その9 色々と分かったこと
あれから数日たった。
ティトゥは毎日僕のところに通っては何くれと世話をやこうとしてくる。
いや、僕ってメンテナンスフリーの手間いらずな身体なんだけどね。
カーチャも毎日付き合わされては、ソワソワしながら少し離れた場所からこっちを見ている。
流石に今ではドラゴン(笑)にも慣れてきてはいるものの、ティトゥがガンとして自分以外が僕の世話をすることを許さないのだ。
そりゃまあ、ここまで気にかけてきたのに、なんとなく手を貸したメイドの方にドラゴンが懐いちゃったら、ショックのあまり寝込んじゃうだろうしね。
こうして時間が経つと今、地球で僕はどういうことになっているのか考えてしまう。
やはりあの時死んだんだろうな。
親には最後まで迷惑をかけてしまった。
あんな会社でも就職が決まった時には喜んでもらえたのに、すぐに辞めることになってしまったし。
せめて親とわずかばかりの友人くらいには僕が異世界で無事であると連絡が取れれば良いのだけど。
ティトゥ達との意思の疎通は相変わらず取れていない。
魔法的な何かで突然会話ができるようになったり、受信専用テレパシー的な何かがレベルアップして送信もできるようになったりもしていない。
一応、集中すれば2重音声気味に言葉が聞こえないでもないので、頑張れば自力で会話できるようになるのかもしれないが、意味の分かる日本語の方が耳に残りやすいようで、どうしてもこちらの世界の単語が頭に入らない。
あ、耳も頭もない身体なんだけど慣用句的な意味で。
そろそろこの世界の情報も欲しい。
だが、相変わらず無線からはザーっというノイズしか聞こえない。
TVもラジオも無い世界だとすれば、情報の伝達速度は地球と比べるのも馬鹿馬鹿しいだろう。
新聞の存在すら怪しい。
そもそも紙があるのかも分からないし、あったとしても庶民が気軽に手をだせる値段じゃないだろう。
空から見た感じだとそんなに生産力がある社会とも思えない。
自動車も無い以上、人間の行動範囲もたかが知れたものだろう。
ほとんどの人間が自分たちの住んでいる場所の周囲しか知らずに一生を終えるのではないだろうか。
そう考えると、ここいらで彼女の実家以上に情報や知識を持っている人間はいない、と考えて間違いないだろう。
そういう意味ではティトゥとの会話が成り立たないのは痛い。
とは言うものの、元ひきこもりとしては、彼女ほどの美人に話しかけるのは今だに躊躇がある。
それにもし話ができるようになっても、彼女を楽しませるような会話ができる自分が全く想像できない。
むしろ不快にさせないか、心配してしまうくらいだ。
そんな想像が心にブレーキをかけているのか、僕はあまり積極的に言葉を覚える気になれずにいた。
僕の情けない話はさておき。
この何日かで自分の身体で分かったこともある。
まず、毎日夜がヒマで仕方がない事。
初日にあんなにビビったのは何だったんだろう。
今では僕が森のボスと言っても良い。
ーー相変わらず木につながれたままだけど。
そう、食事もトイレも必要ないこの身体、どうやら睡眠も必要なかったのだ。
飛行機が寝るというのもナンセンスだが、それが自分の身体におこってみると驚きだ。
生前この身体だったら、徹夜で作業し放題だったろうに。
まあ手も足もない10mの巨体なんだけどさ。
そんな夜に退屈まぎれに色々と考えていた時にふと思い出した。
そういえば四式戦のプラモデルを作った時に、一緒に落下増槽も作っていたなと。
落下増槽とは翼の下に取り付ける外部燃料タンクのことで、中に燃料を入れることで飛行機の航続距離を延ばすモノだ。
使い切ったり戦闘を行う際には、切り離して落下させることから落下増槽という。
この落下式の燃料タンクを世界で最初に採用したのは日本と言われている。
『大帝都燃ゆ』の劇中では落下増槽を付けている場面がないので、劇中の機体を再現した僕は当然それを付けていなかった。
しかし、ベースに使ったハ〇ガワのキット自体には落下増槽は普通に付属していたので、もったいないので一応作ってはいたのだ。
で、タンク欲しいな~、タンク無いかな~、と考えていると、ふと気が付くと翼の左右の懸架装置に落下増槽がぶら下がっていたのだ。
大喜びで燃料を補充したね。
翌日、昨日まで何もなかったところに丸いものがぶら下がっていることに気が付いたティトゥは変な顔をしてたけど。
これで航続距離が随分と延びたよ。
タンクの容量から計算して流石に倍の距離とまではいかないようだが、頼もしい限りだ。
で、ここからが応用編だが、実際の四式戦は爆弾を搭載することも可能だったのだ。
スケールこそ違うものの、同じハ〇ガワからも「中島 キ84 四式戦闘機 疾風 w/爆弾 」という商品が出ていたはず。
あ、wはダブルね。爆弾wワロスじゃなくて。
燃料だって僕の作ったプラモデルには付いてなかったけど、どこからともなく補充されたんだ。
爆弾だって付いてなかったけど、どこからともなく補充されたっていいだろう?
