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その17 ボハーチェクの港町

 ボハーチェクの港町は、ティトゥのナカジマ領の南に位置するネライ領のさらに先、オルドラーチェク領にある唯一の町だ。

 他に産業らしい産業を持たないオルドラーチェク家は、このボハーチェクの港町だけで他の領地に匹敵する収益を上げているんだそうだ。



『あっ! 港が見えて来ましたよ!』


 ティトゥのメイド少女カーチャが嬉しそうに叫んだ。

 僕に乗る度に青い顔をしてガクガク震えていたカーチャがこんなにもたくましくなって・・・って、もうそれはいいか。


『ランピーニ聖国の港町を見て来たせいでしょうか。何だかあか抜けない感じがしますわ。』


 中々に辛らつなティトゥの感想だ。

 ランピーニ聖国ではこのボハーチェクの港町クラスの港町がいくつもあるそうだ。

 この国最大の港町の座に胡坐をかいているボハーチェクと、ボハーチェクと同規模の港町が、それこそ日頃から切磋琢磨しているランピーニ聖国の港町とでは、やはり活気というか、華やかさが違うのかもしれない。


 それにしてもゴチャゴチャと建物が密集している町だな。ゴチャゴチャというよりゴミゴミかな。

 これじゃ町の中に降りる場所は見つけられそうにないね。


『仕方がありませんわ、ハヤテはなるべく町の門の近くに降りて頂戴。カーチャ、貴方は町の門番に私達の到着を告げに行くのよ。』

『分かりました。』


 こうして僕達はこの国最大の港町、ボハーチェクへと到着したのだった。




『皆がジロジロ見ていますわ。』


 ティトゥが僕を恨めし気に睨んだ。


 そんなこと言われても仕方がないじゃないか。周囲は荒地だらけで近場で降りられそうな場所がここしか無かったんだし。

 ちなみに僕は今、町の門に続く街道のド真ん中に着陸している。

 カーチャは既に町の門まで走っている。一番偉い人を連れて来るようにティトゥに命じられているのだ。


 今も馬車で町に向かう人が迷惑そうに街道を外れて僕を避けて行った。

 歩きの人達は行き交う足を止めて、遠巻きに僕を無遠慮に眺めている。

 日本だったら彼らが撮った写真がソーシャルメディアにアップされまくっている所だろう。


 ティトゥは彼らの視線を避けて、僕の座席に体を埋めて体を小さくしている。

 う~ん、それにしてもカーチャは遅いなあ。このままじゃ、ティトゥがしびれを切らせてしまいそうだ。


 おやっ? 町の門から見るからにお金のかかった馬車が出て来たな。

 多分偉い人が乗っているヤツだ。

 しまった、道を譲らないとマズイかもしれない。


『ティトゥ、バシャ。』

『さっきからいくらだって通っていますわ。』


 ティトゥはそう言って顔を上げようともしない。

 あちゃ~、まいったな。

 僕が困り果てている間に、馬車は無情にも僕の目の前に止まった。



『何だこのデカブツは! そこに誰かいないのか?! とっとと道を譲らんか! この馬車はオルドラーチェク家の馬車であるぞ!』


 馬車の後ろに乗っていた護衛らしき男二人が馬車を降りると大声で叫んだ。

 男の声にティトゥが驚いて跳ね起きた。

 トラブルの気配に周囲の野次馬達が一斉に距離を空ける。


 ティトゥは僕の風防を開けるとその場に立ち上がった。

 ティトゥの良く目立つレッド・ピンクのゆるふわ髪が風になびく。

 今までティトゥの姿が良く見えていなかったのだろう。思ってもいなかったティトゥの美貌に、周囲の野次馬達の間から「ほう」というため息が漏れた。


『私はナカジマ領領主ティトゥ・ナカジマです。私のドラゴンが道を塞いでしまっている事を謝罪しますわ。』


 ティトゥの言葉に今度は大きなどよめきが上がった。まさかこの可憐な少女が領主だとは思わなかったのだろう。

 居丈高に叫んだ護衛達も、思いもよらない大物の登場に目を白黒させて慌てふためいている。

 その時、馬車のドアが開くと、身なりの良いそばかす顔の生意気そうな子供が姿を現した。

 日本で言えばまだ中学生くらいの年齢だろうか? カーチャのクラスメイトと言っても通じそうな少年だ。


 少年はティトゥの姿に一瞬心を奪われた様子だったが、すぐに眉を吊り上げると凄い剣幕で怒鳴り付けた。


『ウソをつくな! 女の領主などあってたまるか! 俺の前で身分を偽るとは生意気な女だ! おい、お前達、このウソつき女をひっ捕らえろ! 父上の前まで引きずって行ってやる!』


 おおう。こちらの話を聞く気も無しですか。典型的な貴族のイヤなガキといった感じだな。

 護衛の二人は、少しの間少年とティトゥの間に視線をさまよわせていたが、やがて腰の剣に手を掛けたままこっちに向かって歩き始めた。

 漂う緊張感に、周囲の野次馬達がざわめきながらさらに距離を空ける。


 ・・・さてどうしたものか。


 馬車との距離は近いけど、頭を押さえられて左右に避けられないというほど密着している訳ではない。

 今なら街道から少し左右に逸れれば十分な滑走距離は取れそうだ。

 ティトゥの安全のためにもここは一旦空に逃げようか。


『ティトゥ、トブ。』

『仕方がありませんわね。』


 ティトゥはイスに座ると風防を閉めた。

 そんなティトゥの動きに反応した護衛の男達が、僕との距離を詰めようと走り出そうとするがーー


 グオン! バババババ


 僕のエンジン音と突然回り始めたプロペラに驚いてその場に尻餅をついてしまった。

 ゆっくりと動き出す僕の巨体に、周囲の野次馬達が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 護衛達は腰が抜けてしまったのか、地面に尻をついたまま、あたふたと必死に後ずさった。


『何だ! 女! 俺に何をするつもりだ! 止まれ! 命令だ!』


 生意気少年が顔を真っ赤にして何か叫んでいるな。はっはっは、声だけは威勢が良いが、体が震えているよ君?

