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その8 新領主到着

 ティトゥの領地となったペツカ地方は、大きな湿原地帯の縁に少数の村が点在する、まあ、ひと言で言えばとんでもないド田舎だ。

 そんなペツカ地方にはポツンと一つだけ町がある。

 それがこのポルペツカ。パッとしない小さな町だ。

 今日からはここがティトゥのナカジマ家の本拠地となるのだ。




 ポルペツカの町に入った途端、ティトゥは辺りを見渡した。


『ここがポルペツカ・・・』


 ポルペツカはこの世界の町としても小規模な町だ。普通、領主の住む町ならもっと大きなものなんじゃないのかな?

 まあペツカ地方は広さの割に人口密度がメチャクチャ低いし、特にコレといった産業も無いみたいだから、領の中心となる町の規模もこんな程度で十分なのかもしれないけど。


 ちなみにこの町は王都と違って城壁もなければ大きな門も無いので、そのまま僕は町に乗り入れ可能だ。

 しかも大通りも中々の広さで、僕が通る余裕が十分にある。

 これは僕的に中々ポイントが高いんじゃないかな。

 まあこうやって荷車で行き来する機会なんて、そうそう無いとは思うけどね。


 

 馬車に乗った使用人達とその家族達は、ある者は興味深そうに、またある者は不安そうに、キョロキョロと辺りを見渡している。

 これから自分達が住む事になる町なんだ。当然だろう。


 そんな領主御一行様を、町の人間はギョッとした表情で見つめている。

 まあ、彼らにとってみれば「何? コイツら。」って感じなんだろうね。

 僕だって近所に見慣れない集団がゾロゾロ歩いていたら、思わずこんな目で見てしまうんじゃないかな。

 何だか主に僕が見られているような気もするけど、きっと気のせいだよね。やだなあ、僕って自意識過剰なのかな。


 ・・・いやいや、コレ絶対に僕を見てるよね。


 まあ最近じゃ僕もすっかり人目に慣れてるから余裕ですよ。はっはっは。もう諦めの極致ですわ。

 この町に来るまでも各地の村々で散々っぱらこんな目で見られてるしね。

 いつまでも元引きこもりじゃないって事ですよ。


 などとすっかり開き直った僕と違って、ティトゥは人目を避けて操縦席で小さくなっている。

 これから領主として領民の前に立つ機会も増えるだろうに。こんな事で大丈夫なのかな?


 こうして僕らは、オットーの部下の指示で領主の屋敷へと無事到着した。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 屋敷に入ったティトゥを出迎えたのは、代官として先に領地に入っていたオットーであった。


「ようこそいらっしゃいました、ご当主様。この度は小上士になられた事、誠におめでとうございます。」

「・・・オットー・・・あなた」


 ティトゥが思わず絶句してしまうほど、オットーの顔は疲労の色が濃く滲み出していた。

 頬はこけているくせにやたら目だけはギラギラと血走り、まるで最前線の兵士のような凄みのある風貌になっていた。

 僅かこの半月程の間の彼の変化に、以前のオットーを知る者達は驚きのあまり声を失っていた。


「先ずはお部屋で旅装から着替えて頂いた後、屋敷の中を案内させましょう」

「――それよりも貴方の部下から話を聞いたのだけれど」


 ティトゥの言葉に、オットーは案内に出した自分の部下をジロリと睨んだ。


「彼に聞かなくてもいずれ分かった事ですわ」

「・・・確かにそうですね。ではこちらに。他の者は部下の案内に従ってそれぞれの持ち場を確認しておくように。その後今日は与えられた宿舎に戻ってよろしい」


 オットーは屋敷の使用人達に指示を与えると、ティトゥに目配せをして屋敷の奥へと歩き出した。

 二人の間に漂う不穏な空気に、残された使用人達は声も出せずに見送る事しかできなかった。



 オットーは屋敷の執務室に入るとティトゥにソファーを勧めた。


「すみません。先ずはお茶をお出しするべきでしょうが、今は手の空いている者がいないので」

「構わないわ。それよりも、大分悪い状況だと聞きましたけど」


 オットーから案内に出された部下は、現状でオットーがいかに苦しんでいるかを訴えた。

 ティトゥに言ってどうなるものでもないのだろうが、上司の苦しむ姿を見て何かせずにはいられなかったのだ。


「・・・私の力不足です。シモン様から託されたにもかかわらず、期待に沿えずに情けない限りです」

「貴方に出来ない事なら他の誰にも出来なかったでしょう。それよりも私に聞かせて頂戴」


 ティトゥに促されてオットーは渋々重い口を開いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 旧ネライ分家領となるペツカ地方の財政は最初から破綻していた。

