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その9 ポルペツカ商工ギルド

 ティトゥが新人領主となって自分の領地に赴任した初日。

 僕の姿は町の倉庫の中にあった。


 ティトゥの新たな家となった代官の屋敷の庭は綺麗にガーデニングされていて、僕の巨体を運び込む場所が無かったのだ。

 憎い。このボリューミーなわがままボディが憎い。


 で、仕方が無く僕は町の空き倉庫へと運び込まれたのだった。

 このまま何年も忘れ去られたりしないよね?



 などと思っていた時が僕にもありました。

 夜が明けた翌日。

 屋敷の方から何人かの使用人が来て僕の前にイスとテーブルの準備をし始めたのだ。

 何だろうね? ここで新領主就任祝いパーティーでも開くのかな?


『おはようございます、ハヤテ様。』


 僕がぼんやりと彼らの様子を眺めていると、ティトゥのメイド少女カーチャがやって来た。

 今日は珍しくティトゥと一緒じゃないんだね。


『朝からお騒がせしてすみません。これには訳があるんです。今から説明させて頂きますね。』


 まあ普通、訳も無くイスとテーブルの準備をする人なんていないよね。

 いいでしょう、伺いましょう。




 カーチャから説明されたこの町の代表者達の話は何とも言えないものだった。

 いやまあ、彼らの気持ちも全く分からない訳ではないんだけどねえ。日本にも似たような話があったし。


 天下分け目の関ヶ原が終わり、徳川の時代になった時の事。

 負けた西軍についた土佐の長宗我部は自分の領国を没収されてしまった。


 代って土佐を与えられたのが山内一豊だった。


 この人は昔にN〇Kの大河ドラマにもなった人なんだけど、武将としてよりどっちかというと奥さんの内助の功の逸話の方が有名だったりもする。

 だからという訳でもないんだろうけど、彼は土佐に残った長宗我部の旧臣達から舐められてしまった。

 彼らは城に上がるのを拒否したんだそうだ。

 要は職場放棄、今でいうボイコットをしたわけだ。


 怒った山内一豊は浪人まで集めて自分の家臣を作った。

 その上で主だった長宗我部旧臣を騙し討ちして粛清してしまったのだ。


 その後、残った長宗我部旧臣は幕末までずっと同じ武士なのに一段下の立場に追いやられ、様々な差別を受ける事になったのだった――ってあれ? 僕は何の話をしていたんだっけ?


 そうそう。つまり、お上の意向で前の殿様が追い出されて新しい殿様が来た時、その人事が気に入らない家臣がボイコットをした、っていう話は日本にもあったんだよ、と言いたかったんだ。



『それでハヤテ様に協力してもらいたいんですが・・・』


 おっと、僕が関係ない事を考えている間にカーチャの話が進んでいたみたいだ。危ない危ない。

 まあ彼女に何を言われても、僕がティトゥに協力するってトコだけは変わらないんだけどね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼らの組織は「ポルペツカ商工ギルド」と呼ばれている。


