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閑話4-3 師匠の孫 前編

書いているうちに長くなってしまったので前編・後編に分割します。

 これはハヤテ達が王都の戦勝式典に招聘された時のマチェイの屋敷での話。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはマチェイ家の屋敷。

 その少女を庭師の男が見つけたのは偶然だった。

 刈り込まれた垣根からヒョコヒョコと見える頭は、オレンジ色のボサボサ頭。

 庭師は最初、それを村の少年の頭だと勘違いしたほどである。

 少女は庭師を見つけると元気よく声を掛けた。


「このお屋敷に、お婆ちゃんの弟子の料理人が働いているって聞いたんだけど!」




「アタシの名前はベアータ。アンタの師匠の孫に当たるわ!」


 庭師に呼ばれて屋敷の料理人テオドルが向かった先には、オレンジ色のボサボサ頭をポニーテールにした少女の姿があった。

 髪の色といい、小柄な体格といい、確かに少女は若い頃のテオドルの師匠の姿を彷彿とさせた。


「お前が・・・姐さんの孫か? ワシに何の用だ?」

「へえ、弟子のアンタってお婆ちゃんの事を姐さんって呼んでたんだね。まあいいや。アタシ、アンタの所で料理人として雇ってもらおうかと思って、はるばるこんな田舎にまでやって来たのよ!」


 初対面で田舎扱いとは、中々に歯に衣着せぬ物言いの少女である。

 とはいうものの、ベアータの持つ独特の気っ風の良さのせいか不思議に嫌味は感じない。

 テオドルは何故か少しうろたえている様子だ。


「・・・ワシが決めて良い事じゃない。お屋敷の奥方様にお伺いしなきゃ分からん。」

「じゃあ早速聞いて来て!」


 ベアータにキッパリと言い切られて渋々従うテオドル。

 テオドルのあまり見せない腰の引けた態度に庭師は驚きを隠せなかった。




「貴方のお師匠様のお孫さんなんでしょ? だったら問題ありませんわ。」

「そ・・・そうですか。」


 テオドルにベアータの事を相談されたマチェイ家当主シモンの妻、エミーリエは鷹揚に頷いた。

 心なしか肩を落とすテオドル。

 いつにない彼の元気の無さに、その場に居合わせたメイド長ミラダは訝しげな表情を浮かべた。


「ミラダ、オットーを呼んで頂戴。」

「かしこまりました。」


 屋敷の使用人に関する事は、家令であるオットーに一任されている。

 その権限に対しては基本的に当主であるシモンも口を挟まない。

 そのため屋敷の使用人は、ある意味貴族である当主一家よりオットーの方を恐れていた。


 これで後は、オットーが面接してベアータの人となりを認めれば、今後彼女はテオドルの下で働くことになる。

 しばらくは見習いとして給料の出ない仮契約となるだろうが、その期間を問題無く過ごせば料理人としてお屋敷に正式に雇われる事になるだろう。


「ではワシは夕食の仕込みがありますので。」


 てっきりテオドルもオットーについて行くものだと思っていたエミーリエは少し意外そうな表情を浮かべたが、テオドルの仕事に取り組む真摯な姿勢は良く知っているため特に疑問を覚える事は無かった。