 ペツカは王家からの支援金と、ネライ領からの食糧で生かされている名ばかりの領地だったのだ。

 前代官の残していった書類からその事を知ったオットー達は目の前が暗くなるのを感じた。


「オットー様。とにかく町の主だった者達と話してみませんと」

「・・・そうだな。先ずはそれからか」


 町の主だった者達とは、具体的にはこの町の御用商会の当主や町民の代表である町名主の事である。

 一先ずオットー達は、そういった町の代表者達を集めて話をする事にした。




「誰も集まらないとはどういう事だ!」


 オットーは怒りのあまり思わず机を叩きつけた。

 翌日になって代官の館にやって来たのは代表者ではなく、彼らの使いの者達だけだったのだ。


「それが・・・ どうやら彼らは自分達がナカジマ領の領民になる事に不満があるらしく」

「なっ・・・」


 部下から詳しい話を聞いたオットーは絶句してしまった。


 この町はネライ家からの食糧や物資で成り立っている。

 実際にはその費用は王家からの支援金で賄われているのだが、彼らからすればあくまでも「自分達を養ってくれているのはネライ家」という感覚だったのだろう。

 そんな中、ペツカがナカジマ家の領地となった。

 今まで自分達は上士位でも名門のネライ家の領民だったのが、突然、小上士位のナカジマ家の領民となったのだ。

 彼らの感覚でいえば明らかな格下げである。

 あるいはこんな貧乏で何もない町に住む彼らは、自分達が名門であるネライ家の領民である事にしか誇れる物を持てなかったのかもしれない。

 彼らは新たな支配者に対し、ボイコットをする事で自分達の不満を露わにしたのである。


「馬鹿な事を言うな! 国王陛下直々の決定だぞ! 俺達や町の人間が不満を言ってどうこう出来る筋合いのものじゃないんだ!」


 オットーは椅子を蹴って立ち上がった。


「オットー様、どうされるつもりですか?!」

「決まっている! そっちが来ないならこっちから出向いてやる! その使者の所まで案内しろ!」


 オットーは彼らに対し、再三に渡って屋敷に出向くように要請した。

 しかし、彼らはのらりくらりとオットーの要請を躱し、中々顔を合わせる機会を作らなかった。

 オットーとしてもティトゥが来る前に強硬な手段に出る事にためらいがあり、彼らの態度に歯噛みしながらもとにかく要請を出し続ける事しか出来なかった。

 そもそもオットー達も引継ぎもされずに領地を引き渡されたせいで、早急に把握しなければならない事だらけで、その作業だけでも膨大な量になっていたのである。

 こうして時間だけが過ぎて行き、何も解決しないまま今日に至ったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「私にご当主様のお父様の半分でも人望があれば、こんな事にはならなかったのですが・・・」

「お父様は長年村を治めていたマチェイの当主だったからですわ。この町で同じことは出来ませんわよ」


 ため息と共に話を終えるオットー。

 ティトゥは彼の疲れ果てた姿に心配そうな表情を浮かべた。


「それで、その代表者からはまだ連絡はありませんの?」

「いえ、再三使者による協議を続けた結果、ご当主様本人であれば会うと言っています」


 口にするのも腹立たしいのかオットーの眉間に皺が寄った。


「分かりました。私が会えば良いんですのね」

「とんでもない! 彼らはこの屋敷に来る事を拒んでいるんですよ?! みすみす彼らの指定する場所にこちらが合わせる必要なんてありません!」


 町の代表者達は、彼らにとって敵地となるこの屋敷に来る事自体を拒んでいるという。

 逆に言えば、彼らのホームに引きずり込もうとしているのだ。


「そう・・・それは困ったわね」


 ティトゥとしては別にそれでも構わなかったが、こんな姿のオットーにこれ以上心労をかける気にはなれなかった。

 しばらく考え込んでいたティトゥだったが、やがて、「第三者のいる場所で会うのなら良いのでしょう」、との結論を出した。


「第三者・・・ですか?」


 ティトゥの言葉に不思議そうな顔をしたオットーだったが、ティトゥの勢いに押し切られて、その旨を先方に伝えた。

 町の代表者達も新しい領主の一行が町に入ったという情報は掴んでいたのだろう。

 その日のうちに返事が来て、ティトゥの申し出通りに翌日会談を行う事が決定したのだった。

次回「ポルペツカ商工ギルド」

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