その27 お頭の最後
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「何だと?! そりゃ一体どういうことだ!!」
「へい、それがお頭、みんな竜 騎 士ってのにブルっちまいやがって・・・」
申し訳なさそうに体を小さくして頭を下げる男。
見るからに荒くれ者といった風体の男である。
椅子にふんぞり返った壮年の片目の潰れた男――お頭と呼ばれた男が手に持ったナイフをテーブルに叩きつける。
ここは小型船の船長室。
彼らは三日前に聖国のパロマ第六王女を攫った海賊達である。
お頭の小型船は丸二日かけて彼らが根城にしているこの海賊島に到着した。
当初の予定としてはここで大型船に乗り換えて外国に行き、ランピーニ聖国の追っ手から逃げ切る計画であった。
しかし、お頭達を待っていたのは島に残した部下達の裏切りであった。
「一昨日の朝、竜 騎 士とかいう化け物がこの島を襲いやがったんでさ。」
化け物は散々島を破壊した上で彼らに王女誘拐犯に対する協力を要請したのだという。
竜 騎 士に従って降参する派としない派、大きく二つに分かれて喧々諤々の議論が交わされたものの、元々彼らは日頃からものを考えて行動するような上品な輩ではない。
正に一触即発、いつ殺し合いが起きてもおかしくない、という緊迫した場面で彼らのお頭が帰還したのである。
渦中の王女を連れて。
「お前が王女を攫ったのかよ!!」
島の海賊達は急遽一致団結、この騒ぎの原因を作ったお頭に反旗を翻した。
今、船の外ではお頭に従う者と吊し上げようとする者達が文字通りにらみ合っている最中であった。
「馬鹿共が! 聖国のヤツらが俺達海賊を生かしておくわけがねえだろうが!!」
お頭の言葉は真実を言い当てているのだが、残念ながら誰の耳にも届かなかった。
それほどハヤテの恐ろしさが身に染みていたともいえる。
「それで? 船は全部やられちまったのか?」
お頭の横に立つ大男、ホルヘが島から報告に来た男に尋ねる。
「大型船は一隻だけが何とか動かせる状態だが、中型船は全滅でさ。小型船やボートは半分以上やられちまってやす。」
大型船が無事と聞き、ホルヘの目にほの暗い光が宿る。
予想以上の大きな損害にお頭の頭に血が上る。
「何だと! てめえらそれだけ好き勝手やられて黙って見ていたってのか!!」
お頭は怒りに駆られて手下の男の胸倉を掴み、手にしたナイフを振り上げる。
哀れな悲鳴を上げる手下の男。
しかし、お頭のナイフが彼に振り下ろされることはなかった。
ホルヘが横からナイフを持つ手を掴んだのである。
「まあ、待ってくれお頭。俺に考えがある。」
いつもにないホルヘの凄みに何かを感じるお頭。
「そのツラ、何か考えがあるんだろうな?」
「ああ。それよりお頭、いつも持っている例のアレ、あの札を今も持っているんだろ? ちょっと出してくれないか?」
ホルヘの言葉に訝しげにしながら懐に手を入れ、朱印の札を取り出すお頭。
「コイツがどうかしたのか? お前――グブッ・・・ち・・・血迷いやがったか・・・ホルヘ!」
ホルヘは腰からナイフを抜くと、迷いなくお頭の胸に突き立てた。
お頭はナイフを持つ手をホルヘに押さえられていた上、逆の手では札を手にしていたためホルヘの狂刃を防ぐことが出来なかったのだ。
自らの血で作った血だまりに倒れこむお頭。その首筋に踵を落とし、冷静にとどめを刺すホルヘ。
ホルヘはお頭の首が折れていることを確認すると、彼の手から朱印の札を奪い取る。
「ホ・・・ホルヘ、テメエ、お頭を」「お前はどっちにつく? 俺か? 俺の敵か?」
シンプル極まりないホルヘの問いかけにゴクリと喉を鳴らす男。
やがて「お・・・お前だ。」と小さく答える。
ホルヘは鷹揚に頷くと男に指示を出す。
「外の奴らに言ってやれ。お頭は死んだ。俺はお前達に取引を申し込む、とな。」
「お前達の望んだ通りお頭は死んだ! 俺の要求を呑むなら、お頭の死体と王女はお前らにくれてやる! 勝手に騎士団にでも何にでも差し出せばいいだろう!」
お頭の船を囲んでいた島の海賊達は、予想もしなかった急展開に付いて行けずにうろたえて顔を見合わせる。
「その代わり! 俺は島に残った大型船と、水と食料を要求する! 受け入れられないならお頭の死体も王女もこの船ごと焼き払う!」
「ま・・・待ってくれ! そんな事をされたら俺達が竜 騎 士に殺されちまう!」
海賊の誰かが悲鳴を上げる。
男の言葉でその可能性に気が付いた海賊達がざわめきだす。
「お、おい、王女は無事なんだな?」
「もちろんだ。傷一つつけちゃいねえ。」
自分が王女を殴ったことがあるくせに平気で嘘をつくホルヘ。いや、覚えていないだけかもしれない。
