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プロローグ 王城にて

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ミロスラフ王国王城、その最奥にある王族の居住区。


「失礼致します陛下。私をお呼びでしょうか」


 近衛兵によって開かれたドアから入ってきたのは初老の男。

 ミロスラフ王国の内政を一手に預ると言われている男。ユリウス宰相。

 そして彼の前に座っているのは痩せた陰気な男。

 ミロスラフ王国現国王、ノルベルサンド・ミロスラフ。


「先日の隣国ゾルタとの戦い。恩賞がまだの者がいたな」


 国王の言葉に思わず目を見張るユリウス宰相。

 まさかこの愚鈍な国王からそのような話が出るとは思ってもいなかったのだ。

 しかも、それだけではない。国王の言葉は彼にとって非常に痛い所を突いていたのだ。

 ユリウス宰相は動揺を押し殺し、努めて冷静に振る舞った。


「陛下のお心を煩わせるような事は何もございません。ほとんどの者(・・・・・・)には既に恩賞の通知を送っておりますゆえ」

「・・・話をすり替えるな。それとも我を愚弄するか?」


 日頃は何処を見ているのか分からない目で見つめられ、冷や汗を流すユリウス宰相。

 どうしたことか、最近宰相はこの愚かな王に底知れぬ何かを感じる時があるのだ。


「・・・ヴラーベル領マチェイの令嬢に対しての恩賞のみが滞っております」

「そうか」


 マチェイの令嬢――ティトゥの事である。


 ティトゥの恩賞が未だに決まっていないのは様々な理由による。

 そもそもティトゥは招集に応じて参加した兵ではない。

 かと言って当然一般人とも言えない。マチェイ家自体は招集に応じて兵を出しているからである。


 そんな曖昧な立場のティトゥが立てた武功はあまりにも桁外れ過ぎた。

 その巨大な武功をどう判断すれば良いか、宰相の部下は現在も頭を悩ませ続けていた。

 その中にはティトゥの姫 竜 騎 士プリンセス・ドラゴンライダーとしての名声、ひいては彼女を用いたカミル将軍の名声の高まりを懸念する宰相の思惑もあった。


 宰相の部下達は、ティトゥに対して大きな評価をすれば上司である宰相によって却下され、かといって過少な評価をすれば、それはそれで王家の威信にかかわるとして宰相に却下されるという、無理難題を押し付けられているのだった。


