その23 海賊島攻撃
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目を覚ましたマリエッタ王女は、自分がベッドで誰かと一緒に寝ていることに気が付き、一瞬混乱した。
しかし、すぐに昨夜一つ上の姉、第七王女ラミラを慰めながら一緒に寝たことを思い出した。
マリエッタ王女は体を起こすと、自分の隣で泣き疲れて眠るラミラ王女を見つめる。
不安に駆られたラミラ王女は、普段なら決して口にしないような事も色々と話してくれた。
マリエッタ王女は自分がこんなにも姉達の事を知らなかったことに驚いたものである。
(一度他の姉上達とも、こうやってお話してみたいものです)
第六王女パロマと第七王女ラミラは、昔から頭脳も容姿も平凡な少女達だった。
彼女達の不幸は良く出来た姉達を持ったことにあった。
幼い頃から才女と呼ばれるほどの知恵者の姉、聖国一の美貌とうたわれた姉、そして二人に比べれば目立たないものの、やはり容姿・頭脳共に優れた姉が三人。
二人は常に周囲からこの五人の姉達と比較されながら幼少期を過ごした。
そんな二人に周囲が何の期待もかけなくなるのにさほど時間はかからなかった。
周囲からの丁重な無視はまだ幼い二人の少女の心を深く傷付けた。
このころから二人は常に二人一組で行動するようになった。
二人にとって、同じ格好をすることも、派手な髪形をすることも、お嬢様喋りをすることも、全て弱い自分達を隠すために編み出した鎧、懸命な虚勢であり、自己アピールだったのである。
考えの足りない彼女達は、こんな形でしか周囲の大人達に危険信号を発することが出来なかったのだ。
そんな二人にある変化が訪れる。
末の妹の成長である。
聖国の銀細工とも呼ばれる愛らしい姿に、幼くして思慮深いその佇まいには多くの者が期待を寄せた。
二人が面白かろうはずは無かった。
自分達は周りからどんどん必要とされなくなる。
その焦りと孤独からか、二人は以前よりよく喧嘩をするようになったという。
でも、姉上達がもう一度喧嘩をすることが出来るようになるのはいつなんでしょうね・・・
攫われたパロマ王女のことを考え、絶望に目を伏せるマリエッタ王女。
騎士達は懸命に捜査を続けている。昨夜のうちに早馬の知らせが届いた王城では今頃大慌てで騎士団を向かわせているころだろう。
しかし、一度パロマ王女を乗せた船が沖に出た以上、捜査と追跡は月単位での時間がかかることになる、と見られていた。
王女が戻ってくるにはその後何年もかかることも・・・
実際、すでに騎士団の隊長は腰を据えて長期的に捜査に取り組む姿勢を見せ始めている。
そして、仮に無事に戻れたとしても、海賊にかどわかされた王女には結婚の相手も満足に見つからないだろう。
もっともその心配も無事に戻れたとしての事である。最悪の場合、このまま・・・
ヴーン
暗い考えに沈むマリエッタ王女の耳に、屋敷の空へとハヤテが飛び立つ音が聞こえてきた。
マリエッタ王女はその時初めて、今朝はティトゥの見送りが出来なかったということに気が付いた。
その時、部屋のドアをノックする音がした。
護衛の女騎士がドアを開ける。部屋に入って来たのはメイドのモニカだった。
「おはようございますマリエッタ王女殿下。お目覚めでしたら、作戦本部までお越し頂きたく願います」
「はい?」
何やら聞きなれない名称に、つい返事が半疑問形になるマリエッタ王女だった。
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パッ〇マンというゲームを知っているだろうか?
