その11 不安
結局その日、ティトゥが僕のトコロに来たのは午後も大分過ぎてからだった。
いつも通り・・・のようで今日の二人はどこか様子が違っていた。
ティトゥはどこか上の空で、ふと物思いにふける瞬間があった。
メイドのカーチャはそんなティトゥを心配そうにじっと見つめている。
いつもは彼女の主人が何かしでかさないかとハラハラしながら見守っているのだが・・・
そんな二人の様子に何かあったことは明らかだったのだが、言葉の通じない僕としてはそれを知る由もなかった。
まさか隣国に攻め込まれて、彼女の父親が戦場に行くことになったなんて、この時の僕には想像も出来なかったのだ。
まあ、悩みがある日だってあるだろう。ザ・庶民だった僕だって悩んで眠れない夜を過ごした事があるわけだし。
などと、その時の僕は能天気に考えていた。
そういえば、ティトゥが僕に食材以外の食べ物を持ってきたのはこの日が初めてだったんじゃないだろうか?
黒パンーーライ麦パンというのだろうか。
上に切れ目の入った丸く黒っぽいパンだ。
どんな味がするのか非常に興味があったのだが、残念ながらこの身体では食べる事が出来ないんだよね。
もったいないけど、いつものように受け取りを辞退させて頂いた。
いつもは、あらそうなの? みたいな感じですぐに引っ込めるティトゥだったが、この日は寂しそうに笑みを浮かべ
『やはり食べてはもらえませんのね』
と呟いたのが妙に印象に残った。
いつもの時間に家に帰る二つの後ろ姿を見送りながら、明日は元気な姿を見せて欲しいな、と僕は思った。
翌日には気を取り直したティトゥだが、2・3日するとまた気持ちが沈み込む日があった。
その日は挨拶もそこそこにすぐ屋敷に帰って行った。
今思えばあの日に父親の出兵があったのだろう。
二人の会話からポツポツと事情を察しつつあった僕だったが、その時はまだちゃんとした事情を知ることは無かったのだ。
ただなんとなくただよう暗いというか不穏な空気だけを感じていた。
それから一ケ月ほど何事もなく過ぎた。
いい加減この森の青空駐車にも慣れ、「案外ここって住み心地良いんじゃないかな?」などと余裕を感じるようにもなっていた。
もちろん空を飛べない今の状況は、飛行機としては存在意義を問われかねない状態だ。
だが考えて欲しい、僕の中身は一ケ月前まで引きこもりだった人間なんだ。
むしろ今はずっと外にいるんだから、これって脱引きこもりになるんじゃないかな?
ティトゥはあれから毎日ここに来るが、最近では僕にグチをこぼすことが多くなった。
グチ、というか、不安?
それによって、僕は今この国がどういう状況にあるのかをようやく知った。
どうしよう。ちょっとここから逃げ出したくなって来た。
お前戦闘機だろ。戦争のために作られた兵器じゃないのかよ。
とか言われそうだけど、なりたくてなった身体じゃないからね。
確かにメカオタクとしては兵器とか大好きだけど、それってイコール戦争が好き、って事にはならないから。
というか、意外に聞こえるかもしれないけど、兵器好き、特に戦争中の兵器好き、は戦争がキライなヤツが多いんじゃないかと思う。
兵器を知るということは、戦争当時の兵士が書いた軍記物語を読んだり、戦争がその時代に与えた影響や被害やらの記録を読むことになるからね。
戦場の狂気を経験した人達が、あの当時はそれに疑問を持つことすらなかった、みんなそう思っていたからそういうものだと思っていた。などと回想するようなものを読んで、何も感じない人はどこかおかしいんじゃないかと思う。
そもそもこの世界の戦争がどういったものなのか分からない。
普通に考えれば、見た目は中世の世界の戦争なんだから、多分弓や槍で戦っているんじゃないかと思う。
でも、ここに僕のような存在がいる以上、魔法兵器的な何かが戦場を蹂躙している可能性は十分にある。
僕の主兵装の20mm機関砲はあくまで物理攻撃力だ。魔法防御を打ち破れる保障はない。
こういう時、Web小説だと相手が魔族だったり、魔物のスタンピードだったりするのだが、どうやら敵は人間らしい。
ちょっと意外だったが、地球でも中世なんてどこかしこで戦争をしていた印象があるし割と普通の事かもしれない。
いや、人間の国に見えて実は魔族が裏では支配している、という可能性もワンチャンあるか。
そんなある日、いつもはティトゥと一緒に来ていたカーチャが慌てた様子で一人でやってきた。
そもそもまだ日が昇って間もない。
カーチャの必死の姿に、イヤな予感が膨らんだ。
『ドラゴンさん! お嬢様がココにきませんでしたか?!』
予感的中か。
「いや。今日はまだ見ていないよ」
『ありがとうございました』
急いで立ち去るカーチャ。
この一ケ月の付き合いで、会話こそ成り立たないものの、「いや」が否定「いいよ」が肯定、くらいなら通じるようになっている。
どうやらカーチャは姿を消したティトゥを捜しているようだ。
彼女の主人なら何があってもきっと彼女のドラゴンのところに姿を見せると思ったのだろう。
ブラリとどこかに行ってしまったにしては、カーチャの様子がただ事ではないし、時間も不穏だ。
何か良くないことが起こったに違いない。
言い知れぬ不安に襲われる。
自分に何か出来ることはないだろうか?
僕なら空から捜す事が出来る。
しまった。こんな事ならさっきカーチャに、ロープを切ってくれるよう頼んでみれば良かった。
会話が通じないなりにどうにかして伝える方法もあったかもしれない。
エンジンを全開にすれば、その音を聞きつけて戻って来ないだろうか?
まだ近くを捜していればありうるかもしれない。
僕が密かに決意を固めたその時小さく葉っぱを揺らす音がした。
僕の目に入ったのはーー
裸足で立つ白い寝間着姿?のティトゥだった。
彼女の目はさんざん泣きはらしたのか赤く腫れていた。
彼女はいつもよく座る木の根元に座り込んだ。
僕から見て斜め後ろ。僕の全身が見える彼女の一番お気に入りの場所だ。
ちなみに僕もその角度から眺めるのがオススメである。
なぜなら垂直尾翼に描いた再現度バッチリの部隊マークが良く見えるからだ。
ティトゥは無言で僕の姿を見つめている。
沈んだ彼女を見る事はあっても、ここまで傷ついた彼女を見たのは初めてだ。
今までのティトゥからは想像もできない姿だった。
やがて彼女は聞こえるか聞こえないかの小さな声で僕に話しかけてきた。
『ねえドラゴンさん。私どうすれば良いのかしら』
いや、それは独り言だったのかもしれない。
それほど小さな声で、もし僕が人間のままなら彼女が何か呟いたとしか分からなかったと思う。
正直ちょっと話を聞くのは怖い。でも
「僕で良ければ話してみてよ」
『・・・そうね。あなたに聞いて欲しいわ』
もちろん会話しているわけじゃない。
だが言葉が通じてなくても気持ちは通じている。
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