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その19 運の悪い海賊達

 僕はカーチャに頼んでオルドラーチェク家の使用人達に話を聞いてもらう事にした。


『え~と、最近この辺りで海賊の被害があったんじゃないですか?』


 カーチャの言葉に使用人達が驚いて顔を見合わせた。

 あ~、やっぱりそうか。


『そうです。最近この辺りに現れた海賊で、この一月程の間に何隻かやられていると聞いています』

『足の速い海賊船で、我々の船では追いつけないみたいです』

『ご当主様も大変頭を悩ませているご様子です』


 ふむふむ。大体の事情は分かった。僕の予想通りだ。


『ハヤテ様、何か知っているんですか?』


 この夏、僕はランピーニ聖国の海上を飛び回って散々海賊達のアジトを調べた。

 だからかもしれないが、上空から訳アリの船を目ざとく見つけられるようになってしまったのだ。


 その船は一見普通の船のように漁村の近くに停泊していた。

 しかし漁船にしては少しだけ大きすぎる気もするし、泊められている場所も少しだけ不自然なような気がした。

 要は微妙に違和感を感じる船だったのだ。


 僕がカーチャにその船の事を説明してもらうと、オルドラーチェク家の使用人達は一様に戸惑ったような表情を浮かべた。

 どうやら僕の言葉だけでは判断出来ないみたいだ。

 まあ多分こうなるだろうとは思ってたけどね。


『その場所までハヤテ様が案内してくれるそうです。どうしますか?』


 カーチャの言葉に使用人達は揃って頷いたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハヤテが見つけた船は彼の見立ての通り海賊船だった。

 彼らは元々はランピーニ聖国の沿岸を荒らしていた大物海賊の手下だった。

 しかし、先月大規模に行われたマリエッタ王女の海賊狩りによって海賊のリーダーは捕らえられ、彼らは這う這うの体でこのミロスラフ王国まで逃げ延びて来たのだった。


 そして今、そんな彼らに最大の脅威が接近していた。


「お、お頭! 空からヤツが! ヤツが現れやがった!」


 見張りの手下が真っ青な顔をして船長室に転がり込んで来た。

 お頭と呼ばれた海賊船の船長は片目にキズのある神経質そうな男である。


「ヤツ? ま・・・まさかあの悪魔か?!」

「俺達を追って来やがったんだ! 早く逃げないと俺達もおしまいですぜ!」


 船長は手下を突き飛ばして走り出すと急いで甲板に出た。

 彼の手下の海賊達は一斉に空を見上げて何かを叫んでいる。

 そして空から降ってくる不快なヴーンという唸り声。


 船長が血走った眼を空に向けると、恐怖と共に脳裏に刻み込まれたあの恐ろしい姿が目に映った。


「ヤツだ! 間違いない! 帆を上げろ! 一刻も早くここから逃げ出すんだ!」


 上空から悠々と彼らを見下ろしているのは大きな翼を持った飛行物体。

 四式戦闘機『疾風』である。


 はじかれたように出航の準備にかかる手下達。

 震える手を押さえながら船長は独り言ちた。


「なんでヤツがここに・・・ まさか俺達を追って来やがったのか?」


 船長は海の果てまで海賊を追いかけて止まないハヤテの執念に、思わず背筋を震わせた。

 しかし、実の所はなんてことは無い。彼らがわざわざハヤテのいる国にやって来てしまっただけだったのである。

 しかし、この哀れな船長がそれを知る事はもちろん無かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『あ。あの船出航するみたいですよ?』


 僕の操縦席に座るカーチャが声を上げた。

 本当だ。甲板の上を男達が走り回って錨を巻き上げている。

 やがて帆が張られると船はゆっくりと沖に向かって進みだした。

 まいったなあ。オルドラーチェク家の使用人達は、まだここまでたどり着いていないんだけど。


 僕はカーチャを乗せて、さっき見つけた怪しい船の上空まで飛んで来ていた。

 オルドラーチェク家の使用人達は、空の上の僕を目印に、今頃馬車でこの場所まで向かっているはずである。


 仕方が無い。見失わないように接触を続けるしかないか。


 対空砲火も無ければ上空直衛機も存在しないこの世界では、船の上をグルグル回っていれば良いだけの簡単なお仕事である。

 時々高度を下げて船の上を見てみると、どの船員も崩れた感じでガラが悪く見えた。


 ――とはいえ海賊と決めつける程でも無いんだよな。


 この世界の船乗りは荒くれ者が多いみたいで、ランピーニ聖国のレブロンの港町でも海賊と見紛うばかりの恰好をした船乗り達をよく見かけたものである。

 それはカーチャも同じらしく、船の上でこっちを見て必死の形相で叫んでいる男達を見ながら、どこか申し訳なさそうな顔になっている。


『あの、ハヤテ様。あの人達は本当に海賊なんでしょうか?』


 さあ? 僕も明確な根拠がある訳じゃないからね。

 漫画みたいに海賊船はドクロの絵を描いた帆でも張っててくれれば分かり易いんだけど。

 でも、僕を見て逃げ出したという事は、彼らには何か後ろめたい事があるっていう証拠なんじゃない?


