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その3 カーチャ驚く

◇◇◇◇◇◇◇◇


「ええっ?! そんな事になっていたんですか?!」


 私は料理人のベアータさんから聞かされた話に耳を疑いました。


 なんと、私達がランピーニ聖国に行っている間に、国王陛下から直々のお達しがあって、この間の戦の戦功でティトゥ様が上士位に叙位されたのだそうです。



 ここはマチェイのお屋敷の使用人部屋――と言っても他の人達は離れに家族と暮らしているので、使用しているのは私とベアータさんの二人だけなんですが。

 正直二人で使うには広すぎる部屋で、冬には適度に狭くて暖かい実家の方が恋しくなったりもします。


 先日、ティトゥ様と一緒にランピーニ聖国からマチェイに戻った私は、三日ほどお休みを貰って実家の家族の下に帰っていました。

 マチェイのお屋敷の仕事は新年のお休みくらいしか決まったお休みは無く、農繁期の時やたまにこうやってご褒美としてお休みが与えられる事があるのです。

 最近は立て続けに旅行があったため比較的家に帰る事が多くて、私の家族は・・・って、今はそんな事を言っている場合じゃありません。



「いや、違う違う。上士じゃなくて()上士」

「? 小上士? そんな爵位があるんですか?」

「アタシに聞かれてもな~。そういうお達しがあったんだからあるんじゃないの?」


 確かにその通りです。

 するとティトゥ様もどこかの領地の領主様になられるのでしょうか?


「それが何でも、ティトゥ様に下賜された領地ってのが訳アリの代物らしくってさ。もっとマシな領地に替えてもらえないか、ご当主様が寄り親の貴族様の所に直訴しに行ってるんだってさ。」


 もし、ティトゥ様がこのマチェイを出てどこかの領地を治められるのでしたら、私は連れて行ってもらえるのでしょうか?


「ティトゥ様はどうされるおつもりなんでしょうか?」

「そこそこ乗り気みたいだよ? 流石に話を聞かされた当日は急だったせいか悩んでいたご様子だったけど、次の日にはいつもの様子と変わりは無かったからね」


 ベアータさんは大きく胸を張って答えました。

 と言っても、小柄な彼女がやると小さな子供が威張っているようにしか見えないんですが。 


 見た目は私の弟と変わらない年齢に見えるベアータさんですが、実はティトゥお嬢様と同じ歳なのです。

 その事が分かってからは、お二人はよくお話をするようになりました。

 ネライ卿に変に目を付けられて以来、屋敷から出る事が出来なくなったティトゥ様は、ずっと同年代のご友人がいらっしゃいませんでした。

 ティトゥ様ご本人は


「貴族の子女の間には本当の意味での友人なんて出来ませんわ」


 などと強がっていらっしゃいましたが、やはりお寂しい思いをされていたのでしょう。

 また、ベアータさんが貴族相手にも物怖じしない性格だったのも良かったのかもしれません。

 お二人が話しているお姿は、私の目には気の置けない友人同士のように見えて、本当に楽しそうに感じられるのです。


 ちなみにティトゥ様は今、家令のオットーさんと一緒に忙しく手続きをしている真っ最中なのだそうです。


「貴族ってのは大変だよねぇ」


 しみじみと語るベアータさんでしたが、多分、普通はそこまで大変な事は無いんじゃないでしょうか?

 聞いた話でしかありませんが、今のご当主様がマチェイを継いだ時には、国に通知を出した後、寄り親であるヴラーベル家でパーティーを開いてもらって、参加者に当主就任を通達して終わりだったはずです。

 ティトゥ様の場合は新しく家を興すという話なので、そこで手間がかかっているのでしょう。


 後で知ったのですが、この国で新しい家が興るのは30年ぶりだったんだそうです。

 そのため前例となる古い資料が中々見つからず、オットーさんはあちこちに連絡して確認の作業に追われるはめになったのだそうです。




「家を興すのがこんなに面倒な事だとは思いませんでしたわ」


 ティトゥ様はため息をつくと私にそう愚痴をこぼしました。

 今、ティトゥ様は時間を作って私と一緒にハヤテさんの所に向かっている所です。

 そういえばティトゥ様――と、今までのように呼んでも良いのでしょうか?


