その15 収容所
という訳でやってきました王都騎士団の壁外演習場。
もうすでにここのテントは僕の別荘と言っても良いかもしれないね。
『ここのテントはハヤテ殿の別荘じゃないんですけどねぇ・・・』
騎士団の若手に呼ばれて、僕の連絡係に就任した髭の隊長がやってきたみたいだ。
何やらブツブツ言ってるけど、早速仕事が出来たので喜んでいるに違いない。
『また寄らせて頂きましたわ、アダム隊長。』
『これはナカジマ家ご当主様。爵位を賜った事、誠におめでとうございます。王都の民も皆祝福の声を上げておりました。町でご当主様とハヤテ殿の名前を耳にしない日は一日たりともございせんでしたぞ。』
ちなみにアダム隊長は配置換えになって、今は将ちゃんことカミル将軍直属の部下になっている。
そういえば今でも彼は隊長なんだろうか? ティトゥも何となくアダム隊長と呼んでいるけど、確認しておいた方が良いんじゃないかな?
『本日は王都にどのようなご用で?』
『知りませんわ。ハヤテが王都に用事があると言うので私は付いて来ただけですもの。』
領主を気軽に連れ回す僕に呆れ顔のアダム隊長。
いや、違うねん。ティトゥが僕の操縦席から降りてくれなかっただけやねん。
本当は一人で来るつもりやってん。・・・って何で僕は関西弁で言い訳をしているんだろうね。
僕はアダム隊長にカミル将軍に連絡を取りたいという旨を伝えた。
『今日は丁度カミル将軍は騎士団の詰め所で仕事をしていたので、もうすぐここに到着するはずですよ。私はその先触れとしてやって来たのです。』
なんてラッキー。幸先が良いね。
僕達がそんな話をしていると、テントの外に立っていた騎士団員が音を立てて敬礼した。噂をすれば影がさす。
どうやらカミル将軍が到着したみたいである。
『これはナカジマ家の当主殿。この度は爵位の授与、誠にめでたき事。お父上もさぞ誇らしく思っておられる事だろう。』
『ありがとうございます。春の戦の際には父が大変お世話になりました。』
てな感じで一通り挨拶が終わると、カミル将軍は僕の方へと振り返った。
『で、俺に何の用だ? ハヤテよ。』
僕はティトゥにも手伝ってもらいながら領地における農地問題を説明した。
街道の南の空き地の開墾に対する王家からの規制についてだ。
『ふむ。今となっては開拓村もナカジマ家の領地の一部。その運営方針に対していつまでも王家が口を出すのは理屈に合わんな。分かった、俺の方から宰相に言っておく。近日中にその命令は撤回されるだろう。』
おおっ。やっぱり出来る男は違うな。
あっさりと僕達の要求をのんでくれるカミル将軍。
ティトゥの表情もパッと明るくなった。
『他に俺に出来る事があるなら、この機会に何なりと言っておくがいい。』
おっと、カミル将軍本人から水を向けてもらえるとは思わなかった。
ここまではどっちかと言えば相談事。実は僕のおねだりはここからなんですよ。
『キシダン。ムラ。』
『? 騎士団と村に何があるんだ?』
僕は苦労してカミル将軍に説明した。
『つまりハヤテは王都騎士団を村に派遣しろと言っているのか?!』
そう。僕が考えたのは王都騎士団による農地開拓である。
何も村に住んで欲しいと言っている訳じゃない。
騎士団の一部を農地の開墾が終わるまでの間レンタル出来ないかという話である。
『それは無茶だぞ。いくら俺でも騎士団を私用で動かす訳にはいかん。そもそも何で騎士団員なんだ?』
僕のおねだりに難色を示すカミル将軍。アダム隊長に至っては呆れ顔を隠そうともしない。
まあ我ながら無茶を言ってる自覚はあるけどね。騎士団員は無理でもカミル将軍だったら使える人員に何か伝手が無いかとも思ったのだ。
少なくともティトゥパパよりは顔が広そうだし。
なぜ騎士団員を選んだのかと言えば、彼らが屈強だというのもあるけど、それよりも各村の警察官の役割を期待しての事なのだ。
村の治安を騎士団員が守っていれば、ティトゥが村に行く度に自前の護衛を連れて行く必要も無いだろう?
『言っている事は分かるが・・・ 流石に無理だぞ。』
苦虫を嚙み潰したような表情になるカミル将軍。
どうやらカミル将軍はアダム隊長と違って、僕の言っている事のメリットをちゃんと理解しているみたいだ。
『・・・そこでなぜ私の方を見ているんですかね。』
何かを察したのかイヤそうに顔を歪めるアダム隊長。
まあ騎士団員でなくてもティトゥが・・・ あれ? そういえばさっきからティトゥはずっと黙っているけどどうしたんだろうか?
