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その12 新たな拠点

『ご領主様ー! 聞いてきましたー!』


 漁師達の中からオレンジ色の髪の小さな女の子が駆け出して来た。

 ベアータだ。

 流石、一人旅を続けていた経験は伊達じゃない。彼女は僕達に代わって漁師達から色々と話を聞いてくれていたのだ。




 ティトゥのナカジマ領唯一の町ポルペツカで、ティトゥは町の顔役である商工ギルドとそりが合わずに町を後にした。

 そりが合わないというか、向こうがこっちの話を聞くつもりが無いというか・・・

 まあそれはいいや。


 次なる拠点を探して、僕はティトゥと料理人のベアータを乗せてあちこちの村を飛び回った。

 そして最後に訪れた海岸線で僕達は小さな漁村を見つけたのだ。




 僕が村の外れに着陸すると直ぐに漁師達が集まって来た。

 まあこんな謎物体が自分達の村に飛んで来たら誰だって気になるよね。


 僕が停止するとベアータは直ぐに僕の上から飛び降り、勢い良く野次馬達の中に駆け込んで行った。


『意外と大勢の人が住んでいるんですわね』


 こちらは僕に乗ったまま、ティトゥが集まった野次馬達を見渡して言った。

 そうだね。上空から見た感じだと家が数軒しかなかったので、いかにも小さな漁村、といった感じだったけど、どうやら一軒の家に2~3世帯住んでいたみたいだ。

 とはいえ思ったよりは多いというだけで、全体で数十人といったところか。

 村としてはやはり小規模なんじゃないかな。


 ちなみに念のためにまだエンジンはかけっぱなしにしている。ティトゥの安全のためだ。

 彼女も今ではこのナカジマ領の領主様だからね。

 いざ何か不測の事態が起これば、急いでベアータを回収して飛び立つ事になっている。


 そのエンジン音のせいか割と距離があるせいか、会話の声までは聞こえないが、ベアータの勢いに漁師らしき男達がタジタジになっている様子が見える。

 小さな体で何だか凄いバイタリティーだな。


 彼女を見ていると昔近所の家で飼っていた小型犬を思い出すなあ。

 散歩の途中で急に大きな犬に向かって吠え掛かって、大きな犬の方が困った感じになっていたものだ。

 そんな光景を思い出して僕は少し懐かしい気分になった。


 そんな事を考えながらしばらく様子をうかがっていると、やがてベアータが戻って来た。

 彼女はエンジンの音に負けないように大声で叫んだ。


『アタシの見立てでは特に危険は無さそうです! どうします? 村人達に会われますか?』


 ベアータの言葉にティトゥは少し考えていたが


『分かりました、話してみますわ。ハヤテ、少し静かにしていて頂戴』


 オーケーオーケー。エンジンを切ればいいんだね。でも君の言い方だと僕が叱られているみたいに聞こえない?



 

 野次馬達の中から現れたのは白髭のお爺ちゃんだった。

 どうやらこの人がこの漁村の代表らしい。


『始めまして。私はティトゥ・ナカジマ。この度国王陛下の命でこのペツカ地方を領地として治める事になったナカジマ家の当主ですわ』


 ティトゥの言葉に野次馬達の間にどよめきが広がった。

 こんな若い女の子が領地を治める領主様とは思ってもいなかったんだろうね。


 お爺ちゃんはティトゥの言葉にサッと頭を下げた。


『これはご領主様と知らなかったとはいえ、村の外でお待たせするようなご無礼を致しました事誠に申し訳ございませんでした。ワシはこの村の代表をしておりますロマという者です』