『・・・自分達が空から襲われそうになっていると思って逃げているだけ、って事はないですよね?』


 ・・・ああ。なるほど。


 確かにその可能性は十分にあるね。


『そんな! じゃあどうするんですか?!』


 どうしようか? 今更逃げ出しても彼らには僕の姿をバッチリ見られちゃってるし。

 後でティトゥの所に苦情が来たりしないかな。

 なんとか他人の空似って事でごまかせないかなあ?


『ハヤテ様以外にハヤテ様のような方はこの国にはいないと思います』


 だよねー。どうすればいいんだろう。

 もう始めちゃったものは仕方が無いか。


 僕はカーチャと相談しながらも、船が沖に出ようとすれば急降下をかけて逃げ道を塞ぐ事を忘れない。

 この辺のさじ加減は我ながら中々のものだと思う。ランピーニ聖国で海賊船相手に散々やって来た事だからね。

 僕が急降下する度にカーチャがギャーギャーと悲鳴を上げる。けど、他に手段が無いので仕方が無い。

 まだ海賊とはっきり決まっていない相手に機関砲を撃つ訳にはいかないからだ。


 そんな風に僕が海賊船(仮)をしばらく追い回していると、港の方でも僕の姿に気が付いたのか、何やら人の流れが慌ただしくなってきた。


『あれ、絶対に大騒ぎになっていますよ』


 何度かの急降下で顔を青くしながらカーチャが泣き言を言った。

 まいったな。まさかここまで大事になるなんて。


 僕は内心頭を抱えながらも、この後小一時間程、ボハーチェクの港町の近海で海賊船(仮)を追いかけ回し続けたのだった。




 数隻の船が勇敢にも港を出て無事に海賊船(仮)を保護?した所でこの騒ぎは終了した。

 僕はそそくさと逃げ出すと元いた門の近くに着陸した。


『町からどんどん人がやって来ます!』


 僕の後を追いかけて来たのか、町から次々と人が現れて僕の周囲を遠巻きにした。

 一触即発、とまではいかないが、何とも言えない不穏な空気だ。

 それぞれ手に武器を持っている所を見ると、僕を危険な存在として警戒しているのだろうか?


