その1 夏休みの終わり
マリエッタ王女の招待を受けて彼女の母国、ランピーニ聖国へとおもむいた僕達は、バカンスという名の一仕事を終えて無事にミロスラフ王国へと帰って来た。
というか何でバカンスに行った先で海賊退治をする事になるんだろうね。
僕は行く先々で事件に見舞われる、見た目は子供頭脳は大人の名探偵、じゃないんだけど。
海賊に攫われたパロマ王女が無事に帰って来たのは不幸中の幸いだったけどね。
『あっ! ティトゥ様、マチェイの村が見えて来ましたよ!』
『本当なのかしら? カーチャ、貴方さっきも別の村を見間違えましたよね』
すっかり高所恐怖症を克服したメイド少女カーチャが嬉しそうにティトゥに報告した。
けど、さっきから村を見つける度に同じことを繰り返すカーチャにティトゥは疑わしそうな目を向けている。
まあ、ティトゥの気持ちも分かるけど、今回はカーチャの言う通りなんだよね。
『あ、ほら、お屋敷の屋根が見えますよ』
『本当だったのね。・・・長い旅行でしたわ』
自分の家を見つけてホッと一息付くティトゥ。
僕もつられて気が抜けそうになったけど、得てして事故というのは家を出る時と家に帰ったと思った時に起こり易いものだ。
遠足は家に帰るまでが遠足です。最後まで気を緩めずに行こう。
村の上空を飛ぶと僕を見つけた村人達が手を振る。
カーチャも手を振り返しているけど、多分向こうからは見えてないんじゃないかな?
最初は僕に乗る度にビービー泣いていたカーチャがこんなに逞しくなって。
僕は彼女の成長に思わずホロリときた。
『あのカーチャが手を振り返す余裕を持てるまでになるなんて・・・』
あ、どうやらティトゥも僕と同じことを考えていたようだ。
『ちょ、ティトゥ様、抱き着かないで下さい! お尻に金具が当たって痛いんです!』
ティトゥのカーチャ構いはまだ続いているようだ。
逃げ場のない僕の操縦席の中で暴れるカーチャ。
まあ、君には悪いがもう少しだけ我慢してもらおう。
僕は高度を下げるとマチェイ家の屋敷のいつもの中庭に降り立った。
僕は今屋敷の中庭に作られたレンガ造りの倉庫の中に収まっている。
僕達がランピーニ聖国に向かった時に造りかけだった僕用の倉庫が完成していたのだ。
ちなみに壁はレンガで、木の板で屋根が作られている。
レンガ造りといっても屋根までレンガじゃないんだな。そりゃそうか。
壁と屋根だけのシンプルな造りだ。
レンガで壁が造られた大きな犬小屋、と思ってもらえばイメージし易いかもしれない。
僕は趣があって悪くないと思っているけどね。
レンガ造りの建物に収まる四式戦闘機。風情があって良いじゃないか。
ティトゥパパは仕事で家を空けていたみたいで、ティトゥ達を出迎えてくれたのはティトゥママとティトゥの弟のミロシュ君(7歳)だった。
ティトゥママは僕に労いの言葉を掛けた後、ティトゥと連れ立って屋敷に入って行った。
早速家令のオットーの指示で僕のボディーから荷物が下ろされたので、今頃家でお土産を広げている最中かもしれない。
カーチャはお休みをもらって村の実家に帰ると言っていた。
仲良くなったエニシダ荘の使用人達からたくさんのお土産をもらっていたけど、どうやって持って帰ったんだろうか?
