その16 次なる問題
僕達は王都でカミル将軍との話を終えてコノ村へと引き返した。
『ハヤテ様はデタラメだと改めて思い知らされます。』
ティトゥを出迎えた代官のオットーが疲れたようにそう言った。
何故か僕の操縦席で胸を張るティトゥ。
別に君の話をした訳じゃないからね。
さて、僕達がカミル将軍と相談した結果、開拓村の労働力として現在捕虜になっているゾルタ兵と、彼らを見張るための騎士団員を派遣してもらえる事になった。
開拓のために騎士団員を派遣するのは不味くても、ゾルタ兵を見張るためになら動かせるらしい。
『実の所彼らの処遇には頭を悩ませていた所なんだ。』
カミル将軍――というかミロスラフ王国としても、タダめし食いの彼らを養っているのが負担になっていた所だったんだそうだ。
かといって全員殺してしまえば、今後ミロスラフ王国に攻めて来る兵は退路を断たれた死兵になってしまう。
それはそうだ。どうせ降伏して捕虜になっても殺されるのだ。戦ったって降伏したってどっちにしろ殺されるなら、死ぬまで戦って相手を道連れにしようと考えたっておかしくはないだろう。
カミル将軍によると、もし彼らを引き取るなら、監視のための騎士団員を派遣しても問題無い、との事だ。
まあ確かに。監視も付けずに放っておいて、もし捕虜達がナカジマ領で一斉に蜂起でもしたら国王だって困るよね。
『そちらで何割か受け入れてもらえるのなら、残った者は鉱山送りにでも出来るしな。』
あ~。こういう場合のお約束、鉱山の採掘場ですか。
その案自体は割と最初から出ていたそうだが、流石に千人以上を受け入れる事の出来る鉱山はこの国には無いらしい。
ナカジマ家で引き受ける人数次第だけど、もし程良く減った場合、残された兵士達には過酷な労働が待っているようだ。
『とはいえ、いきなり大人数を送り付けられてもそちらも困るだろう。先ずは小人数で様子を見るとしようか。』
カミル将軍とティトゥが話し合った結果、一つの開拓村に対して、捕虜になっているゾルタ兵10人程度と、彼らを見張るための騎士団員を2~3人ずつ派遣してもらえる事になった。
『手続きはこちらで進めておく。早ければ今週中にもそちらに送れるだろう。村々に通達と受け入れのための準備をさせておいてくれ。』
カミル将軍の言葉にティトゥが頷いた事で、ナカジマ家当主と王都騎士団将軍のトップ会談は幕を下ろしたのであった。
『・・・そういう大事な事は代官である私に一言相談をしてから決めて頂きたいのですが。』
オットーはティトゥから説明を受けて、まるで頭痛をこらえているかのように額に手を当ててぼやいた。
『実際に頭痛をこらえているんです。』
そうでしたか。サーセン。
『でも、これで農地確保のめどが立ちましたわ。』
まあ、労働力がいれば農地が出来る、というものでもないだろうけど、少しは先の見通しが立ったのには違いないよね。
オットーもそこは認めているのだろう。渋々だがこれ以上の愚痴を引っ込めた。
『早速、各村々に手配をしましょう。』
ティトゥが、私が、と言いかけて口をつぐんだ。
昨日オットーに護衛の話をされたばかりだからだ。
『でも、これで各村を騎士団の人達が守ってくれれば、私もハヤテで自由に訪れる事が出来るようになりますわ。』
『・・・そう上手くいけば良いのですが。』
オットーは王家の事をイマイチ信用出来ないみたいだ。
まあオットーの心配も分かるけど、カミル将軍が引き受けてくれた以上、悪いようにはならないと思うけどな。
『カミル将軍なら信頼出来ますわ。』
『残念ながら私はお会いした事がありませんが、マチェイのご当主様が戦場でお世話になった方だとは聞いています。』
ふむ。ティトゥパパから話だけは聞いていたんだな。だったらそこまで疑わなくても良いんじゃないかな。
ティトゥはオットーの態度が少し不満そうだけど、こういうブレーキ役の人間も組織には必要だからね。
そんな事を話している間にもすっかり日が傾いてしまい、この日の仕事は終わりになった。
『食糧が足りないかもしれません。』
オットーの言葉にティトゥが眉間に皺を寄せた。
『カーチャのせいね。』
『私そんなに大ぐらいじゃありません!』
思わぬ飛び火にティトゥのメイド少女カーチャが慌てて叫んだ。
オットーは呆れ顔で首を振ると、自分の馬車から部下に書類を持って来させた。
・・・というかオットーはいつまで書類を馬車に乗せたままにしているんだろうか?