 戦功と恩賞が明文化されていればこのような混乱も避けられたのかもしれない。

 しかしこの時代、明確に法律や条例が定められている国は未だにほとんど存在しない。

 現代人であれば「本当にこれで国がやっていけるのか?」と呆れかねないほどいい加減な状態で国家は運営されていた。

 朝令暮改は当たり前。全ては王家によるワンマン体制で反対意見を押さえつけることによって国家が成り立っているのだ。

 例外と言えば、マリエッタ王女のランピーニ聖国辺りが比較的法整備が行き届いているくらいであろうか。

 そのため国家間の条約破りや横紙破りも当然のように行われている。

 半島の南のいわゆる小都市群といわれる都市国家に至っては、法と慣習と約束の境すら曖昧で、常に争い合う紛争地域となっていた。



「我の弟が治めていた土地があろう」

「ネライ分家卿――いえ、元ネライ分家卿の土地の事でしょうか?」


 ネライ卿パンチラ元第四王子は現在王城の敷地内にある”沈黙の塔”と呼ばれる建物に収容されている。

 名目上は”病気療養”となっているが実質は幽閉だ。

 しかし、その事で彼に同情する声は悲しいほど少なかった。

 自らがしでかした浅慮な行動による結果な上、ネライ卿本人が何かと問題行動の目立つ人物だったからである。


「あれを与えれば良い」

「――そ、それは!」


 ネライ卿パンチラ元第四王子が治めていた土地は、ネライ分家が取り潰された事により現在王家の直轄地となっている。

 元々その土地を持っていたネライ家から不満のひとつも出そうなものだが、ネライ家当主からは何の請願も出されていなかった。

 それもそのはず、その土地は湿地ばかりで農地もろくに取れず、夏ともなれば沼から毒虫が湧き出し周囲の村々に疫病が流行るというお荷物としか呼べない土地だからである。


「しかし、あの土地はマチェイからは飛び地になる上、ネライ領の一部となります。ヴラーベル領傘下の家が治める土地としては貰っても迷惑なだけかと」


 ティトゥの――姫 竜 騎 士プリンセス・ドラゴンライダーの名声が上がる事を警戒しているユリウス宰相だったが、彼自身は真っ当な国家運営の感覚を持っている。

 国王の提案を実行に移した場合、多くの貴族達からの反発と王家に対する不信感を招くことは容易に想像ができた。


「マチェイ家にやるのではなく、マチェイ嬢本人に与えればいい」

「・・・恐れながら同じ事では無いかと」

「家を興させて領主にせよと言っているのだ」

「女に爵位を?! ・・・正――そうおっしゃるのですか?!」


 一瞬「正気でございますか?!」と言いかけて危うく言葉を濁すユリウス宰相。


 あまりにも不敬な言葉だが、宰相が思わずそう口走りそうになる気持ちも分からないではない。

 この世界はまだ女性の社会進出が進んでいないためか男尊女卑の風潮が強い。

 ミロスラフ王国建国以来、女の領主はいても女が爵位を賜った事は一度もないのである。


「それに我が国では、領地を治める事が出来るのは上士位の貴族のみと定められております!」

「あの領地は広さはともかく大半は人の住める土地ではない。いわば半領地だ。確かランピーニ聖国には”小男爵”や”小伯爵”という位があるそうだ。マチェイ嬢は”小上士”とせよ」


 陛下のおっしゃる事は滅茶苦茶だ! 

 一瞬頭に血が上ったユリウス宰相だったが、良く良く考えてみれば、これはこれで悪くない考えなのではないかと思えて来た。


 先ずマチェイ嬢の破格の武功が問題になっていたが、これに対して”小上士”として家を興させる事で破格の褒美を与えた事になる。

 さらに支持基盤であるマチェイから彼女を遠ざける事で今後の活動も制限出来る。

 さらにその土地が沼地ばかりのネライのゴミ領地である事も秀逸だ。

 ネライのゴミ領地は現在も毎年王家から支援金が払われることで辛うじて成り立っているお荷物領地だ。

 支援金が無ければ領民は飢えて死ぬ事になる。

 つまり王家は支援金という名の首輪を竜 騎 士(ドラゴンライダー)に付ける事になるのだ。


 女性に爵位を与える事により貴族達の抱くであろう不信感というデメリットと、竜 騎 士(ドラゴンライダー)を事実上国の管理下に置くことが出来るというメリット。二つの要素が宰相の頭の中で天秤にかけられていた。


(いや、仮に不満に思う貴族がいたとしても、与えられる領地が元ネライ分家卿の領地と知れば騒ぎ立てる者はいまい。目端の利く者であればこの叙位の裏を読んで、マチェイ嬢の竜 騎 士(ドラゴンライダー)としての利権目当てにこちらにすり寄ってくるやもしれん。問題はそうした輩がマチェイ嬢相手に独自に接触した場合だが・・・)


 ユリウス宰相が頭の中であくどい考えに耽るのを、国王は陰気な目で探るようにジッと見つめていた。

 しかし、ずっと頭を悩ませていた問題が今まさに解決しそうになっている宰相は、迂闊にもその事に気が付かなかった。




「陛下のご慧眼、感服致しました。さように取り計らいます」

「任せた」


 国王に一礼すると部屋を後にするユリウス宰相。

 その足取りは年甲斐もなく、靴に羽でも生えたんじゃないかと思えるほど軽やかだった。


 廊下に控えた近衛兵がドアを閉めると、部屋の中は国王ただ一人となった。

 国王は立ち上がると部屋に作られた唯一の窓から空を眺めた。

 遥かな上空には鷹かトビだろうか、猛禽が大きな羽を広げて悠然と飛んでいた。


「ドラゴンが我の物にならぬのなら、竜 騎 士(ドラゴンライダー)を支配すれば良いだけの事」


 国王の暗い呟きは誰の耳にも届かなかった。




 翌日、国王の認可した命令書を持った使者がマチェイに向けて出発した。

 この決定は後にこの国を大きく動かす事になるのだがその事をまだ誰も知らない。

次回「夏休みの終わり」

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