その7 領地への旅
僕は今、ティトゥを乗せて彼女に与えられた領地へと向かっている最中である。
・・・といっても、荷車に載せられての旅なのだが。
僕が飛んでいけばひとっ飛びで到着するような距離なのだが、それだと一緒に領地に向かうみんなが置いてきぼりを食ってしまう。
そう、ここにはマチェイの屋敷からティトゥに付いて来た使用人達とその家族も一緒なのだ。
王都で爵位を貰ったティトゥはその足で領地を目指す事になった。
新たにナカジマ領となるペツカ地方はマチェイから王都を挟んで丁度反対側になるからだ。
往復のためにかかる時間をティトゥが惜しんだのだ。
といった所で、ここで少しこの国の地理の話をしよう。
以前説明した通り、この国は大陸から伸びた半島の大体真ん中辺りに位置している。
この国の北には以前攻めて来た隣国ゾルタが。南には山脈を挟んでごちゃごちゃと都市国家が乱立しているらしい。都市国家、と言えば聞こえが良いが、実のところはどこも大きめの港町といった規模のようだ。
この半島は東に背骨のように南北に山脈が走っていて、その向こう側にはロクな平地は無いみたいだ。
そのわずかな平地に都市国家から追われて来た人達が慎ましく暮らしているのだという。
ミロスラフ王国の王都はその背骨山脈から西に向かって流れる大きな川の途中に作られている。
なぜ河口付近じゃないのかって?
まだ治水技術の未熟なこの世界では、河口付近は毎年のように川が氾濫して危なくて大都市なんて作れやしないのだ。
ちなみにマチェイの村は王都からざっくり南東に向かって歩いて三日ほどの距離にある。
今、僕達が目指しているペツカ地方はその逆。北西方向だ。
ペツカの北にはペツカ湿地と呼ばれる大湿原地帯が広がっている。かなり広大な面積で、僕も空を飛んでいる時に目印にしているくらいだ。
人っ子一人住んでいない――というか人の住めない不毛地帯だ。
その湿地帯の北には小さな山脈が・・・というか山脈のすそ野に湿地帯が広がっているのだ。
そしてその山脈を越えた先にあるのが隣国ゾルタだ。隣国ゾルタも山を越えた先のさらに湿地帯を越えて進軍して来た事は一度も無いらしい。
だからペツカ地方には砦も無いし軍隊が置かれた事も無いそうだ。そりゃそうだよね。
そしてペツカの山脈を東に行くと途中で途切れて草原地帯になる。
ペツカの山脈とさっき言った背骨の山脈に挟まれたこの草原地帯こそが、ミロスラフ王国と隣国ゾルタが長年に渡って紛争を繰り広げている場所なのだ。
そうして延々小競り合いを繰り広げて来たこの地に、10年ちょっと前にミロスラフ王国が砦を築いた。
以前僕がラダ叔母さんを乗せてお邪魔したのがこの砦だ。
砦まで造られた隣国ゾルタはさぞピリピリしているのだろう、と思ったら、砦が造られて以来両国には一度も大きな戦いは無いんだそうだ。
どうやら現在、隣国ゾルタではハト派が勢力を握っているようで、国外に攻め込むよりも内政の方を重視しているらしい。
砦の完成を阻むための最後の戦いでタカ派の中心人物が戦死したから、とも言われているそうだ。
どこも大変なんだね。
・・・などという事を、僕は家令のオットーがミロシュ君(7歳)に教えているのを横で聞きながら学んでいた。
僕だって一日中日向ぼっこをしているだけじゃないんですよ。
『ご当主様ー! オットー様の出迎えが来たそうですよー!』
僕の操縦席で揺られているティトゥに声が掛けられた。
この声は料理人のベアータだ。以前僕がドワーフと勘違いしたあの少女である。
彼女もティトゥに付いてペツカに向かう事になったのだ。
残念ながら屋敷の料理人テオドルはマチェイに残る事になった。
もう歳なので生活環境の変化が辛いのかもしれない。
まあ湿地帯のすぐそばだからね。これから冬になるからまだ良いけど、夏になれば虫やら何やらとすごい事になりそうだし。
残るといえば、オットーのパシリことルジェックが残る事になったのは少し意外だった。
オットーが代官として赴任する事になったんだから、部下のルジェックは当然連れて行くものだとばかり思っていたからだ。
ルジェックは今、ティトゥパパと一緒にオットーの息子を新たな家令へと鍛え上げている最中である。
あ、ちなみにティトゥのメイド少女カーチャは当然のようにこのメンバーに入っている。
正直こんな小さな女の子が親元を離れて働くのはどうかとも思うけど、この世界ではカーチャの年齢でも立派に成人として扱われるんだそうだ。異世界って凄いな。
たまに里帰りに連れて行ってあげるのもいいかもしれない。僕ならマチェイまでひとっ飛びだからね。
ティトゥは荷車を止めると僕から降りて馬車の方へと歩いて行った。
馬車の中でオットーのよこした部下から色々と領地の話を聞くんだろう。
丁度良い時間なので皆も休憩にするみたいだ。
そういえば辺りも程よく寂れて来たし、そろそろペツカ地方に入ったのかもしれない。
上空から見ても街道以外に何もない、本当に寂れた場所だったからなあ。
一人になった僕はこの旅が始まる前、王都で将ちゃんことカミル将軍に二人だけで会った時の事を何となく思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王都で僕がカミル将軍に会ったのは、アダム隊長から「カミル将軍が話があると言っている。私はその事を伝えるために来た」と聞かされてから二日後の事だった。
ていうか、遅いよ将ちゃん!