 僕はゴロゴロとタイヤを転がしながら少年の馬車に近付いた。僕の巨体とエンジン音に驚いた馬が暴れて馬車が大きく揺れた。

 その反動で生意気少年が馬車の上から転がり落ちる。


『やめろ! 誰か俺を助けろ! ひいいい、殺される!』


 いやいや、人聞きが悪いな。君、どんだけ僕にビビってんだよ。

 こんな人畜無害な戦闘機を捕まえて失礼な子供だな。

 まあ、自分でも人畜無害な戦闘機という言葉に矛盾を感じないでもないけどね。


『お待ちを! ナカジマ様!』

『ハヤテ様! 止まって下さい!』


 その時、男と少女の叫び声が同時に聞こえた。

 少女の声はカーチャだ。

 僕はエンジンを絞ると声のした方へと視線を向けた。


 いつの間にか、生意気少年の馬車の後ろにもう一台馬車が停まっている。

 生意気少年の馬車よりも一回り大きくてずっと高価そうな馬車だ。


 馬車のドアが開けられると白髭の紳士がカーチャを伴って降りて来た。

 何というか”ザ・執事”といった雰囲気のオジサンだ。多分名前はセバスチャン。あるいはアルフレッドだ。


『ナカジマ様。私はオルドラーチェク家の家令をしているシェベスチアーンと申します。当主が貴方との面会を希望しております。この馬車で案内をさせて頂けないでしょうか?』


 ・・・シェベスチアーンか。何だかセバスチャンをネイティブな発音にしたみたいな名前だな。惜しい。

 僕はシェベスチアーンの隣で、こっちに来るべきかこの場に留まるべきか、と、不安げにチラチラと目が泳ぐカーチャを見て少しほっこりした。


『ハヤテ。』


 おっといけない。僕はティトゥに促されてエンジンを止めた。

 プロペラが止まるとティトゥは風防を開けて立ち上がった。


『そのお誘い、お受けしますわ!』


◇◇◇◇◇◇◇◇


「先程はオルドラーチェク家の寄子の家の者が失礼を致したようで、誠に申し訳ございませんでした。」


 品の良い落ち着いた作りの馬車の中で、ティトゥはオルドラーチェク家の家令のシェベスチアーンと向かい合って座っていた。

 ちなみにカーチャはシェベスチアーンが連れて来た使用人と共にハヤテの所に残っている。

 このボハーチェクの港町にはハヤテが着陸できるスペースが無いためだ。


 馬車はボハーチェクの港町の中を走っている。

 オルドラーチェク家の当主は町の中に屋敷を構えているのだそうだ。


「そういえば、さっきの護衛達は『オルドラーチェク家の馬車』とは言いましたが、『オルドラーチェク家の者が乗っている』とは言ってませんでしたわ。」


 ティトゥの言葉にシェベスチアーンは頷いた。


「オルドラーチェク領では寄子の家の者はこのボハーチェクで働く者がほとんどです。あの者は仕事を学ぶために屋敷に来ていましたが、急に家に帰る用事が出来たため当主が馬車を用立ててやったのです。しかし、それにのぼせ上がって王都でも名高いナカジマ様に暴言を吐くとはもっての外。あの者の父親には後で十分な謝罪をさせる事を私が約束致します。」


 上士位の家ともなれば、取次や取り成しを希望する豪商や下士位の貴族は数多い。

 そういった者達への対応は普通その家の家令が行っている。いちいち当主自身が相手するには数が多すぎるからだ。

 そんな家令の機嫌を損ねればどうなるかなど言うまでも無いだろう。

 そのため有力な上士位の家令ともなれば、そこらの下士位貴族の当主をも凌ぐ権力を持っているものなのだ。



 さっきの生意気な少年がどこの家のどういった立場なのかは分からないが、今後は相当に肩身の狭い思いをする事になるのは間違いないだろう。


姫 竜 騎 士プリンセス・ドラゴンライダーの話はオルドラーチェクのご子息ご息女も大変興味がお有りのご様子でした。本人に会えると知ればきっとお喜びになられます。」


 シェベスチアーンの悪気の無い言葉にティトゥは少し気が重くなるのを感じた。

 自分が見世物にでもされたかのように感じたのだ。


 ああ、ハヤテはきっといつもこんな気持ちでいたのね。


 ティトゥは最近は忙しさにかまけてブラッシングを怠っていた自分を反省し、戻ったらハヤテを労ってあげようと心に決めた。

 やがてティトゥを乗せた馬車は、町の中でもひときわ贅を凝らした大きな建物の前に停まった。

 ここがオルドラーチェク家の屋敷である。

次回「オルドラーチェク家の屋敷」

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