表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/785

閑話4-3 師匠の孫 後編

書いているうちに長くなってしまったので前編・後編に分割しています。

こちらは後編に当たります。前編の読み飛ばしにご注意下さい。

 これはハヤテ達が王都の戦勝式典に招聘された時のマチェイの屋敷での話。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「・・・ミラダ様にはお見通しでしたか。」


 メイド長ミラダから、最近の様子を問い詰められたテオドルは大きなため息をついた。


「最近の貴方の元気の無さには奥方様も心配しておいででしたよ。詳しい話を伺っても?」

「ワシの恥を晒す事になりますが、ミラダ様にそう言われては話さない訳にはいかんでしょうな。」


 ミラダはテオドルがこの屋敷の使用人で唯一頭が上がらない古株だ。

 その彼女のみならず、当主夫人にまで心配されているとあれば、彼の立場としては口を(つぐ)む訳にはいかなかった。



 テオドルの話はこうであった。


 テオドルは元々、この国に攻めて来た他国の軍が撤退した時に置いて行かれた、いわば敗残兵である。

 その後色々とあって、テオドルは当時料理人だったベアータの祖母に拾われて、彼女の下で料理人として下積み生活を送る事になった。


「その当時、姐さんはある貴族の屋敷に料理人として雇われておりました。とはいえ料理長は別におって、姐さんは何人かいる料理人の一人だったんです。ワシは今のベアータのようにその下働きのような仕事をしておりました。」


 詳しい事情は省くが、ある時パーティーの料理にちょっとした手違いがあって、雇い主の貴族の顔を潰すような事が起こった。

 屋敷の家令は烈火のごとく怒り、テオドルを激しく叱責した。


「言い訳をさせてもらえば誰が悪いとも言えない問題だったのですよ。まあ強いて言うなら立場上料理長が責任を負うべき問題だったでしょうな。ですが、何せワシは元はこの国に攻めて来た他国の兵士ですから。今思えば前々からその家令はワシの事が気に入らなかったんでしょう。」


 曲がった事が許せないベアータの祖母は、テオドル一人に責任を負わせる事を良しとせず、皆の前で彼の事を庇った。

 いち使用人に反抗された事に家令は激怒し、激しく彼女を打ち据えた。

 その時のケガが元で彼女は片足が不自由になり、長時間厨房に立てない体になってしまったのだった。



「結局姐さんとワシは屋敷から追い出される事になってしまいました。結果として責任を全部ワシらに背負わせる形になった料理長は、流石に悪いと思ったんでしょうな。伝手を辿ってワシらにこの屋敷への紹介状を書いてくれました。正直その時は、貴族の屋敷の厨房で働くのはもう懲り懲りと思っとりましたが、姐さんはともかく、ワシはこの国では寄る辺もない身の上ですからな。食うに困って結局はこの屋敷の門扉を叩かせてもらったんですわ。」


 二人でマチェイの屋敷に雇われたベアータの祖母とテオドルだったが、ベアータの祖母は体の自由が利かない事に耐えられず、テオドルに一通り指導が済むとここでの仕事を辞めて実家へと戻って行ったのだった。


「姐さんはあの時ワシなんぞを庇う事は無かったんです。そうすればいずれあのお屋敷で料理長にだってなっていたでしょう。姐さんは自分の足の事でワシを責めた事は一度だってありはしない。けど、姐さんからその話を聞かされているはずのベアータに、ワシはどういう顔で接すれば良いのか分からんのです。」




 翌日。ミラダからその話を聞かされた当主夫人エミーリエはベアータを呼んで話をした。

 彼女は最悪の事態――ベアータが祖母のケガを逆恨みしてテオドルを害するために来たのでは――とまで考えていたものの、ベアータの話を聞いてすっかり肩すかしを食らってしまった。