普通、あんな風に言われたら、当日か遅くても翌日くらいには来ると思うじゃない?
一日中何もすることが無い中、「いつ来るんだろうなあ」ってボーっと二日も待たされたこっちの身にもなって欲しいよ!
久しぶりに会ったカミル将軍はやはりというか何というか、出来る男感がハンパなかった。
漂うオーラが違うと言えば伝わるだろうか?
同じ男として、僕の劣等感がビシビシ刺激されてたまんなかったっす。
『今回の一件。俺はユリウス宰相が仕組んだことだと睨んでいる。』
「?」
カミル将軍は何の前置きも無く唐突に本題に入った。余程腹に据えかねているのか正直目力が強すぎて怖いです。
『お前のご主人を守るために俺の力が必要だと判断した時にはいつでも頼って来て欲しい。今後俺は全力でマチェイ嬢の後ろ盾になるつもりだ。』
カミル将軍の言葉に僕は引っかかりを覚えた。
どういう事だ? 何でカミル将軍はそこまでティトゥに肩入れするんだろう?
はっ! まさか!
まさかカミル将軍はティトゥを狙っているのか?! でもこの人、奥さんも子供もいるって話じゃなかったっけ。不倫か?! ティトゥの美貌に将軍の心の浮気の虫という名の冒険心が疼いたのか?!
僕が混乱する中、カミル将軍は辺りに誰もいないのを確認してから僕に頭を下げた。
『俺に出来る事なら何でもする。だから短気を起こして国にあだなすような行動を起こすのは慎んでもらいたい。』
・・・あ~、そういう事か。
どうやらカミル将軍は今回のティトゥの件で僕がへそを曲げないか心配しているのだ。
まあ将軍の心配も分からないでもないか。
ある日どこからともなくぶらりと現れたドラゴンが、人里のマチェイに住み着いたとしよう。
なんとなく居ついた彼を、突然人間の都合で住み心地の悪い湿地帯に追いやったとする。
そのドラゴンはどう思うだろうか?
やっぱり気を悪くするよね。
もしも短気なドラゴンなら当然暴れるんじゃないかな。いらん事をした国王なんていの一番に狙われたって不思議じゃないよね。
つまりはカミル将軍は僕が王城に250kg爆弾を投下しやしないか心配しているんだろう。
いやいや、そんなテロリストみたいな事するはずないし。
そりゃあティトゥが望むなら一緒に逃げ出しても良いとは思っているけど、その際だって黙って去っていくつもりだから。
報復に爆弾を落としていこうなんて考えてもいないから。
僕が混乱している中、カミル将軍は頭を上げるともう一度周囲を確認した。
一国の将軍が頭を下げる所を人に見られるわけにはいかないんだろう。
『とにかく、何か事を起こす際にはまず俺に相談してからにして欲しい。それだけは覚えておいてくれ。お前なら領地からだってひとっ飛びで王都まで来れるだろう。俺がいない時にはアダムに言えば連絡が付くようにしておく。』
カミル将軍の言いたいことは分かった。
そうだな。何かあった時には遠慮無く頼らせてもらう事にしよう。
ティトゥのための力はいくらあっても良いからね。
『ヨロシクッテヨ。』
『・・・その返事はどうだろうか。俺は真面目な話をしていたんだが。いや、分かってもらえたのならいいんだ。うむ。』
僕の返事にどこか釈然としない表情を浮かべるカミル将軍だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕がぼんやりと将ちゃんとの会話を思い出していると、休憩していた皆が馬車に戻り出した。
出発の時間になったんだろう。
ティトゥが馬車から出てくると僕の翼の上に立った。
いつもならすぐに操縦席に座るティトゥなのに、なぜかその時はしばらくそのまま立ち尽くした。
ティトゥの目はずっと遠くを見つめている。オットーのよこした部下から何か気になる話でも聞いたんだろうか?
『さあ、行きますわよ。』
やがてティトゥは操縦席に乗り込むと座席に着いた。
馬がブルブルと鼻を鳴らして歩き出すと、僕を乗せた荷車もガタゴトと動き出した。
僕達が街道を進んでオットーのいるポルペツカの町にたどり着くのは、それから二日後の事である。
次回「新領主到着」