『ナカジマ殿?』
『カミル将軍、あの人達を連れて行く事って出来ないんでしょうか?』
ティトゥが見ているのはこのテントの入り口の外、ずっと遠くに見えるテントの群れ。
『何?!』
『なっ! マチェイ嬢・・・じゃなかったナカジマ様! 貴方まさか彼らの事を言っているんじゃないでしょうね?!』
驚いて言葉を失くすカミル将軍。
そして慌ててティトゥに問いただすアダム隊長。
『ええ。彼らでしたら問題が無いんじゃありませんか?』
ティトゥの返事に今度はアダム隊長も絶句してしまうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そいつは俺達から男爵と呼ばれていた。
どじょう髭を蓄えた、いつもすまし顔をしたどこか愛嬌のある男だ。
もちろん本当に男爵なはずはない。「吾輩は男爵の落とし種だ。今でこそこうして戦争捕虜となっているが、国では大きな屋敷に100人の使用人がいつでも吾輩を待っているんだぞ。」などと、いつも嘯いているから、いつの間にか皆が面白がってコイツの事をバロンと呼ぶようになったのだ。
「なあ、いつになったら俺達は国に帰れるんだろうな?」
「・・・どうせ国の奴らは、俺達の事なんてとっくに見捨てているに決まっているさ。」
俺達は小ゾルタの兵隊だ。この春俺達は、まるで小麦の袋か何かのように船底一杯に詰め込まれて、隣国であるこのミロスラフ王国に遠征軍として送り込まれた。
そこで俺達遠征軍は突然空から現れた化け物によって、何だか良く分からないうちに敗戦していた。
後で仲間が見張りのミロスラフ兵から聞いた話によると、その化け物はドラゴンでこの国では竜 騎 士と呼ばれる女が使役している存在なんだそうだ。
それから何ヶ月経っただろうか。俺達はこの王都の城壁の外の収容所でミロスラフ兵に見張られながらテント暮らしを送っていた。
「バロン、お前貴族なんだろう? 俺達の身代金をミロスラフ王国に払ってくれよ。」
「残念ながら吾輩は落とし種だからな。今の当主は吾輩の事を認めていないのだよ。」
「いや、お前大きな屋敷に住んでいるって言ってたじゃねえか。」
バロンと話していた仲間が笑い声を上げた。いつもと同じ光景の繰り返しだ。
こんな狭い場所に俺達はもう何か月も閉じ込められている。バロンをからかうくらいしか娯楽が無いのだ。
俺達は殺されなかっただけマシだ。そう言う者もいる。
だが相手の気分次第でいつでも殺されるような状態で生かされている事が本当にマシなのだろうか?
一時期はこの状況に耐えられなかったヤツが何人も自殺した。
仲間の死体を片付ける作業は憂鬱なものだった。残った人間の事も考えて死んで欲しいと思ったものである。
そんな俺達の生活にある日突然変化が訪れた。
「ナカジマ家の当主が領民を募集している。希望者は前に出るように。」
見張りの兵からそう告げられて俺達は思わず顔を見合わせた。
「あの・・・ 俺達を自由にしてくれるんですか?」
「そんな訳がないだろうが。当然俺達がお前達の監視につく事になる。」
なるほど。要は労働力として使われるという訳か。
詳しい話を聞くと、真面目に働く者はいずれ領民として迎え入れる準備があるのだと言う。
――どこまで信じられる話だか。
しかし、仮に奴隷のように働かされる事になったとしても、ここで何もせずに殺されるのを待つよりは幾分かはマシかもしれない。
俺の他にもそう思った者がいたのか、パラパラと何人かが前に出た。
ミロスラフ兵の話では、村の発展に役立つ技能を持つ者――鍛冶屋や職人――は優先的に選ばれるとの事だ。
技能を生かした職場も用意してくれるらしい。
その言葉にさらに何人かが目の色を変えて飛び付いた。
彼らは仕事にあぶれて兵士になった口なんだろう。
実はかく言う俺もそうだ。俺は家具職人の店に住み込みで働いていたが、昨今の不作で小麦の値段が跳ね上がったために、店の主が当座の口減らしに俺を追い出したのだ。
一か八か賭けてみるか。
俺は一歩前に出ようとしてふと隣の仲間を見た。バロンだ。
俺は手を伸ばすとバロンの腕を掴んだ。
「おいバロン、一緒に行かないか? いつまでもここにいたってダメだ。」
「お、俺に触れるなぁ!!」
バロンは俺の手を振りほどいて絶叫した。その顔は歪み、恐怖の色に染まっている。
俺はバロンの激しい拒絶にショックを受けて立ち尽くしてしまった。
「そ、そいつらはそうやって上手い話を持ち掛けて俺達を騙すつもりなんだ! そんな旨い話があるはずが無いんだ! ぜ、絶対にウソに決まっている!」
「おい、そこのお前! 何を言っている。いい加減な事を言うとただでは済まさんぞ。」
バロンは怒ったミロスラフ兵に乱暴に取り押さえられてしまった。揉めた時に口の中でも切ったのだろうか、口の端から血が流れている。俺は突然の事態に頭の中が真っ白になってしまった。
「おい、お前は――」
「あ。お、俺は家具職人だ。貴族の屋敷に納めるような家具は作れないが、村で普段使いするような家具なら一通りは作れる。」
「そうか。よし、お前はそっちに並べ。」
俺は領地に向かう仲間の列に加わった。結局この日領地行きを決めたのは、全体の一割にも満たない100人程度でしかなかった。
「お前達は8つの村に分けて配置される。今夜はこっちのテントで寝るんだ。」
俺はミロスラフ兵の説明を聞きながらバロンの姿を探した。
バロンは口元の血を拭いもせずに、今まで見た事も無い暗い表情で俺達をジッと見つめていた。
この遠征軍は元々国でも食い詰めた者達の集まりだ。
バロンは誰かに美味い話を持ち掛けられた挙句、騙されて全てを失ったせいでここにこうしているのかもしれない。
さっきの兵士の言葉は、そうしたバロンの忘れたい記憶を刺激してしまったのではないだろうか?
もちろん俺がそう考えただけで、真相は分からない。
翌日収容所を去った俺は、この後二度とバロンに会う事は無かったからである。
俺は一生あの時のバロンの目を忘れる事はないだろう。
次回「次なる問題」