 ――と、ここまでが前回の話である。



「じゃあ貴方がこの家に来たのは偶然だったのね?」

「ええまあ。たまたま村でこのお屋敷の料理人の話を聞いて、『そういえばここってお婆ちゃんに聞いてたマチェイの村じゃん』って思い出したんです!」


 ベアータは両親が勝手に結婚話を進めていた事に反発して家を飛び出し、祖母に鍛えられた料理人の腕を活かして国中を渡り歩いていたのだという。


「貴方のお婆様は弟子であるテオドルの事を何か言ってたの?」

「物覚えが悪い弟子だと言ってましたね。アタシの方がずっと才能がある、流石私の孫だって。あ、でも奥様、料理長にはこの話は言わないで下さいね。きっとガッカリするから。」


 詫びれもせずに自信満々に言い切るベアータに思わず苦笑するエミーリエ。

 しかし、彼女は気持ちを切り替えると、これだけはどうしても彼女に聞いておかなければならない事を口にした。


「貴方はお婆様のケガの原因を作ったテオドルを恨んでいないのかしら?」


 エミーリエの真剣な表情に、軽く返して良い質問ではない事を悟ったベアータは少し考えた。

 一見、勢いで生きているような彼女だが、押さえるべき所はキチンと押さえる事が出来るのだ。


「アタシはお婆ちゃんから色々と聞いているから――」


 やがてベアータは慎重に言葉を選んで話し出した。


「事情は概ね分かっているつもりです。そりゃ確かにそのお屋敷の家令とやらが目の前に現れたら、アタシだって黙っていられるかは分かりません。そいつのせいでお婆ちゃんは今でも不自由な思いをしているんですから。お婆ちゃん自身は『ケガのせいで今の旦那にも出会えた訳だから悪いことばかりじゃなかったのよ』なんて言ってましたが、アタシはそいつを許す事は出来ませんね。でも料理長――お婆ちゃんの弟子を責めるかと言えば、それは筋が違うんじゃないでしょうか。」


 ベアータは真っ直ぐにエミーリエの目を見つめながらそう言い切った。

 エミーリエはその真っ直ぐな態度からベアータの言葉に嘘が無い事を確信した。

 一番知りたかった言葉を聞けてエミーリエはホッと一息ついた。


「そう。それでさっきも聞いたと思うけど、貴方はこれからどうするつもりなのかしら? もうご両親に対してのわだかまりは解けているのよね?」

「ええと・・・実は恥ずかしながら先立つモノが無くてですね・・・旅が続けられずに困っていた所なんです。もしもこのお屋敷で雇ってもらえなければ、次の大きな町まで水を飲んで野宿しながら行くつもりでした。」


 体を売ろうにも、アタシみたいなチンチクリンでは足元を見られそうだし。と、冗談交じりで苦笑するベアータ。

 エミーリエはベアータの年頃の娘とは思えないようなワイルドな旅に驚きを隠せなかった。




「あの・・・アタシなんかがこんな扱いを受けても困るというか・・・」

「何も気にしなくてもいいのよ。この席はむしろ私達の方がお呼ばれしている立場なんだから。」


 その日の夕方。今日の夕食はいつもの食堂ではなく、急遽庭の見えるテラスでとる事になった。

 テーブルに着いているのは当主夫人エミーリエとその息子である次期当主ミロシュ。そしてベアータの三人だ。

 流石に料理人として雇ったベアータを屋敷の食卓につける訳にもいかない所を、辛うじて妥協したのがこのテラスでの食事だった。

 家令のオットーの苦心がにじみ出ているようである。


 ベアータがエミーリエに話した内容をミラダから聞かされたテオドルは、どうしてもベアータに今の自分が作る料理を食べてもらいたくなったのだと言う。

 そこでエミーリエと相談した結果、急遽この席が用意されたのだ。


「本当はテオドルの作る料理を貴方のお婆様に食べてもらうのが一番なんだけど、さすがに料理を持って帰ってもらう事は出来ないものね。だから代わりに貴方が食べてお婆様に説明してあげて頂戴ね。」