しかし、ホルヘの言葉に海賊達の間にホッとした空気が流れた。
「よし、王女と交換だ! みんな船に食料と水を積み込め!」
バラバラと行動に移る海賊達。その中から一人の海賊が進み出るとホルヘのそばに近付く。
さっき悲鳴を上げた海賊である。
「ご苦労。」「なぁに、ホルヘ・・・いや、お頭。簡単なことでさぁ。」
男はサクラだったのだ。
コイツは使えるヤツだ。
ホルヘは男の顔を覚えておくことにした。
「しかし、王女を手放して良かったんですかい?」
「構わねえ。今は揉めてる時間が惜しい。足と食い物の手配が最優先だ。」
男はホルヘの顔を見てニヤリと笑う。
「思い切りがいい海賊は魅力的だ。それにあんたの顔には成功する相が出ている。」
「当たり前だ。俺はここからのし上がってやる。いずれ誰もが俺の足元にひれ伏す事になるだろうよ。」
その日のうちにホルヘは自分に従う海賊達を連れて大型船で島を後にする。
のし上がる、と言っていたホルヘだが、彼のその後の行方はようとして知れない。
部下の裏切りにあって死んだか、あるいは無事と思われた船が実は損傷していて船ごと海の藻屑と消えてしまったのか。
一つハッキリしていることは、ホルヘが朱印の札を持って姿を消したため、聖国は帝国の思惑を察する機会を一つ失ったということである。
ホルヘは彼を信じて付いて行った部下共々、この日を境に歴史の闇に消えた。
しかしそれは海に生きる者達の間では、さほど珍しい話ではないのであった。
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僕はティトゥを乗せてエニシダ荘へと向かっている。
マリエッタ王女から依頼のあったいくつかの島へと向かい、そこの海賊船と施設を破壊した帰りだった。
ちなみに昨日僕は一念発起して、ティトゥに今後操縦席に着く時には安全バンド、要はシートベルトをしてもらうよう、苦労して説明したのだった。
――が。
『こ・・・こんな便利な物があるなら、どうして最初から教えてくれなかったんですのぉぉぉ!!』
とティトゥにマジギレされてしまった。
というかマジギレしたティトゥって初めて見たよ。
やはりティトゥは前日の襲撃の際に体をあちこちぶつけていたようで、体中に出来た青あざを見せられながら散々文句を言われたよ。
スカートまでめくり出した時は流石にカーチャが飛びついて止めていたけどね。
・・・いや、マジで申し訳ない。
そんな感じでプリプリ怒るティトゥを呆れながら見守るラミラ第七王女が印象的だった。
そうそう、僕はラミラ王女と仲直りをした。
と言っても今までも別に喧嘩をしていたわけじゃないんだけどね。
何だか一方的に謝られて、それを僕が許したことで仲直りしたことになったようである。
まあいいんだけどさ。
ちなみに、カーチャに言い過ぎた事は彼女も気にしていたようで、申し訳ありませんでしたわ、ってカーチャに謝っていたよ。
最初はカーチャの事を生意気な平民と思っていたみたいだけど、「後でティトゥお姉様の従者と知って、今では羨ましく思っていますのよ」って、はにかみながら言ってたね。
カーチャがしきりに恐縮してたけど、主にリバースするような従者だからね。そりゃ恐縮もするさ。
ラミラ王女はもっと高飛車でキャンキャンうるさい感じだと思っていたけど、意外と人見知りする引っ込み思案な子だったようだ。
どうやら内弁慶な子だったみたいだね。
パロマ王女がいない今では、いるかいないか分からなくなるような地味で大人しい子だよ。
あのキャラ作りはこんな性格の反動――悪目立ちしてでもみんなに見てもらいたい――そんな気持ちの表れだったのかもしれない。
それでもあのキャラ付けは成功しているとは言い難いと思うんだけど。
『今日はこの間と違って快適でしたわ。やはり安全バンドが良かったんですわね。良いですわね安全バンド。誰かさんも何で安全バンドのことを黙っていたんでしょう。私にはさっぱり理解出来ませんわ。』
やたらと安全バンドの部分を強調してくるティトゥの恨み節が聞こえる気がするけどそこはスルーで。
というか君もたいがいしつこいね。昨日謝ったじゃん。
『サヨウデゴザイマスカ。』
うわっ。ティトゥの可愛い額にビキビキと青筋が浮かんだよ。
『ハヤテ!!』
はっはっは。
喧嘩するほど仲が良い。
うんうん。僕とティトゥも喧嘩しあえるほど仲が良くなったということだね。
そんなこんなで僕はティトゥを乗せてラミラ王女の待つエニシダ荘に到着したのだった。
『貴方覚えてらっしゃい! もうブラッシングしてあげませんわよ!』
おおう、それはないよティトゥ。
次回「王女の帰還」