 エミーリエの部屋から出たテオドルは、小さくため息を吐くと項垂れたまま自分の仕事場へと戻って行った。




「アタシはベアータ! 料理人だったお婆ちゃんから一通りの手ほどきは受けているから、何でも言いつけてもらっていいからね! よろしく!」


 家令のオットーに連れられて調理場に入ってきたベアータは大きな声で挨拶をした。

 元気の良い小さな少女に驚きの表情を浮かべる調理場のメイド達。


「あれ? このお屋敷の料理人はテオドルしかいないの?」

「そうだ。そういえばまだそこは説明してなかったか。」


 マチェイ家の屋敷のメイドは、一番年少のカーチャを除いて全員が既婚者なため料理の心得がある。

 そのため料理人として雇われているのはテオドルだけで、彼の手伝いはメイド全員が持ち回りで担当しているのだ。


「へえ、貴族のお屋敷って、もっと人数の多い大掛かりな厨房だってお婆ちゃんから聞いていたけどな。」

「・・・そんなのは上士位の貴族の屋敷くらいだ。ウチはこの人数で困っていない。」


 貴族も上士位ともなれば、領地の寄子や貴族同士の付き合いも増えるため、自然と来客やパーティーも多くなる。

 そのため、中にはワインソムリエまで雇う家もある。

 しかしマチェイ家程度の規模であれば、料理人一人でも問題無く回す事が出来るのだ。


「ふうん、まあいいや。皆よろしくな!」

「・・・。」


 貴族の屋敷に全く物怖じしないベアータに思わず頭痛を堪えるオットー。

 調理場の全員の目がベアータに注がれる中、テオドルは一人黙々と料理の仕込みを続けるのだった。




 翌日。今日から見習いとしての初出勤となるベアータは張り切って身だしなみを整えていた。


「しかし、アタシがメイドの服を着る事になるなんてね。」


 旅装だけの着たきり雀で旅を続けていたベアータは、調理場に入る服を持ち合わせていなかった。

 まさか汚れた旅装で、貴族の口に入る食事を作る調理場で働くわけにはいかない。

 家令のオットーにその事を相談すると、彼はこのメイド服を用意してくれたのだ。

 何でも屋敷の最年少のメイドが着られなくなった服らしい。


 こんな小柄な体だが、数年前に成人しているベアータはその説明に少し複雑な気持ちにさせられた。

 とはいえ、祖母も父も小柄だったので、身長に関しては家系だと割り切ってとっくに諦めている。


 ベアータはざっと自分の姿を確認すると使用人部屋を出た。

 ちなみに彼女の部屋となる屋敷内に作られた使用人部屋だが、現在この部屋に住んでいるのは彼女の他にはメイドのカーチャだけである。

 他の既婚者は屋敷の敷地内に作られた使用人用の離れに家族で住んでいるからだ。

 そのカーチャも現在、戦勝式典に出るために王都に向かった当主達に付いてこの屋敷を離れている。

 ベアータは当分の間一人で部屋を独占することになりそうだ。



「ベアータ、こっちの下ごしらえも手伝って頂戴。」

「あいよ! もうすぐこれが片付くからちょっと待ってておくれ!」

「流石、お婆さん仕込みの腕前は伊達じゃないわね。私の娘もあなたのお婆さんに鍛えてもらえないかしら。」


 調理場で忙しく働くベアータ。

 お婆さんから仕込まれたという触れ込みはウソでは無かったらしく、初めての調理場であるにもかかわらず、手際よく仕込みを片付けていく。

 その小さな体のどこにこれほどの元気が詰まっているのかと思わせるような意気軒昂さで、彼女は僅か一日ですっかり屋敷のメイド達に受け入れられていた。


「料理長! ここに置いとくよ!」

「・・・ああ。」


 そんなベアータとは対照的に、テオドルはどことなく沈んでいる。作業上の必要な指示は出すものの、可能な限りベアータとは目を合わせないようにしているようだ。

 いつにないそんなテオドルの態度は、ベアータの元気一杯な姿に隠れて誰の目にも留まっていなかった。



「もういい。全員今日はこれで上がれ。」

「あいよ! 皆お疲れー!」

「お疲れ様。」「今日もお疲れ様。」「ベアータも頑張ったわね。」


 夜。使用人の食事の片付けが終わるとテオドルは解散の言葉を告げた。

 ぞろぞろと引き上げていくメイドに混じって調理場を出ようとしたベアータだったが、テオドルがいつまでもかまどの火を消さない事に疑問を持った。


「料理長はまだ帰らないのかい?」

「ああ、ベアータは知らないのね。テオドルさんはいつも遅くまで新作料理の研究をしているのよ。」