 お爺ちゃん――ロマ爺さんの姿に周囲の村人達も慌てて頭を下げた。


『いいのよ。先触れも出さずに来たのはこちらですもの。それよりもこの村の事を教えて頂戴』


 その後もしきりに申し訳なさそうにしながら村でのもてなしを勧めるロマ爺さんだったが、ティトゥは頑として首を縦に振らずにこの場で話を続けた。

 まあ、村まで入ると時間も取られるから仕方が無いよね。

 あまりここで時間をかけると、今も町の外で待たされているオットー達がヤキモキするだろうし。



 さて、ロマ爺さんから聞いた話はこうだ。


 先ず、この漁村はペツカ村と言うそうだ。

 ペツカ地方にあるペツカ村。

 どうやら昔はこのペツカ地方にある唯一の村だったらしく、ずっとこの名前で困った事は無かったそうだ。


『しかしこの地方にも村が増えた事で、他所の村と区別するために、外ではこの村の事をペツカ漁村と呼んでいるようです』


 ペツカ漁村ではやはり上空から見たあの湾口を港として利用しているらしい。とはいえ――


『とはいえ湾口を港として利用するためにはあの大湿原に入らねばなりません。そのため夏は毒虫の被害に遭う者も多く、難儀しております』


 そう。天然の良港に見えたあの湾口だが、ペツカ大湿原の中に位置しているのだ。

 そのため彼らはここから少し南に下がった場所にもう一つ村を作って普段はそっちで生活しているらしい。

 毒虫のいない冬の間だけこの村を使っているのだそうだ。

 今は丁度村の引っ越しシーズンだったというわけだ。

 この村を訪れるのがもし半月前にずれていたら、廃墟となった捨てられた村だと思ったに違いない。


『どうりで村人の数の割には家が少ないと思いましたわ』


 家は持って移動できないからね。管理の手間を考えたらこっちの村にはあまり多くの家は作れないんだろう。


 ちなみに漁師は朝日が昇る前から漁に出かけて昇り切った頃には浜に戻って来るらしい。

 そして午前中で魚をさばいたり干したりといった作業や、破れた網を繕ったりといった作業を終え、午後からは休んだり家の畑仕事をするんだそうだ。


『湿原を開拓して一年中あの湾口を港として利用しようとは思わなかったんですの?』

『前の領主様の時に偉い方が訪れてそんな事をおっしゃった事はありました。何人かで村に来て少しの間湾口を調べていかれましたが、それきり何の連絡もございません』


 開発の目途が立たずにお蔵入りになっちゃったのかな?

 まあ割と良くある話だ。

 ロマ爺さんはあまり気にしていない様子だ。

 村の人口程度を賄うなら現状で何の不都合も無いのだろう。


 それ以降もティトゥはロマ爺さんに色々と話を聞いていた。

 けど僕は湾口の事を考えて右から左に聞き流していたので細かい話は良く覚えていない。

 湾口の事を前の代官が正式に調べたのなら、オットーの所に資料なり何なりありそうだ。帰ったら探してもらおう。




 しきりにもてなそうとするロマ爺さんを振り切り、ティトゥは僕に乗り込むと再び空へと飛び立った。

 素朴な村人といったこの感じ、ランピーニ聖国で出会った島民達を思い出すなあ。

 あの妙に人懐っこい彼らは今頃どうしているだろうか。

 なぜかティトゥに二度と行かないように言われたけど、あれって何か理由があったんだろうか?

 今度時間が出来たらティトゥに聞いてみようか。


『中々感じが良いお爺ちゃんでしたね』


 ベアータはお婆ちゃんっ子のせいか、ロマ爺さんの事が気に入ったみたいだ。

 ティトゥも彼女の意見に賛成のようだ。


『そうですわね。どうせどこの村を選んでもさほど変わりが無いのなら、いっそさっきの村を選びましょうか』


 小さな村ではあるが、こちらだってさほど大人数という訳でもないからね。

 家を増築すれば何とかなるんじゃないかな?


『そうと決まれば善は急げですわ。ハヤテ、元の場所まで戻って頂戴』

『ちょっ早で頼むね! ハヤテ様!』


 オーケーオーケー。任されました。ティトゥの落ち着き先が決まったようで何よりだ。

 僕はこちらを見上げて手を振る村人達に翼を振って応えると、一気に高度を上げて元来た方向へと機首を向けた。

 オットー達の待つ休憩場所に向かいながら、僕は「あの漁村を本拠地にするなら、また当分青空駐機になっちゃうんだろうなあ」などとぼんやりと考えていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ティトゥがハヤテに乗って飛び立ってから半刻(約一時間)。

