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その2 誕生、ナカジマ家

 夜になると屋敷の灯りが消え、辺りは真っ暗になる。

 実は僕の四式戦ボディーは結構夜目が利くのだが、今はその能力も活かせない。


 ・・・まさか入り口を閉められるとは。


 夕方、屋敷の使用人達が入り口辺りで何かやっているな、とは思っていたが、まさか入り口のドアを閉められるとは思わなかったのだ。

 あ、ちょっと待って、と言おうと思っているうちに彼らの声は遠ざかってしまった。

 なんてこったい。

 夜になるとドアを閉める。当たり前の事だが家主である僕に一言断ってからにして欲しかった。

 明日になったら今後は入り口を閉めないように伝えよう。

 僕は真っ暗な倉庫の中で、一人寂しく過ごしていた。



 ギッ・・・


 その時入り口に隙間が開くと外から謎の光が! だ、誰だ?!


『中はこうなっているんですわね』


 カンテラを手に持ったティトゥが僕の新居を覗き込んでいた。

 いやまあぶっちゃけ声を聞かなくても分かってたんだけどね。ホラ、僕って夜目が利くから。

 あ、そんなにしげしげと見ないでくれるかな。まだ引っ越したばかりで片付いていないからさ。


 ティトゥはすっかり慣れたもので、片手にカンテラを持ったまま器用に僕の操縦席へと乗り込んだ。


『少しハヤテに相談したい事があって来たんですわ』


 そう言うティトゥはどこか疲れている様子だ。

 何かあったんだろうか?




 なるほど。僕達がいない間にそんな事があったんだな。


 ティトゥの話は意外なものだった。

 ――意外なのか?

 日本だって戦国時代は戦いで手柄を立てれば大名に取り立てられたりしたわけだし、今回の話も要はそういう事なんじゃないのかな?

 僕達の活躍で隣国ゾルタの軍を撃退したわけだし、ティトゥには僕という目立つ戦力を持っている訳だし。

 ここは爵位を与えて恩を売っておくのも良い、と、国の誰かが考えたとしても特に意外ではないのかもしれない。

 まあティトゥみたいな女の子が当主になるのは、意外と言えば意外かもしれないけど。


 それにしてもティトゥはつくづくパンチラ元第四王子に縁があるんだな。

 まさかあいつの領地を拝領する事になるなんてね。

 そういやアイツはどうなったんだっけ。何だか説明を受けた記憶だけはあるんだけど、脳が覚える事を拒否しているのか全然記憶に無いんだけど。

 まあ、色々と不愉快なヤツだったしね。領地も取り上げられたみたいだし、二度と会わなきゃどうでもいいや。


『私は・・・どうすれば良いのかしら。こんな事になるなんて想像もした事が無かったから全然実感が湧かないですわ』


 おっと、そんなどうでもいいヤツの事なんて考えている場合じゃなかった。

 ティトゥは自分の急な立場の変化にナーバスになっているみたいだ。


 う~ん。ティトゥが女領主か。

 領民に人気は出そうだな。

 小娘が領主で領民は不安になるんじゃないかって?

 どうせ実務は代官が執るから大丈夫なんじゃない?