 ベアータのすぐそばにいたメイドが彼女の疑問に答えた。


「なんだって?! だったらアタシも残って手伝わなきゃ!」


 ベアータの言葉にテオドルはギョッっとした表情を浮かべて振り返った。


「いや、今日はもういい。疲れているだろう。帰って休め。」

「そんな事ないって。それに料理長の手伝いだっているだろう? アタシも付き合うよ!」


 ベアータの言葉にテオドルは慌ててかまどの火に灰をかけて落としてしまった。


「今日はもうワシも仕事を終える。これでいいだろう。ほら帰るぞ。」


 テオドルはあたふたと調理場の灯りを消していくと、最後に残ったランプを手に調理場を後にした。

 すっかり暗くなった調理場にベアータはポツンと一人取り残されたが、やがて訝し気な表情を浮かべたまま与えられた部屋へと帰って行った。




 数日後。当主夫人、エミーリエが朝食後のお茶を飲んでいた時の事。


「そういえば先週入った料理人の女の子はどうなったのかしら?」

「良くやっているようでございますよ。」


 エミーリエの言葉にメイド長ミラダが答えた。

 だが言葉と裏腹にその表情は曇っている。


「ただ・・・」

「?」


 ミラダの説明を受けて、エミーリエは少し考えるとベアータをここに呼んでくるように告げた。



「奥様、アタシに何か御用でしょうか?!」


 調理場で作業をしていたベアータはメイド長に呼ばれてエミーリエの前にやって来た。


「ベアータは毎日良く仕事をやってくれているようですね。ミラダが褒めてましたよ。」

「ありがとうございます!」


 満面の笑みで答えるベアータ。

 貴族の前でもなんら物怖じしないベアータに少し面食らうエミーリエ。

 しかし、すぐに気を取り直すと落ち着いた視線をベアータに向けた。


「でも貴方がここにいるのはご両親はご存じなのかしら?」


 エミーリエの言葉にベアータの笑顔が凍り付いた。


「・・・こう見えてもアタシはもう大人です。自分の食い扶持くらい自分で稼ぎますよ。」

「それは話のすり替えね。私が貴方に聞きたいのはそういう話じゃないの。」


 ベアータはエミーリエに見つめられて思わず視線を逸らした。

 そのまましばらく黙っていたが、やがて諦めたのか一つため息を吐くと渋々呟いた。


「・・・いえ、奥様。アタシは黙って家を出ました。今でも両親はアタシの事を捜しているはずです。」




 ベアータはいわゆるお婆ちゃん子だった。

 祖母もまた自分によく似た孫を可愛がった。


 昔料理人だった祖母は、とある一件で足を悪くしていた。そのせいで長時間厨房に立てなくなった彼女は、料理人の道を断念。実家に戻って今の旦那と結婚したのだった。

 ベアータはいつしか自分が祖母に代わって一流の料理人になることを夢見るようになっていた。


 最初に孫からその話を聞かされた時、祖母は笑って取り合わなかった。

 しかし、孫の決意が固いと知ると渋々彼女に料理を教えるようになった。

 ところがベアータの祖母は、何というか昔気質の職人のような人物で、最初こそ渋っていたもののいざ始めてしまえば孫相手とは思えないほどビシビシと厳しく指導を付けた。

 祖母の修行は熱を帯び、やがて自分で教えるだけでは飽き足らず、ここ数年は伝手を辿ってあちこちの店の厨房で修行を付けてもらっていたのだという。

 こうしてベアータは一端の料理人へと鍛え上げられていったのだった。


「でもそれが悪かったんでしょうね。アタシもお婆ちゃんも凝り始めると周りが見えなくなる性格だから。」


 成人して結婚適齢期になっても料理人の修行に明け暮れるベアータを心配した両親が、彼女に黙って勝手に相手を捜して結婚話を進めていたのだという。

 その事を知ったベアータは怒って家を飛び出したのだった。



 ベアータの話を聞き終えたエミーリエは少し考える様子を見せた。


「それで貴方は今後どうするつもりなの?」

「まあ、アタシも頭の冷えた今となっては両親の気持ちも少しは分かるんです。けど今更ノコノコ帰るのもばつが悪いというか、実家の敷居が高いと言うか・・・」


 困った顔で頭を掻くベアータ。

 思っていたより拗れた様子では無い事にエミーリエは少しだけホッとした。


「そう。私がミラダから聞かされた話だと、もっと困った事になっているのかと思っていたわ。」

「?」

後編は夜に更新します。

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