「あの、それはいいんですけど、どうして奥様と坊ちゃままでここにいるんでしょうか?」


 何が楽しみなのか興奮を隠しきれない様子だったミロシュだったが、ベアータの言葉を聞いて途端に表情を暗くした。

 しょげ返る子供の姿に焦りと罪悪感を感じるベアータ。


「私達だって久しぶりにテオドルのドラゴンメニューが食べられるって楽しみにしていたのよ。ご相伴に預からせてもらいたいわ。」

「ドラゴンメニュー?」


 ここ数日、ベアータが来たことでテオドルは普通の料理――ベアータの祖母から教わったメニューしか作っていなかった。

 それはベアータの目を気にしていたという事もあるが、彼が委縮して創作意欲が削がれていたという事の方が大きかったのだろう。

 ベアータの先にかつての師匠の姿を見据えたテオドルは、数日ぶりに意欲的に料理に取り組んでいた。



 メイドがベアータ達の前に皿を置いた。皿には膨らんだ茶色の包みが載せられている。


「前菜でございます。」

「あら、キノコと燻製魚の紙包み焼きね。」


 エミーリエはこの包みの正体を知っているのか、嬉しそうに顔をほころばせた。

 ミロシュに至っては余程この料理が好物なのか、はしたなく腰を浮かせて若干前のめりになっているほどだ。


 メイドが皿に乗せられた包みをほどくと、フワリと食欲をそそる匂いが立ち昇った。


「これは紙?! まさか紙を調理器具に使った料理なんて!」


 ティトゥのドラゴン――ハヤテはキノコのホイル焼きをイメージしてこの料理を伝えたのだが、この世界にはまだアルミホイルは存在していなかった――というより地球でもアルミニウムが工業生産されるのは19世紀に入ってからである。