「構いませんわ。当主と言ってもまだ治める領地も決まってませんし、そもそも領地運営に関しても何をやれば良いかも知らないお飾りの当主ですもの。本当の当主は私の旦那様になる人がそう呼ばれる事になるのでしょうね」


 ティトゥ様は”ティトゥ・ナカジマ”として”ナカジマ家”の当主となる事がすでに決まっています。

 ”ナカジマ”という不思議な響きのする名前は、ハヤテさんが付けた家名なんだそうです。


「どういう意味なんでしょうかね?」

「知りませんわ。でもあの時のハヤテの様子を見ていれば分かりますわ。この名前はハヤテにとって特別な意味を持つ言葉だって事が」


 そうおっしゃるとティトゥ様は満足そうに微笑みました。

 ティトゥ様は、ハヤテさんにとって”ナカジマ”は、彼の家族の名前かそれに類する物ではないか、と考えているのだそうです。

 確かにそう言われてみると、何となく”ハヤテ”という彼の名前と似た語感にも思えます。


「ハヤテ本人は、後になってから家名には合わないとでも思い直したのか、何かと別の名前を勧めて来ますが、私は絶対にお断りですわ」


 ええ~。本人がイヤがっている物をそのまま使うのはどうなんでしょうか?

 まあ、お二人にしか分からない何かがあるのかもしれませんが・・・


 ハヤテさんはいつものように屋敷の庭に佇んでいました。

 ハヤテさんの後ろには彼専用に作られた倉庫が見えます。

 自分では一歩も動かず、朝晩屋敷の使用人達によって出し入れされているのだそうです。

 相変わらずものぐさな方ですね。




「ゴキゲンヨウ」

「御機嫌よう、ハヤテ。今日も時間が取れなくてブラッシングは出来ないのよ。ごめんなさいね」


 ハヤテさんの挨拶にティトゥ様が答えます。

 以前までと違って、ハヤテさんは最近では片言の単語でお喋りをするようになりました。

 やっぱりドラゴンというのは、少々ものぐさなだけで本質的には頭の良い生き物なんですね。


「カメイ」

「あら、また新しい家名を考えてくれたのね?」


 ハヤテさんの言葉にティトゥ様が小首をかしげます。

 あれ? ティトゥ様は”ナカジマ家”で国に申請をしている事をハヤテさんに言っていないんでしょうか?


『今日のは自信あるから大丈夫。モ〇ハンを代表するドラゴンだから絶対に間違いない』


 何でしょう。ハヤテさんがブツブツと何か言ってますね。

 どうにもイヤな予感が止まりません。


「リオレウス! ティトゥ・リオレウス!」

「ティトゥ・リオレウス。良い名前ね。でも私はティトゥ・ナカジマの方が好きですわ」

『くそーっ! やっぱりリオレイアの方にしとけば良かったか! でもティトゥにはレイア(・・・)が似合ったとしても、家名なら絶対にレウス(・・・)の方だろう!』


 ティトゥ様にバッサリ断られて悔しがるハヤテさん。

 そんな悔しがるハヤテさんを楽しそうに眺めるティトゥ様。


 あ~、コレ分かりました。

 ティトゥ様、最近忙しくされてますからね。ハヤテさんをいじってストレスを発散していたんですね。


 確かに、自分が大変な時期に、パートナーであるハヤテさんが毎日庭でのんびりと日向ぼっこをしているのは面白くないんでしょうけど。


『だったらアレはどうだろう、パ〇ドラのアレだよアレ。え~と何だったっけかな、ほらあのコンボが強いドラゴン。何とかカーナ、何とかカーナ。・・・そうだ! イヴェルカーナ! ティトゥ・イヴェルカーナ! 強そうで良いんじゃない?!』


 ハヤテさんはまだ何か必死に考えている様子です。

 お可哀そうなハヤテさん。

 貴方がどんな名前を提示しても、ティトゥ様が首を縦に振る事はないんですよ。 


 私はハヤテさんが気の毒になって思わず声を掛けてしまいました。


「あの、ハヤテ様。ティトゥ様はもうナカジマ家で国に届け出を出してしまっているので、ここで何を言っても変更はありませんよ?」


 私の言葉にハヤテさんの呟きがピタリと止まりました。


『・・・え? それってマジで?』

「はい。そう伺っています」


 ハヤテさんの言葉は分かりませんが、流石にこの場面で何を言っているのかくらいは察しが付きます。

 ハヤテさんはティトゥ様の様子を窺っている様子です。 

 ティトゥ様は凄く良い微笑みを浮かべて悪びれも無くおっしゃいました。


「あら、バレちゃったわね」

『ノオオオオオオオン!!』


 ハヤテさんの絶叫が庭に響き渡りました。

次回「シモンの決断」

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