 アレだよアレ、アイドルの一日警察署長みたいなヤツ。


 それでもダメだったら僕がティトゥを乗せて何処にだって逃げ出せばいいのさ。

 無責任な発言かもしれないけど、国王から命令されたってだけで恩も義理もない見ず知らずの領民のためにティトゥが犠牲になるなんて、僕に言わせれば馬鹿げているね。

 あ、もちろん全力で取り組んで、それでも本当にダメだった時の話だよ。

 好き勝手して無責任に投げ出せば良い、とか言っている訳じゃないからね。


『ティトゥ、ノル、トブ』

『? こんな夜に飛んでどうするんですの?』


 う~ん、伝わらないかな。僕の片言しか喋れない現地語がもどかしいな。

 僕は苦労して何とか僕の考えをティトゥに伝えた。


 少しは僕の気持ちが伝わったのだろうか。ティトゥはずっとこわばっていた顔に、やっといつもの笑みを浮かべた。


『そうですわね。ハヤテと世界中を冒険するのも楽しいかもしれませんわ』


 そうそう。いざとなったらそうすればいいのさ。

 仮に領地に居場所が無くなったとしても僕はティトゥの味方なんだから。


 逃げ出すと言うと聞こえが悪いかもしれない。

 もちろん踏みとどまって何とかなるならそれでも良いけど、僕達はスーパーヒーローでもなければ物語の主人公でもない。

 仮に命を懸けて何とかなるのならそれもまあ良いだろう。

 でも、ちっぽけな人間の力ではどうしようもない事なんて世の中いくらでもあるのだ。

 船底に大穴があいて沈みそうな大きな船の中、一人で水を掻き出し続けてどうにか出来るだろうか?

 単に船と一緒に沈むだけだろう。


 僕は日本で自分がまだ会社員だった時の事を思い出して、胸の痛みを覚えた。


 あの時僕は、自分のやったとあるしでかし(・・・・)の結果、周囲に誰も味方がいないと思い込んでしまった。

 僕は勘違いしていたのだ。味方はいなかったかもしれないけど、別に敵もいなかったのだ。

 一見敵に見える彼らも、僕が尻尾を巻いて逃げ出せば「これで面倒なヤツが消えた」と溜飲を下げて、僕の事を記憶から消し去ってしまう程度でしかなかったのだ。

 あの時の僕に、この場から去るという選択肢が見えていれば――



『ハヤテ?』


 僕が考え込んだ様子を察してティトゥが声をかけてきた。

 いけないいけない、自分の過去を振り返るより今はティトゥの相談について考えなきゃ。

 とはいえ僕の中での結論はとうに出ている。ティトゥが領主になるなら付いて行くし、領主になるのがイヤなら彼女を乗せて世界の何処にでも飛んで行くだけだ。

 何なら僕が攫って逃げ出したって事にしてもいい。

 お姫様を攫うのは物語のドラゴンのセオリーだしね。


 苦労して片言の現地語でその事を伝えると、ティトゥも少し安心したようだ。


『そうですわね。領地に関してはお父様が帰るまでは何とも言えないけど、叙位の手続きは進めておくことにしますわ』


 ティトゥが言うには、どうやら臣下としては上から賜る爵位を受けないという選択肢は最初から無いらしい。

 封建社会って厳しいな。まあ会社だって「君、今度課長に昇格だよ」と言われて「嫌です」とは言えないよね。そんな事してたら上の人から目を付けられて次の人事で左遷されそうだし。この世界だったらマチェイ家ごとお取り潰しになりそうだ。


『今後は私が小上士・・・ お父様より爵位が上になってしまいましたわ』


 ポツリとこぼすティトゥ。

 あ~、それはちょっとティトゥパパ的には気まずいかも。

 とはいえあのお父さんなら、娘の事を心配こそすれ、変に気にする事は無いと思うんだけどね。




『そうそう、私が家を興すなら家名と家紋が必要になるんでしたわ』


 ティトゥが、思い出した、といった感じでパンと手を打った。

 家名か。確かに別の領地でもマチェイを名乗ってたらややこしいよな。

 ティトゥが言うには慣習としてはその土地の名前を家名にする事が多いのだそうだ。


 ティトゥ・ネライか・・・


 僕は心がヤスリで削られたようなイヤなざわ付きを覚えた。


『今のままだとペツカ地方を治める事になりそうなので、家名はペツカになるんでしょうね・・・』


 ? どういう事?


 どうやらパンチラ元王子は、貴族でも名門であるネライ家の分家としてペツカを治めていたのでネライ卿を名乗っていた模様。何だかややこしいね。

 まあティトゥがネライ姓にならないのならそれでもいいや。ネライ本家にはとんだ風評被害だけど、これだけは譲れないよね。

 おっと、ティトゥの話はまだ続いていた。


『・・・けど、私はハヤテに決めて欲しいと思っているのですわ』

『? カメイ』

『ええ。私の家名を決めて欲しいのですわ』


 それきり黙ってしまうティトゥ。

 え~と、これって僕に家名候補の中からどれかを選んで欲しいって事じゃなくて、僕に名付けて欲しいって事?


