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その21 初めてのおつかい


『これがドラゴンですか! いやあ、立派なお姿だ! 力強さの中に優雅な美しさを感じますな! 正に眼福だ!』


 そろそろお昼も回ろうかという時間。領主の馬車が戻って来たかと思えば、中からテンションアゲアゲの小太りのオジサンが飛び出して来た。

 え~と、今度は誰?


『こちらはこの町の商会の当主ジトニークですわ』


 小太りオジサンの後に続いて馬車から降りて来たティトゥが説明してくれた。


『ジトニークです。初めましてハヤテ様』

『ゴキゲンヨウ。』


『『『『喋った!!』』』』


 相変わらず町に帰らない野次馬達の間から驚きの声が上がった。

 ああ、そういえば君らの前ではまだ喋っていなかったっけ。

 ていうか君ら昼間から仕事もしないでこんな所にいて良いの?


『ええ、ごきげんよう。本当に言葉が通じるのですね。素晴らしい!』


 ジトニークは、オジサン感激! といった感じだ。

 馬もハヤテ様のように言葉が通じれば御者に払う賃金が浮くのですが、なんて都合の良い事を言ってるけど、その場合は馬から労働条件の改善を要求されるかもよ?


『ジトニークはハヤテ様が馬車か船のように荷物を運べれば、ナカジマ領の良い産業になるのではないかと考えているのです』


 僕が戸惑っているのを察したのだろうか。紳士家令のシェベスチアーンが事情の説明をしてくれた。


『そうそう、そうなんですよ。どうでしょうかハヤテ様』


 ふむ。ジトニークは僕にトラック野郎のようになれと言っているんだな。

 空飛ぶトラック野郎。何だか映画のタイトルみたいだな。

 とはいえ僕の胴体に積める荷物なんてたかが知れていると思うんだけど。


『手で荷台を持って飛ぶ事は出来ませんかね?』


 なるほど、その発想は無かったな。

 とはいえ僕の主脚に付いているのはタイヤであって手ではない。

 物は掴めないし、そもそも飛行中は胴体に引き込まれている。

 大体、主脚で物を掴んでいたら飛行のための滑走が出来ないじゃないか。

 そうだね。僕が持てるのはせいぜい爆弾とか落下増槽くらいじゃないかな。


『それは一体どういうものなんでしょうか?』


 僕はジトニークの疑問に答えて翼の下に増槽を懸架してみせた。

 突然現れた丸い物体に周囲の野次馬達からどよめきが上がった。


『これは・・・ 木製の容器ですか。綺麗な形ですな、中には何か入っているんでしょうか?』


 翼の下に潜り込むと増槽をコンコンと叩いて不思議そうにするジトニーク。

 そう。意外かもしれないが僕の落下増槽は木製なのだ。ベニヤ板を張った上で防水材を塗ってある。もちろん燃料を通すためのパイプ管等は金属製だが。

 ちなみに僕はつい落下増槽と言ってしまうが、当時の陸軍航空部隊では落下タンクと呼ばれていたとも聞いている。


 増槽の中には当然予備の燃料としてハイオクの航空燃料が入っている。

 僕はジトニークに下がって貰って増槽を切り離した。


 ドスン!


 思ったよりも大きな音を立てて増槽が地面に落ちた。


『これは・・・ 酷い匂いですな。ひょっとして貴方の排泄物か何かなんですか?』


 失礼な事を言うな君は! 何が僕のオシッコだ!

 ほら見ろ、僕達の様子を覗き込んでいたティトゥとカーチャがイヤな顔をして後ずさっているじゃないか!

 紳士家令のシェベスチアーンは聞かなかった事にして目を逸らしているぞ。紳士だ!