実際の四式戦にはどっちも付いているものなんだし、同じ事なんじゃない?
欲しいな~、爆弾欲しいな~。
と、一晩中強く念じていたら(だから毎日夜はヒマなんだよ)、なんということでしょう。
気が付くと翼の左右に立派な黒光りが。
マジで爆弾が手に入っちゃったよ。
なんたる高火力。僕この世界で無敵なんじゃね?
いや、流石に本物のドラゴンさんにはかなわないかも。
流石に爆弾と落下増槽は毎日もらえるということはなかったが、けど多分コレって使ったら翌日には補充されそうな気がする。
一度試してみたい所だけど、ティトゥがロープをほどいてくれないんだよね。
そういえばここに来てから、一度もドラゴンとやらを見たことがない。
人里には降りてこないのだろうか?
まあ、ドラゴンといえばゲームや物語の世界でも最強種。
そんな生物兵器がそこらをウロチョロしてたら、人類なんてとっくに滅んでるか。
ドラゴンから僕のことがどう見えるのか興味はあるけど、もしお気に召さず攻撃してきたらと考えると実際に会うのはちょっと。
仮にそうなっても、太平洋戦争時の日本の傑作機としては黙って負けてやるつもりはないけどね。
大和魂見せてやるぜ。
それはそうとティトゥは遅いな。
いつもはこのくらいの時間に顔を出すんだけど。
昨日の帰り際に、明日もここに来ると言っていたから、ちょっと遅れているだけだと思うけど。
なんだか心配だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
時間は少しだけ前に遡る。
その時間マチェイ家は一家揃っての朝食の最中だった。
この世界では一般的に食事といえば朝と夕方の食事のことを言い、日中は小腹が空いたら各自が何か手ごろな物を摘まむ程度だ。
もちろん貧乏な人はその限りではないが、大抵の庶民でも朝と夕方くらいは何かを食べる。
マチェイ家もその例にもれず朝夕の食事時間を設けており、家族を大切にする両親は余程のことがない限りそれを守って全員で食卓を囲んでいた。
庶民の食事はパンを作る作業の手間を省くため、4~5日分のパンをまとめて一気に焼き作り置きをしておく。
そのため最後の方のパンは固く、また、温かい季節だと少々悪くなってしまう事もよくあるため、火を通さないととても食べられたものではない。
しかし、マチェイ家では屋敷に専属の料理人がいるため、食卓にはちゃんと毎朝焼き立てのパンが並んでいた。
ティトゥはその一つを手に取り、ふと考えた。
彼女の大事なドラゴンは、一度として彼女の手からエサを口にしたことはないが、そういえば毎回生モノばかりで、調理した食事を持って行ったことは無かったなと。
言葉を喋る(未だに理解できない言語だが)文明的な生き物なんだから、実はパンとか料理したモノしか食べないのかもしれない。
だとしたら随分悪いことをしてしまったものだ。自分だって人からポンと生の人参を丸ごと渡されても、それが食事だと思うことはできないだろう。
むしろ彼(声は男の声だった)は人間のことを食材を生で食べる野蛮な生き物だと勘違いしている可能性すらある。
(このパンをあげたら喜んでくれるかしら。そうしたら私に名を教えてくれるかもしれないわね。)
この数日、彼女は毎日ドラゴンと心をかよわせるべく努力を続けていたが、ドラゴンはうずくまったまま身じろぎもせず、時たま理解できない言葉で何か言うだけで、到底気を許してくれているとは思えなかった。
まずは名を知りたいと思うが、ティトゥの好きな物語に出てくる精霊やドラゴンなどの高位の生命は自らの名を決して軽々しくは明かさない。
名とは彼らを彼らたらしめる存在の根幹であり、低位のこの世界に彼らが存在するための契約でもあるからだ。
なんともティトゥが好きそうな中二力溢れる設定である。
ここ数日、心ここにあらずといった様子の娘に、どう声をかけて良いのか分からない父親は助けを求めて彼の妻の方を見た。
だが、夫人が意を決して娘に声をかけようとしたその時、食堂のドアが開き、一家に凶報がもたらされた。
隣国ゾルタがこのミロスラフ王国に攻めてきたという知らせだ。
次回「隣国ゾルタ」