 長い休憩時間にナカジマ家の使用人達は今の間にと軽い食事をしていた。


「オットー様、どうぞ」

「・・・ああ。」


 ナカジマ家の代官、オットーはメイドからパンと椀を手渡された。

 椀に満たされた温かいスープは周囲に良い匂いを漂わせるが、オットーはさほど食欲を刺激されていない様子だ。

 その目は興味がなさそうに手元の椀に注がれている。

 頬がこけ、目を血走らせた鬼気迫るオットーの姿に、メイドはそれ以上声もかけられずにそそくさとこの場を離れて行った

 そんな上司の姿を見るに見かねたのか、部下の男がオットーに話しかけた。


「食べないと元気が出ませんよ?」

「分かっている」

「ご当主様も心配しておられましたし、何か口にされませんと」

「分かっていると言っているだろうが! ・・・あ、いや、済まない」


 苛立ちのあまり思わず怒鳴ってしまったオットーだったが、直ぐにその声は力なくしぼんだ。


「・・・全く情けない。ご当主様の力になれないばかりか自分の部下に八つ当たりとは。ご当主様のお父上の下で、俺は長年一体何を学んで来たんだ」


 オットーは、ポルペツカ商工ギルドのギルド役員達に対して、ティトゥがへそを曲げて町を飛び出した事を、自分の力が足りなかったせいだと考えて気に病んでいたのだ。

 そんなオットーに対して周囲の者は誰も声をかけられずにいた。


 オットーはその場にパンと椀を置くと立ち上がった。


「やはり俺だけでもポルペツカに戻ってもう一度ギルドの連中と話して来る」

「待って下さい、オットー様! せめてご当主様の帰りを待ってからにしてはどうかと!」


 慌ててオットーを止める部下の男。そんな彼らをナカジマ家の使用人達は迷惑そうな顔をしながら遠巻きにしているだけで誰も何も言わない。

 全員、疲労のせいかどこか空気がギスギスとしているようだ。

 無理も無いだろう。何日もかけてマチェイからやって来たと思ったら、三日目には町を出る事になってしまったのだ。

 皆ギルド役員達とティトゥとの会談の内容は聞いているらしく、ティトゥの判断自体に不満は無かった。だが、体に溜まった疲れに気持ちがささくれ立つのを抑える事が出来ないのだ。


 そんな使用人達を心配そうに見ているのはティトゥのメイド少女カーチャ。

 彼女はこの場を収めるための助けを探して空を見渡した。

 そして彼女の目は求めていたものを発見した。


「あっ! ハヤテ様達が帰って来ましたよ!」


 彼女の言葉に周囲に漂う淀んだ空気が目に見えて一変した。


 皆立ち上がり、空を見上げて彼らのドラゴンに手を振り出した。

 その表情には笑顔が浮かんでいる。


 思えば一年ほど前、マチェイ家の屋敷にハヤテがやって来るまで、屋敷の中はどこかさっきのような押しつぶされそうな重い雰囲気に包まれていた。

 当主も夫人もいつも気鬱そうな表情を浮かべ、気丈に振る舞うティトゥの姿もどこか痛々しさを感じさせるものがあった。

 そんな屋敷の空気をまとめて吹き飛ばしたのがハヤテだ。


 彼がやって来てからマチェイの一家は明るい表情を取り戻した。

 彼らの変化は使用人達にも伝播し、屋敷はいつしか明るく活気のある――若干騒々しい――雰囲気に包まれていたのだ。


 ハヤテは基本的には何もしない。

 屋敷の庭で身じろぎもせずにジッとしているだけだ。

 話しかけられれば時々片言の返事をする。ただそれだけである。


 しかし屋敷の皆はそんな彼から目が離せない。放っておけば何をしでかすか分からない危うさがあったから、いや、何かをやってくれそうな期待感が皆の目を引き付けるのだ。



 そんな周囲を尻目にオットーは座り込んでスープにパンを浸して口に放り込んでいる。

 ティトゥが戻って来た以上、直ぐにでも彼女の無茶振りで振り回される事になるかもしれないのだ。だったら食べれる時に食べておかないと体が――あと精神も――もたない。

 オットーの部下も慌てて上司に倣って食事を口に運んでいる。


 そんな周囲の姿を見てカーチャはふと思った。


(ひょっとしてハヤテさんは、神様がティトゥ様を憐れんで遣わせになった天からの使者なのかもしれません)


 それはふとした思い付きだったが、そんな彼女の思い付きは空を飛ぶハヤテの姿を見ているうちにどこかに消え去ってしまった。

 神様の使いと考えるには、ハヤテはあまりに俗っぽくものぐさ過ぎたからである。

次回「コノ村」

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