丸く黄色い口だけの自機を操って、幽霊に捕まらないようにしながら迷路に表示されたドットを消していくゲームである。
『海賊達の本拠地へ向かいますわよ!』
ティトゥの宣言を受けて、僕は空へと舞い上がる。
目的地は僕が心の中でパッ〇マン島と呼んでいる島ーー海賊達の本拠地と思わしき島に向かうためである。
パッ〇マン島は大きくえぐれた部分に、まるで蓋をするように岩礁が付き出している島だ。
上空から見るとその形が、パワー餌を食べようとしているパッ〇マンのように見えるため、僕はそう呼んでいる。
パッ〇マンの口の中には大型の船が停泊し、それらを繋ぐための桟橋が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
あちこち取って付けた感あふれる乱暴な造りは、絶対にまともな施設では無いはずだ。
どうしてこんな大掛かりな拠点が今でも野放しにされているのか、最初に見付けた時にはあっけにとられたものである。
どうやら、岩礁が上手いこと外から船や施設の存在を隠しているようなのだ。
僕とティトゥはこの島が海賊の本拠地に間違いないと前々から目を付けていた。
パッ〇マン島までは一番近い港から約100kmちょっと。
ヘタをすれば今日中に王女を乗せた船が到着しかねない距離だ。
モニカさんの見立てでは、王女を攫った連中はボートで沖に出て、そこで予め用意してあった小型船に乗り換えただろうということだ。
夜とはいえ大型船が港の周囲をうろついていれば目立つし、小型の船を使って港以外の場所から荷揚げする密輸が海賊の資金源になっていることからも、この方法を取ることが予想されるのだそうだ。
しかし、小型船の積載量ではこの国の近海から離れる事は出来ない。
今回の凶行における海賊たちの目的がどこにあるのか分からないが、仮に身代金目当てだったとしても、どこかで大型船に乗り換え、一度外国に高跳びして捜査の手から逃れようとする可能性が高いと見られていた。
そこで僕達は先回りして乗り換え予定の海賊船をぶっ壊してしまおうと考えた訳だ。
騎士団の人達にはその他の候補地へ向かってもらう。
この広い海上で王女の乗った船を見つけることは出来なくても、目的地に先回り、ないしは、島の出入り口を封鎖することなら可能なはずだ。
上手く行けば騎士団が海上封鎖した所に、王女を乗せた海賊船がのこのこ出てくるかもしれない。
人質を取られての戦いは厳しいものがあるが、そこは彼らの活躍に期待しよう。
『見えて来ましたわ』
おっと、考え事をしている間にパッ〇マン島に到着したようだ。
海賊島攻撃の開始である。
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その日海賊島はどことなく浮ついた気配を漂わせていたという。
最初にそれに気が付いたのはこの島最大の大型船のマストの上、見張り台の上で仕事をサボって沖のカモメを眺めていた男である。
なんだか妙に高い位置を飛ぶカモメだと思い、注意深く見ているうちにどんどんと島にその姿が接近して来たのである。
やがてそれは一度島の真上を越えると、翼を翻し、再びこちらへと進路を変えた。
ここまで来ればそれの正体が何であれ、その目的だけはハッキリしている。
ヤツは俺達を狙ってやがる!
「敵だ! みんな空を見ろ! 空から何かが襲撃してくるぞ! 空襲だ!」
それはこの世界で初めて空襲という言葉が叫ばれた瞬間である。
しかし、残念ながらこの事を記録する者はいない。
海賊達の長い一日はまだ始まったばかりだ。
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僕は一度島の上空を越え、海賊船の位置を確認する。
前に見た時もあんな感じだったかな。
大き目の船が2隻とさらに大きな船が一隻。あとは小さな船とかボートとかがゴチャゴチャと桟橋に繋がれている。
目標とするべきは言うまでも無く最も大きなあの船だろう。
僕は一旦島を抜けると翼を翻し、じっくりと目標を定めると大型船に向かって急降下をかける。
視界の中でどんどんと大きくなっていく船。今ではマストの上、見張り台に立つ男の顔までハッキリと見える。目玉がこぼれそうなほど目を見開いて僕を見ている。
僕は・・・爆弾を・・・
男の顔が僕の脳裏に焼き付く。男は恐怖の叫び声を上げているようだ。
爆弾が爆発すればこの男は死ぬだろう。
当然だ。もし爆発で死ななくても、爆風に煽られでもしてこの高さから落下すればイチコロだ。
・・・今投下しないと爆弾は船を捉えることが出来ない。
僕は一日二発の爆弾しか用意出来ない。
もしこれを外したら、爆弾無しでこの船を沈めなければならない。そんな事は出来るかどうか分からない。
僕は・・・爆弾を・・・投下・・・しないと・・・
引き延ばされた時間の中、僕は頭が焼き切れそうなほど葛藤を繰り返した。
!
そんな僕の葛藤に気が付いたのだろう。ティトゥが僕の計器盤に両手を当てた。
『ハヤテ! 今です!』
まるでその声と同時に僕の体にティトゥの手から電気が流されたようだった。
僕の翼から爆弾が切り離される。
重量物が無くなったことで一瞬フワリと浮かぶ機体を押さえつけ、僕は大型船の上を飛び越える。
爆発音はしばらくして上がった。
大型船は爆弾の破裂した箇所の構造物を消し飛ばしながら大きく傾いた。
マストが根元から倒れ、爆発でもろくなった船体をメキメキとへし折った。
どこかに火が付いたのだろう。じきに船は水に浮かぶ大きな松明となった。
しかしその火を消す者はいない。
僕による蹂躙が始まったからだ。
次回「海賊島蹂躙」