 いやいや待って! そんな責任重大な話をいきなり振られても困るんだけど?!


 これってアレだよね。家が続く限り子々孫々僕の付けた名前が受け継がれるって事だよね?

 僕はゲームのキャラクターメイキングだって30分はかける派なのに、それってムチャ振りじゃない?

 今日の所はお持ち帰りして、後でじっくり考えるっていうのは駄目かな?


 ティトゥは僕の返事をジッと待っている。

 どうやら今この場で決めて欲しいようだ。


 くっ・・・ やるしかない・・・のか?


 ティトゥの家名。

 ティトゥにふさわしい家名。

 ティトゥの苗字。

 ティトゥに名乗って欲しい苗字

 ティトゥに・・・


 僕が人間の体だったらきっとゴクリと喉を鳴らした事だろう。

 僕はおずおずとその名前を告げた。


「・・・中島」

『ナカジマ。ティトゥ・ナカジマ。不思議な響きですがそこが良いですわね。私の家名はナカジマにしますわ』


 ティトゥは機嫌良く頷くと『では、おやすみなさい。』と僕に声を掛けて倉庫から出て行った。

 一人になった僕は――深い後悔に沈んだ。


 ・・・やっちまった。


 いや、僕の体である四式戦闘機を作ったのは”中島飛行機”という会社なんだよ。

 だからそこから取って中島と言っただけで、深い意味は無いんだよ?

 ほらほら、日本人なら分かると思うけど中島ってよくある苗字じゃないか。サ〇エさんのカ〇オの友達もナカジマだし。

 僕の学生時代のクラスにも中島っていたからね。


 まあその中島は僕なんだけど。


 ・・・。


 最悪だー!


 この異世界に転生して最大のしでかしをやってしまったー!


 いくら急に言われて焦ったからって、よりにもよって自分の苗字を言ってしまうなんて!

 いや、仕方が無いんだよ。ティトゥの苗字、って考えた時にフッと自分の苗字が浮かんでしまったんだよ。

 どうやら僕はティトゥに自分の苗字を名乗って貰いたかった模様。

 キモい? キモいよね? もちろん僕もそう思うよ!

 他人がやったら「お前最低だよ」って言ったに決まっているよ!


 あああ・・・やっちまったよ。チクショー! 過去に戻ってやり直してえー!


 くそう、さっきちょっと日本での事を思い出したのがいけなかったんだろうか・・・


 今からでも無かった事に出来ないかなあ。

 もっとティトゥが喜びそうな名前の代案があればいける・・・かも。

 あの後一晩じっくり考えた名前なんだけど、こっちの方が良いんじゃないかな? みたいな感じで言えばいけるんじゃないかな?


 そうだ、それしかない! 否、それに賭ける以外に無い!


 ティトゥが喜びそうな家名・・・ やっぱりドラゴン系か? ペンドラゴンって名前があったな。確かアーサー王の父親の称号だっけ。ワンチャン有りか? 候補として保留しておこう。ドラゴン、ドラゴン・・・竜でも有りか? 竜王とか。いや、家名に王って付いたらマズイか。くそう、思い付け、思い付くんだ僕!




 こうして僕は一晩中、それこそ油温計の針が上昇するほど頭を悩ませた。


 ・・・しかし、結局ティトゥの家名はナカジマという事に決まってしまうのだ。


 ティトゥ・ナカジマ


 もう僕は死んだ方が良いと思うよ。

 ちなみに家紋は、僕の尾翼に描かれた三種の神器をモチーフにした部隊マークに決まったのだが、それはこの際どうでもいいや。

 ああ・・・やってしまった。最低だよ。僕の馬鹿。

次回「カーチャ驚く」

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