます』
そう。これはジトニークが作らせた、いわば”樽増槽”なのだ。
なるほど面白い事を考えたな。
この樽の中に小麦等、運びたいものを詰めれば簡単に僕に取り付けられるという訳だ。
『実際に付けさせて頂いてもよろしいでしょうか』
ジトニークの言葉に僕の様子を窺うティトゥ。
もちろん僕は賛成だ。是非試してみたい。
ジトニークの指示で店員たちが僕に樽増槽を取り付けた。
樽はあつらえたようにピッタリと翼の下に収まった。周囲から再びどよめきが上がった。
まあ、金具の規格さえ合えば当然だよね。
その時、僕の中で何かがカチリとはまったような感覚があった。
あれ? これってひょっとして・・・
『おおっ。上手くいったようですな。今は有りものの樽を使いましたが、もっと開け閉めの容易な箱のような物を考えております。今は木工所にーーええっ!!』
僕は爆弾や増槽でやるように懸架装置に付けられた樽増槽を回収した。
突然消えた樽増槽に目を丸くして驚くジトニーク。
さっきこの樽増槽が何となく僕の体の一部になったような感覚があったので出来るような気がしたのだ。
僕は再び増槽を装着した。うん。問題無いね。
『こ・・・これはどういう事なんでしょうか?』
『ハヤテ、貴方そんな事をして大丈夫ですの?』
目を白黒させるジトニークと僕に心配そうに尋ねるティトゥ。
特に問題はないみたいだね。
『貴方本当に何でもありですわね』
呆れ顔になるティトゥだが、まあ僕自身そう思わないでもない。
このままいくらでも収納出来るなら、無限収納で可能性は無限大じゃないか! と、期待に胸を膨らませたものの、どうやら二つ以上の収納は出来ないみたいだ。
樽増槽を左右の翼の分、合わせて二個収納した時点で、空間が埋まってしまった感で一杯になったのだ。
どうやら僕の外部タンク枠は二個で限界のようだ。
しかし、これで僕は二個収納と二個懸架で最大四個まで荷物を運べる事になった。
僕の機体の重量強化点が一体どこまでの重さに耐えられるのかは自分でも良く分かっていないが、少なくとも250kg爆弾を懸架出来る以上、片側250kgまでは問題無く耐えられるという事である。
それを左右で500kg。さらには収納分をあわせればその倍、1000kg。つまりは僕は1トンまで運べるという事になるわけだ。
これって何気にスゴイ事じゃね?
確か旧日本陸軍で初めて採用された荷馬車、三六式輜重車の積載重量は1.5トンだったはずだ。
僕の積載重量はそれには及ばないものの、時速380kmで空を飛んで運べると考えれば十分な量と言えるんじゃないだろうか?
『そうですね。運べる量は荷馬車に比べるとかなり少ないですが、その分ハヤテ様は早く運べます。急ぎの荷物を運べばよろしいかと思います』
ありゃ? ジトニーク的には僕の積載量では不満の様子だ。
後で知った事だが、荷馬車は普通に5トン程度は運ぶらしい。まあ三六式輜重車は車輪が二つしか付いていない大八車みたいな荷車だからね。
ジトニークはしばらくこの樽増槽の研究を続けてくれるらしい。
僕も遠慮せずに意見を述べさせてもらった。
いつか彼の研究が実を結び、驚くような増槽が完成するかもしれない。非常に楽しみだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜、オルドラーチェク家の屋敷では久しぶりに一家そろって夕食のテーブルを囲んでいた。
領主であるヴィクトルはボハーチェクの港町の管理が忙しく、中々家族と夕食をとる機会が無いのだ。
そんな貴重な時間の中、ヴィクトルは憮然とした表情を浮かべていた。
「おいおい、またその話題かよ。もう耳にタコが出来たぜ」
彼の子供達は壊れたレコードのように繰り返し姫 竜 騎 士の話をしているのだ。
興奮気味な子供たちに苦笑するヴィクトルの夫人達。
「昨日からずっとこの調子ですの」「ナカジマ様のお話は大変魅力的でしたので」
ヴィクトルは無理やり笑顔を作って子供達に話しかけた。
「竜 騎 士とパパ、どっちがカッコイイと思う?」
「もちろん姫 竜 騎 士だよ!」「姫 竜 騎 士!」「竜 騎 士じゃないわよパパ。姫 竜 騎 士よ!」
取り付く島もない返事にガックリと肩を落とすヴィクトル。我が子相手とは言え随分と無茶な質問をしたものである。
ヴィクトルは子供達の話にふと昨日会ったティトゥを思い出した。
実は彼は最初、ティトゥの事を歯牙にもかけていなかった。
戦でちょっと手柄を立てた成り上がり。女のくせに爵位を貰った生意気な奴。
どうせペツカ地方をクズ領地とも知らずに、部下に丸投げして自分は領主の立場に天狗になっているに違いない。
そんな風に見くびっていたのだ。
しかし、実際にティトゥに会って、さらに彼女がハヤテと呼ばれるドラゴンと一緒にいる姿を見ているうちに彼の直感が囁いたのである。
ーーコイツらは案外モノになるかもしれないぞ、と。
長年この港町であらゆる船とその関係者を見ているうちに、ヴィクトルは沈みそうな船や潰れそうな商会に何となく鼻が利くようになっていた。
そういった船や商会はどこか覇気が無かったり、地に足が付かずに空回りしていたりするのである。
そんな彼の直感をもってしてもティトゥとハヤテは”読み切れなかった”のだ。
(俺の直感は言ってしまえば今まで培った経験で結論を先取りしているだけだ。一見一足飛びで結論を導き出しているように見えて、実は様々な要素の組み合わせを経験則で無意識に整理しているに過ぎねえ。だがアイツらは俺の経験の外に存在してやがる。ドラゴンと人間の種族を超えた組み合わせ。なんてふざけた奴らだ。このミロスラフ王国が建国して以降、初めて生まれた全く新しい領主だ)
「経営学」と「経営」は別と言われている。
「経営学」は過去の結果を基に研究される一種の学問で「経営」は実戦という考えだ。
つまり「経営学」は過去の経験で、「経営」は現在や未来の体験であるとも言える。
もちろん過去をないがしろにして良いと言う訳ではない。いくら時代が変わろうと社会を動かすのが人である以上、その行動原理に大きな違いは無いからである。
しかし、情報メディアの最先端が新聞だった時代の価値観で、現代のインターネットの社会が語れないように、過去を知るだけでは未来を理解する事もまた出来ないのだ。
このボハーチェクの港町はミロスラフ王国のほぼ唯一の国外への窓口である。
その領主であるヴィクトルは、他の領地の貴族達より自ずと時代の流れというものに敏感になっていた。
そんな彼の感覚がティトゥ達に新しい価値観を感じ取ったのである。
ヴィクトルは妹達と姫 竜 騎 士の話に夢中になっている自分の息子を見つめた。
(コイツが後10年早く産まれてたら、ナカジマ家の婚約者候補に推しても良かったんだがなあ。お袋が言うように、若い頃に粋がってないで早目に嫁を貰っておけば良かったか・・・)
父親の心も知らず、彼の息子は目を輝かせて飽きもせずにドラゴンの話題に花を咲かせるのだった。
次回「騎士団到着」