 産業革命も起こっていないこの世界でアルミニウムを材料にしたアルミホイルが存在するわけはなかったのだ。

 そのために当然、テオドルにはハヤテの言うアルミホイルが理解出来ず、彼は自分なりにハヤテの意向を汲んで、代用品として紙を使ったこの創作料理を完成させたのである。


「美味しい・・・でも何で紙なんかを調理器具に使うんだろう。」

「まんべんなく火が通る上に、具材から出る水分で蒸し焼きになるからだ、って言っていたわね。」

「そうか! だから全体に良く味が馴染んでいる上にこんなに味わい深くなるのか! くそう、お婆ちゃんに教えてあげなきゃ!」


 そうかキノコの風味が肝なんだ、それにこの調味料は、などとブツブツ言いながら真剣に料理を口に運ぶベアータ。


「スープでございます。」


 見慣れない赤いスープにギョッとするベアータ。

 しかし、ミロシュは気にする事なくスープをひと匙掬うと口に運んだ。


「・・・これは?」

「トマトのスープね。」

「トマト?」


 ベアータが知らないのも無理はない。この世界のトマトはまだ品種改良される前。我々の知るトマトと違って実は小さく、酸味が強い。

 主に貴族の屋敷で観賞用に育てられているだけで、まだ実を食べる習慣が無かったのである。

 しかしトマトは酸味を除けば旨味は強い。野菜のなかで一番うま味成分であるグルタミン酸が多く含まれているとも言われている。

 その事はトマトを原材料としたトマトケチャップが優秀な調味料であることからも分かるだろう。


「こんな食材があったなんて・・・」

「赤い色の料理というだけで目に鮮やかよね。」


 一口スープをすすってその味にも愕然とするベアータ。


 その後も次々に出てくる料理に、時には唸り、時には愕然とし、食後のデザートに至るまでベアータが驚きを感じない料理はひと品たりとも無かった。


「どうかしら、お婆様に良いお土産話が出来たんじゃないかしら。」

「そう、ですね。」


 この短時間にあまりに立て続けに驚きすぎたのか、どこか放心状態のベアータ。

 その姿は、久しぶりのドラゴンメニュー、しかもそれをフルコースで食べることが出来たミロシュの幸せそうな笑顔とは非常に対照的だった。




 翌朝、マチェイ家の屋敷の裏口の前。


「本当に貰ってもいいのかい?」

「ワシが姐さんからもらった恩を考えればこの程度なんてことはない。」


 テオドルから金の入った袋を受け取ったベアータは申し訳なさそうにしている。

 メイド長ミラダからベアータの事情を聞いたテオドルは、彼女に旅費を渡す事にしたのである。


「そんな事より、昨日食べた料理を忘れんうちに、ちゃんと姐さんに報告してもらう事の方が大事だ。」

「いやいや、あんなもの忘れられるわけないって! ドラゴンってのはホントにぶっ飛んでるね!」


 昨日の料理が屋敷のドラゴン――今は王都に行っていていないが――から教わったものだという事は昨日のうちに聞いていた。

 ベアータが料理同様、ドラゴンが実在する事に驚いたのは言うまでもないだろう。


「ドラゴンってのにも一度お目にかかりたかったけどね! お婆ちゃんへの良い土産話になりそうだし!」

「違いない。姐さんだったらワシの料理よりそっちの話の方を聞きたがったかもな。」


 テオドルの言葉にカラカラと笑うベアータ。


「じゃあそろそろ行くよ! 色々とありがとう!」


 ベアータの言葉に無言で頷くテオドル。

 ベアータは裏口をくぐると、一度も振り返る事なく通りを歩き去っていくのだった。




「やあ久しぶり! 先月このお屋敷で世話になった者だけど覚えているかな?!」


 庭師の男が、垣根からヒョコヒョコと見えるオレンジ色の頭を見つけて、「もしや」と思えば案の定それはベアータだった。


「お前、実家に帰ったんじゃなかったのか?!」


 やはり庭師に呼ばれてやってきたテオドルは開口一番そう言った。


「いやあ、お婆ちゃんにアンタの料理の話をしたら興奮しちゃってさ。足も悪いのにどうしてもマチェイまで行くって聞かなかったのさ。で、仕方が無いからアタシがここで料理を覚えて帰ってお婆ちゃんにごちそうする事になったってわけ。ウチの父さんもお婆ちゃんには頭が上がらないから、結局アタシの結婚話も延期になっちゃったのよね。てなわけでまたここで雇って欲しいんだけどどうかな?」


 ベアータはここに至るまでの流れを一息に説明した。


 驚きと呆れに顎が外れるのではないかと思うほど大口を開けるテオドル。

 そんなテオドルの背後を小柄なメイド少女を連れたゆるふわピンクヘアーの少女が通りかかった。


「あら? 貴方、村の人じゃありませんわね?」

「このお屋敷のお嬢様ですか? アタシはベアータ! ここの料理人の師匠の孫です!」


 元気良く返事をするベアータに、若干面食らうピンクヘアーの少女――ティトゥ。


「あの、それよりもその荷物、アタシが持ちましょうか?」


 ティトゥは手にブラシを持っていた。ちなみにメイド少女カーチャは水の入った桶を持っている。


「そう? ならお願いしようかしら。中庭までお願いね。」

「任せて下さい! 中庭でお掃除ですか?」

「いいえ、ハヤテのブラッシングですわ。王都で石灰まみれになった汚れがまだ残っているのよ。」

「石灰?・・・ははあ、大変ですね。――って、何だありゃあ!!」

『えーと、誰?』


 ティトゥに続いて中庭に向かったベアータの叫び声が響いた。

 そして戸惑うハヤテの声。

 ちなみにこれがベアータとハヤテの初遭遇であった。

一話で終わらせるつもりだったのに・・・

今後はこういう事が無いように頑張ります。


閑話はこれで終了です。

現在更新中の『スキル・ローグダンジョンRPG』がひと区切り付き次第、こちらの次章に取り掛かる予定ですので、暫くの間お待ち下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