 え~と、この世界にはまだガソリンって無いみたいだし、石油ってどう言えばいいんだ? ・・・ダメだ分かんない。油でいいか。


『アブラ。』

『油ですか?! 随分とすごい匂いのする油ですね。しかしこれが全部油とは・・・ 売りに出したら大儲けできますよ』


 油自体はこの世界でもランプの燃料として使われている。

 結構高価なものらしく、庶民の間にはまだ浸透していないみたいだ。

 まあ航空燃料、というかガソリンは常温でも気化するから、これを油として売ったらあちこちで火事が起こって大変だろうね。


『ダメ』

『売って頂けませんか。残念です』


 文字通り火だるまになりたいなら売ってあげてもいいけどね。

 大儲けという言葉に目を輝かせていたカーチャが残念そうな顔になる。意外と現金な子だね君は。


 ジトニークは増槽と僕の翼の下の懸架装置を詳しく観察している。


『おい、コレを少し動かしてみろ』


 ジトニークの言葉に彼の商会の人達だろうか。数人の男が苦労しながら増槽を持ち上げた。


『随分重いのですね』


 そりゃあ入っているのが水より比重の軽いガソリンとはいえ、片方だけで200リットル入るからね。

 増槽自体の重さも合わせると200kgを超えることになるだろうし。


『あの、少し思い付いた事があるので、コレを一日お借りしてもよろしいでしょうか?』


 増槽を? 僕は構わないけど、さっき言ったようにガソリンは常温で気化するから、火気に触れるとジトニークの家が丸焼けになりかねない。

 僕は少し考えると彼らの目の前から増槽を消し去った。


『あっ・・・ ダメでしたか』


 いやいや、ちょっと待ってね。僕は増槽から燃料を抜くともう一度増槽を出した。

 抜かれた燃料はどこに消えてしまったのか? それは僕にも分からない。本当に僕って不思議な体をしているよね。


『あの・・・?』


 おっといけない。僕はさっきと同じように増槽を切り離した。


『イイヨ』

『! ありがとうございます!』


 ニコニコしながら部下に増槽を運ぶように命じるジトニーク。

 部下は少しイヤな顔をしながらも増槽を持ち上げようとして・・・


『さっきより全然軽い!』


 驚きに目を丸くする男達。

 僕は少し良い事をした気分になってそこはかとない満足感を覚えた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 空が夕焼けに真っ赤に染まる時刻。

 ナカジマ領代官オットーは不安を抱えながら南の空を眺めていた。


「オットー様、ご当主様はまだお帰りにならないんでしょうか?!」


 家の窓から料理人のベアータが、身を乗り出すようにしてその小さな体を覗かせた。


「ハヤテ様の速度ならもうとっくに戻っていても良い時間なんだが・・・」

「じゃあ帰ったら教えて下さい! スープを温め直しますので!」


 不安にやきもきするオットーと違ってベアータは全く心配していない様子だ。

 オットーは眉間に皺を寄せるものの「ああ。」とだけ返事をした。

 返事を聞いたのか聞いていないのか、ベアータの姿はすでに窓の向こうに消えていた。

 オットーは再びイライラとしながら空を見上げた。



 南の空にハヤテの姿が見えたのはそれからすぐの事である。

 いつものヴーンといううなり声がコノ村の上空を過ぎると、すぐにハヤテは旋回しながら高度を下げ、いつもの場所に着陸した。


「遅くなってしまいましたわ!」


 元気そうなティトゥの様子にオットーは自分の心配が杞憂であった事を嬉しく思った。

 オットーは努めて平静を装いながらティトゥに尋ねた。


「それで、買い付けの方はどうでしたか?」

「もちろん万事抜かりなしですわ」


 ティトゥはその豊かな胸を張るとオットーに木札を差し出した。

 この木札は商品の引換証のような物である。

 オットーは書かれていた内容ーー商会の名前、日付、商品の内訳ーー等にざっと目を通し、問題が無い事を確認した。


「お疲れ様です」

「本当に疲れましたわ」


 オットーがティトゥに労いの言葉を掛けた事でこれにてミッションコンプリート。

 ティトゥが領主になって初めてのおつかいはこうして無事完了したのであった。


「これが残ったお金ですわ」

「はい。ーーはいっ?」


 ティトゥが持って行った王家から貰った領地の運営資金ーーという名の有価証券は、先方の商会によって現金化されてそこから商品の代金が引かれている。

 だからティトゥからお金を渡された事は何もおかしくはないのだが、その予想外の重さにオットーは訝し気な表情を浮かべたのだ。

 慌てて渡された金額を確認するオットー。


「何でこんなに?! えっ? ちょっと待って下さい、ご当主様!」

「すっかりお腹が空いてしまいましたわ」

「ジトニークさんとハヤテ様の話が長かったですからね」

「あっ! ご当主様お帰りなさい! すぐに食事を温め直しますね!」


 オットーは驚いてティトゥを止めようとするが、ティトゥはカーチャと一緒にすでに家の中に入ってしまっていた。

 家の中からはベアータの元気な声が聞こえてくる。

 オットーは目の前でドアを閉められて思わず言葉を失くしてしまった。


 しばらくの間呆然と立ち尽くすオットーだったが、ふと背後に視線を感じて振り返った。

 そこにはいつものように佇むハヤテの姿があった。

 気のせいだろうか。オットーはハヤテから生温かい視線を注がれているように感じた


「・・・何か私に言いたい事でも?」

「ナイヨ」


 オットーは憮然とした表情になるとドアを開けて家の中に入って行った。

次回「樽増槽」

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