 カーチャはすっかり怯えてイスの上で小さくなっている。

 しかし、いくら怯えていてもカーチャにティトゥを置いて行くという選択肢は無いのだろう。

 「逃げよう」とは決して言わなかった。

 オルドラーチェク家の使用人達は今頃どこにいるんだろう。こんな時に彼らがいてくれたら住民の説得をお任せ出来るのになあ。


 そうして僕らがしばらく町の住人達に監視されていると、町の門から見慣れた高価な馬車がこちらに向かって来た。

 馬車を見た野次馬達が慌てて道を開ける。

 この領地の領主であるオルドラーチェク家の馬車だからだ。


『オイオイ、これがドラゴンか! 空を飛んでいる時にはあんなに小さく見えたのに、随分とデカイ奴だな!』


 馬車の中から妙にガタイの良い口ひげを生やしたオッサンが出て来た。

 身なりの良さから見て偉い貴族なのは分かるが、何だか豪快なオッサンだ。

 どう見ても海賊船の船長にしか見えないが、護衛の騎士が付いている事からも、多分この人がこの町で一番偉い人なんだろうな。


『ハヤテ・・・貴方一体何をしているんですの』


 ガタイの良いオッサンに続いて、ティトゥが呆れ顔をしながら馬車から降りて来た。

 主人の姿に今までイスの上で不安そうに小さくなっていたカーチャの顔がパッと明るくなった。


『カーチャもそこにいるんですよね? 貴方が付いていながら何をしているんですの』


 しかしティトゥにしかられた途端にシュンと萎んでしまった。

 分かり易い変化に不謹慎ながら思わずクスリとしてしまったよ。


 この時、町から馬をとばした騎士が駆け付けて来た。

 騎士は馬を降りるとオッサンに近寄って何やら耳打ちをした。


『ナカジマ殿、その辺にしといてやれ。どうやらアンタのドラゴンが追いかけ回していたのは、最近この辺を荒らしまわっていた海賊船に間違いなかったようだ』


 オッサンの言葉に周囲の野次馬達から大きなどよめきが上がった。


『あんまり他所の領地の人間には言いたかないが、正直俺達が手を焼いていた相手だったんだよ。何にせよ助かった。礼を言うぜドラゴン』


 オッサンが僕達にお礼を言った事で、今回のいきさつを知った野次馬達から今度は大きな歓声が上がったのだった。




 どうやらオルドラーチェク家の使用人達は、目的の船が逃げ出したのを見て急いで屋敷に戻って増援を頼んでくれたらしい。

 海賊船を捕まえた船も、彼らが頼んだ領主の所の警備艇だったみたいだ。

 なるほど、さすが領主の屋敷の使用人達だ。キチンとやるべき事をやってくれていたんだな。


『しかし、アンタとそのドラゴンがあの吊るし首の姫プリンセス・ハンギング・ネック・マリエッタ王女殿下の手伝いで海賊を退治していたとはな。アンタ国の外で何やってんだよ』


 感心しているのか呆れているのはガタイの良いオッサン――じゃなかった、領主のヴィクトル。

 しかしマリエッタ王女は吊るし首の姫プリンセス・ハンギング・ネックなんて呼ばれているんだね。

 どうやらこの夏の海賊退治の総指揮を執った事からそう呼ばれるようになったらしい。

 幼く愛らしいマリエッタ王女に似合わないロックな仇名に、僕は何だかマリエッタ王女が可哀想になった。


『それは成り行きというか何と言うか・・・ですわ』


 そういや何で海賊退治の手伝いなんてやる事になったんだっけ? もちろん攫われたパロマ王女を助けるためにやったんだけど、地図を作ったりの海賊調査を始めたきっかけは別にあったんじゃなかったかな。

 まあ、今はその話はいいや。ヴィクトルのオッサンは機嫌良さそうに僕の前脚を叩いている。


『コイツの足はどうなってんだ? どう見ても車輪のようにしか見えねえぞ。俺も港町を治める家に生まれて外国の色んな珍しい生き物を見た事があるが、こんな不思議な足の形をした生き物は見た事がねえ』


 まあそうだろうね。しかしこの豪快なオッサンが本当にこの領地の領主なのかねえ。

 海の荒くれ者を纏めているうちに自分も荒くれ者みたいになっちゃったのかな?


『あの、ヴィクトル様、それよりも商人に紹介してもらえるという約束ですが』

『おっと、そうだった! くそったれな海賊共が捕まった事でご機嫌になってつい忘れてたぜ! おい! シェベスチアーン!』


 ヴィクトルのオッサンに呼ばれて紳士な家令シェベスチアーンが現れた。

 しかし、豪快なオッサンに紳士な家令と、見事に正反対な二人だよね。

 一緒に働いていてお互い相手の存在がストレスになったりしないんだろうか?


『ナカジマ殿にウチの御用商人のジトニークを紹介してやれ』

『かしこまりました』


 優雅に一礼をするシェベスチアーン。頷いて振り返ったヴィクトルのオッサンだったが、何かを思い出した様子でふとシェベスチアーンの方を見た。


『ナカジマ殿は俺の客(・・・)だ。それだけは伝えておけ』


 ヴィクトルの言葉に少し目を見張ったシェベスチアーンだったが、再び優雅に一礼をした。


『じゃあ俺は屋敷に戻るぜ。海賊共を締め上げた部下からの連絡も待たなきゃいかんからな。いや、俺直々に締め上げてやってもいいか。ではな、ナカジマ殿』

『今後も良いお付き合いを願いますわ』

『ウハハハ! 違いない! ドラゴンもじゃあな!』


 豪快なオッサンは豪快な挨拶をして馬車に乗り込んで去って行った。


『では後は私がご案内致します』

『よろしくお願いしますわ』


 そしてティトゥはシェベスチアーンと共に馬車に乗って、この町に来た目的である食料を買いに出かけた。


『今度は大人しくしていましょうね』


 残された僕とカーチャは、中々去って行かない野次馬達に囲まれながら町の外で留守番をするのだった。

次回「御用商人ジトニーク」

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― 新着の感想 ―
この小説は、漫画化やアニメ化しないのでしょうか? (してたらめっちゃ見たいです♡) そんな事期待する程応援してます♡ 素敵な小説ありがとうございます(((o(*゜▽゜*)o))) 零戦なら、他でもよ…
[気になる点] >お頭と呼ばれた海賊船の船長は片目にキズのある神経質そうな男である。 海賊の残党…お前まさかホルヘなのか!? と思いましたが片目は殺されたお頭でホルヘは大男でしたね
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