 このポルペツカの町のあらゆる産業が加入している大型ギルド――といえば聞こえは良いが、本来はネライ家からの支援金を公平に分配するための支援組織に過ぎない。

 逆に言えば、「ポルペツカ商工ギルド」に加入していない者はネライ家からの支援金を得られない。つまりは自力で稼がないといけない、という事でもある。

 そしてそれは、決定的に経済が破綻しているこのポルペツカの町においては不可能に近い。

 つまりギルドに加入していない者はポルペツカでは生活していけないのだ。


 そのため、町における彼らの権力は絶大なものになっていた。

 だからだろうか。いつしか彼らは自分達がネライ家の代理人であるかのように錯覚してしまっていたのだ。



 ポルペツカ商工ギルドのギルド長は7人の役員達が持ち回りで担当している。

 7人の役員達はそれぞれ町の異なる産業の代表者でもある。


 そんな彼らが新領主に呼ばれて来たのは町の倉庫街であった。

 指定された倉庫の前で馬車を降りた役員達は、目の前の倉庫を見上げて一様に訝し気な表情を浮かべた。

 それは自分達の良く知る、極普通の倉庫の一つに過ぎなかったからである。


「なんで新領主様はこんな場所で話し合いをしようと言いだしたんだろうね?」

「さてさて。まさかこの倉庫を物資で一杯にして、ワシらへの就任祝いのプレゼントだとでも言うつもりじゃないのかね。」


 男の言葉に周囲から「それは良い。」とばかりに軽い嘲笑が起こった。

 そんな事は無いと分かっているからである。

 今度の領主は()上士。そんな経済力が無い事を彼らは知っていたのである。


「いつまでもここで立ち話していても仕方が無いでしょう。中に入りませんか? 僕も立ちっぱなしで足が疲れてしまいましたよ。」


 ギルド役員達の中でも一番年齢の若い男がそう切り出した。

 若いと言っても周囲に比べればというだけで、30歳を過ぎたばかりの少し頼りなさそうな男である。

 彼だけは先程の冗談に笑っていなかった。


「やれやれ君は若いのに情けない事を言ってもらっちゃ困る。おい、彼の足が棒になる前にそのドアを開けたまえ。」


 役員の一人が自分の部下に命じると、部下は慌てて倉庫のドアを開けた。


「テーブルとイスの準備がしてありますね。本当にここで話を――うわっ! なんだあれは?!」


 倉庫の中を見た部下が何かを見つけて大声を上げた。

 部下の反応に驚いて、慌てて倉庫の中を覗き込むギルド役員達。


「なっ・・・」


 そして一斉に声を失った。

 そんな彼らにうら若い女性の声が掛けられた。


「ようやく来たのね。ようこそポルペツカの代表者の皆さん。私はナカジマ家当主、ティトゥ・ナカジマ。そしてこちらの大きな体の持ち主が私が契約しているドラゴン、ハヤテですわ。」

「ゴキゲンヨウ。」


「「「「し・・・喋った?!」」」」


 そこにいたのはピンクの髪の若き領主ティトゥ・ナカジマと彼女のドラゴン、ハヤテ。

 ポルペツカ商工ギルドの役員達は、思ってもいなかった存在にいきなり度肝を抜かれてしまったのだった。




「失礼しましたナカジマ家のご当主様。本日は我々ポルペツカ商工ギルドとの話し合いの機会を設けて頂き、誠にありがとうございます。」


 ハヤテの姿に驚くあまり、すっかり言葉を失くしてしまったギルド長に代わり、例の一人だけ若い役員がティトゥに頭を下げた。

 彼は新領主一行を見かけた町の人間から詳しい話を聞いていたため、誰よりも早く平常心を取り戻す事が出来たのである。


(いやいや、待ってくれ! 言葉を喋るドラゴンなんて聞いていないぞ僕は!)


 いや、どうやら内心ではまだ混乱しているようだ。

 それもそのはず。ハヤテの存在は話に聞いていても、それが喋るドラゴンだとはこの町の人間は誰も知らなかったのである。


 それでも若い役員がティトゥに話しかけたことでようやく少しは頭が働くようになったのか、ギルド役員の中でも特に恰幅の良い中年男――現ギルド長がティトゥに尋ねた。


「ど、ドラゴンですか?」

「ええ。ハヤテはドラゴンですわ。我々人間同士の話し合いに対して、公平な第三者として立ち会ってもらおうと思いましたの。」


 第三者って、相手は人間じゃないじゃないか!


 役員全員の心の叫びが一致した。

 しかも相手は彼女の契約したドラゴンだと言う。

 どう考えてもこのドラゴンは彼女の味方である。


 ギルド長はハヤテの大きな体の前に揃えられたイスとテーブルを見た。

 彼も前ネライ代官に、代官屋敷の一室で圧迫面接まがいの対応を取られた覚えは度々ある。しかし、これほど酷いプレッシャーを掛けられた事は一度も無かった。


「どうぞご自由にお座りになって頂戴。自己紹介をして欲しいですわ。」

「あ・・・ああ。あ、いや、そうですな。分かりました。」


 ティトゥが率先してテーブルの一番奥の上座についた。丁度彼らからはティトゥの背後に巨大なハヤテの姿が目に入る場所である。

 ギルド長がティトゥに勧められて彼女の近くのイスに座る。

 その姿を見て仕方が無く各々テーブルにつくギルド役員達。全員がハヤテの近くを避けた結果、若い役員がティトゥの近く、ギルド長の前に座る事になってしまった。


「では私から。先程も言いました通り、私がナカジマ家当主、ティトゥ・ナカジマですわ。国王陛下から任命されてこのペツカ地方を治める事になりました。」


 ティトゥのこの言葉から話し合いは始まった。

次回「決裂」

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