『お疲れ! ハヤテ!』
元気な女の子の声に僕は顔を上げた(顔なんてないけど気分ね)。僕の目に入ってきたのはオレンジ色のボサボサ髪をした小さな少女。
先月から屋敷の料理人になったベアータである。
ベアータはこの見た目で実はティトゥと同い年なのだ。
その話を聞いた時、失礼ながら「この世界にはドワーフがいるんだ!」と驚いてしまった。
僕が現地語が喋れなくて助かったよ。聞かれたら気を悪くされただろうしね。
『ゴキゲンヨウ』
『ぷはっ! 何だい、その気取った挨拶は!』
カラカラと笑うベアータ。この子は何というか姉御肌というか肝っ玉姐さんみたいな性格で、良く言えば竹を割ったような、悪く言えば男勝りな性格の子なのだ。
『料理長からアンタに礼を言っとくように言われて来たんだよ! 色々と珍しい食材をありがとうな! 特にランピーニの果実酒は逸品だったらしくて料理長も喜んでいたよ!』
マリエッタ王女が持たせてくれたお土産の食材は料理長のテオドルに好評だったみたいだ。今夜にでもテオドルが腕を振るって、マチェイ家の食卓に外国の珍しい食材で作られた料理が並ぶ事だろう。
『アタシも大分料理長の作る料理を覚えたから、いずれはアンタにも食べてもらえるように頑張るよ!』
う~ん。前々からベアータは、人間の作る料理が僕の口に合わないから食べないと思っているみたいなんだよな。
何でも僕提案、テオドル作の料理はこの屋敷では”ドラゴンメニュー”と呼ばれているらしく、その名前を聞いたベアータは何か勘違いしているっぽいんだよね。
残念ながら僕の四式戦ボディーはどんな食事を出されても食べる事が出来ないんだけどなあ。
というか僕の胴体の中はがらんどうだってみんな知ってるはずなんだけど。
『アタシもお嬢様の領地に付いて行く事になるかは分からないけど、もしメンバーに選ばれたらよろしくな!』
「? 領地?」
何の話だ?
しかしベアータはそれ以上説明をする気はないようで・・・というか、僕が事情を知らないとは思っていなかったのか、僕との会話を切り上げて屋敷に戻って行った。
僕は暫くの間はベアータの言葉が引っかかりを覚えていたが、やがて気にしても仕方が無いと諦めて、久しぶりの落ち着いた時間を過ごすのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「小上士ですか?」
「ええ。国王陛下から直々の叙位があったの。つい先週の事だったわ」
母親――当主夫人エミーリエの言葉にキョトンとするティトゥ。
突然の予想外の話に、彼女には全く事態が飲み込めていなかった。
家令のオットーが王家の印の入った書面をテーブルに広げた。
「これは?」
「ティトゥ様が授かった小上士の叙位証明と領地になります」
この時代、爵位には領地が付いてくるのが当たり前である。
ティトゥはオットーの沈んだ様子に訝し気な表情を浮かべた。
オットーに促されて書面の文字を追ったティトゥはそこに見知った言葉を見つけた。
「――元ネライ分家領」
ティトゥの言葉に頷くオットー。
「私の方でも調べてみました。・・・領地というのは名ばかりの最悪の土地です。」
オットーが苦々しい表情で語る内容はティトゥの想像外であった。
「この国にそんな土地があったなんて・・・」
貴族の令嬢として一通りの嗜みは学んでいても、未だに男尊女卑の気風の強いこの世界では女性が学問を学ぶ事は好まれない。ティトゥはこの世界どころか、自分の国に関しても平民と同程度の一般的な知識しか持ち合わせていなかった。
「今ご当主様がヴラーベル当主様に掛け合っておられます。その結果次第ではもっと良い領地に領地替えもあり得るかと思います」
ティトゥにそう言ったものの、オットー自身その可能性をあまり信じていないのか表情は晴れない。
ティトゥを見つめ、不安そうな表情を浮かべるエミーリエ。
下士位であるマチェイ家では直接王家に要求を出す事は出来ない。しかし、今回ティトゥの父が頼ろうとしているマチェイ家の寄り親のヴラーベル家は、上士位でもさほど力のある勢力に属していない。
ティトゥの父親であるシモンとオットーの二人の見立てでは、ヴラーベル家では王家の決定を覆せる可能性はほぼゼロだと考えていた。しかしそのわずかな可能性に賭けてシモンはヴラーベル家へと出向いているのだ。娘が背負いきれないほどの苦労をすると知っていて、何もせずに送り出す訳にはいかなかったのだ。
「領地に関してはご当主様が戻られてからまた考える事にしましょう。先ずは家名や家紋、他にもやらなければならない事がいくつもございます」
無理やり気持ちを切り替えて話を進めるオットー。
しかしティトゥは事態の変化に未だに気持ちが付いて行く事が出来ずにいた。
「・・・これってお受けしないといけないモノなんですの?」
「国王陛下の印も入っています。王の臣下の身で受けないという選択肢はありません」
思わずこぼしたティトゥの言葉に、オットーは重々しく頷いた。
明日からは朝7時に更新します。
この章は今までで一番長くなるかもしれません。
毎日更新の予定ですが、途中で息切れしてしまった場合には、間が空く事があるかもしれません。
その場合は申し訳ありません。
次回「誕生、ナカジマ家」