『いや、漁師の家に置いておく訳にもいきませんし。』
僕はオットーの言葉に村の家々を見渡した。
隙間風が入りたい放題の実に開放的な家屋だ。
もしこの中に書類の束を持ち込んだ日には、一日と経たずに書類達は自由を得て空へと飛び立つ事だろう。
ふむ、納得。
『納得して頂けましたか。さて、それではこの書類ですが――』
オットーがティトゥに差し出した書類は、各開拓村の食糧の備蓄に関するもののようだ。うん。言いたいことは何となく分かった。
『この状況で20人近くの成人男性が加わった場合、遠からず目に見えて不足することになるでしょう。実際はそうなる前に村人との関係の悪化でそれどころでは無くなるでしょうが。』
『どうしたら良いんですの?』
オットーが言うには、ティトゥパパが娘のために持たせてくれたお金はまだ十分にあるらしい。
つまり誰かがそのお金で備蓄用の食料を買って来れば良いんだね。
『いえ、今回は王家から貰った支度金を使おうと思います。』
オットーが言うには、ティトゥは領地を受領した時に王家から領地運営のための支度金的なものを貰っているんだそうだ。
そんなお金なんてあったかな? と思ったら、どうやら現金じゃなくて目録だけらしい。要は有価証券みたいなものだね。
実際に大金を持ち歩く必要は無いのは楽だけど、モノがモノなだけにこういった大口取引でしか使えないらしい。
そりゃあジュース1本買うのに小切手を切られたら店だって迷惑するってものだろう。
その辺は痛し痒しだね。
オットーは今回の出費はそれを使うつもりなんだそうだ。
『分かりました。私が買って来ますわ。』
『・・・この話をしたら絶対にそうおっしゃるだろうと思っていました。』
しかし、今回はオットーもティトゥを止めないようだ。
『何でもかんでもお止めする訳じゃありませんよ。』
オットーは憮然とした表情を作った。
オットーがティトゥが開拓村に行くのを止めたのは、ポルペツカの町の商工ギルドの件があったからだそうだ。
この土地の人間が、ティトゥにどういった感情を持っているのか分からない状態で迂闊に接触するのは危険だ、と、オットーは危惧したのだ。
まあ確かに。あまり良い感情を抱いていない相手が護衛も連れずにフラリとやって来たら、その気が無くてもつい誘惑に負けてちょっかいを出す輩がいないとも限らないからね。
『オットーはどこで買ってくるべきだと思っていますの?』
『マチェイで買えれば一番問題が無いのですが、今後の事を考えるとそういう訳にもいきません。』
まあそうだよね。今はティトゥが当主だからいいけど、この領地が続く限りいつかはティトゥだって引退するんだし。そうなった時に遠いマチェイしか取引相手がいないんじゃ不便で仕方が無いよね。
オットーはこの前に見た地図を取り出した。
相変わらずまっ白なネライ領の先、海岸線のそばに追加で文字が書き込まれている。
『ボハーチェクですわね。』
ティトゥの言った言葉には聞き覚えがあるな。確かこの国で一番大きな港町だっけか。
以前ランピーニ聖国からやって来たマリエッタ王女もこの港を利用したんだよな。
『ええ。本来であれば隣のネライ領から買うのが一番なのですが、将来性を考えるとボハーチェクと繋ぎを付けておく事を、今のうちから考えておいた方が良いでしょう。』
オットーにはコノ村の近くの天然の良港の話は既にしてある。彼も実際に自分の目で見て確認はしているみたいだ。
もちろんここを港町にするためには必然的に湿地帯を開拓しなければならないのだが、今はその話は置いておこう。
ティトゥもオットーの意見に賛成の様子だ。
『どうせ買うのなら、直接問屋に行って買い付けをした方がお得でしょうしね。』
ボハーチェクの港町はこの国最大の港を持つ町であり、この国最大の問屋街を持つ町でもある。
日本でも江戸時代、海運業の中心地であった大阪の堺が最大の米問屋だったように、このミロスラフ王国でも海運の中心地であるボハーチェクが最大の問屋街となっているのだ。
という話を、以前オットーがミロシュ君(7歳)に説明しているのを聞いて覚えた。
『本来であれば私が直々に出向きたい所なのですが・・・』
オットーは、やっぱり止めませんかとでも言いたげな目でティトゥを見た。
『私とカーチャが行けば大丈夫ですわ。』
『私も行くんですか?!』
我関せずと他人事を決め込んでいたカーチャが突然のご指名に驚いて声を上げた。
『ベアータは今日は魚の買い出しにアノ村に行っていて、昼を過ぎないと帰って来ないのですわ。』
あ~、そういやそんな事を言ってたっけ。じゃあ仕方が無いね。ほらカーチャ、乗った乗った。
『あの、私高い所が苦手で。』
『大分慣れていたじゃない。大丈夫、もう平気ですわ。』
それを決めるのはカーチャであって君じゃないからね。
渋るカーチャに対して無責任に安請け合いをするティトゥ。
そんな少女二人のやり取りにオットーは不安そうな顔をしている。
さて、それでは久しぶりにカーチャを乗せて空を飛びますかね。
そういえば最近は毎日飛んでいる気がするな。ここの所ティトゥがご機嫌なのはそのせいかもしれない。
次回「ボハーチェクの港町」