その22 海賊殲滅作戦
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深夜。エステベの町からほど近い海岸から一艘の小舟が海に漕ぎ出した。
乗るのはガラの悪い5人の男達。
そして彼らに囲まれる一人の少女。
目立たないようにボロ布を被せられた頭からは金髪が覗いている。
攫われたパロマ第六王女である。
彼らを乗せた船はしばらくの間何もない波間を漂っていた。
やがて何かに気が付いた男がひときわ大きな男に声をかけた。
「来たぜホルヘ」
ホルヘと呼ばれた大男は、足元のカンテラを持つとグルリと大きく三回回した。
「来た! 合図だ!」
島影一つない水平線からチカチカと光の瞬きが起こった。
それっ、とばかりに男達は沖の光を目指してボートを漕ぐ。
やがて光のあった場所に小型の船が姿を現した。
夜に沖合に船を停泊させる際には、他の船の追突を避けるために灯火が義務付けられている。
しかし、この船はカンテラ一つ灯していない。
それもそのはず、この船は密輸船なのだ。
ボートから小型船に上がったホルヘ達の前に、手下に囲まれた一人の壮年の男が立つ。
片目が潰れた、顔に大きな切り傷のある男だ。
「で? 首尾はどうだった?」
ホルヘはパロマ王女に被せたボロを取ると、男の前に突き飛ばした。
夜目にもハッキリと分かる金髪をなびかせて倒れる王女。
周囲の男達から野卑な歓声が上がった。
怯えて身をすくませるパロマ王女。
「何番目だったか・・・とにかく王女だ。王女だったら金になるんだろう? お頭」
「ああ、間違いねえ。この札があれば俺達海賊だろうと堂々と奴らと取引出来るんだからな」
お頭と呼ばれた片目の男は、懐から朱印の札を取り出しすと、いささか芝居じみたポーズで頭上に掲げた。
その姿に歓声を上げる男の手下――海賊達。
身の危険に怯えるパロマ王女は、この闇夜でも分かるほど大きく震えている。
その姿に訝しげな目を向ける片目の男。
「おい、コイツの顔はどうした?」
パロマ王女の頬は夜目にもそれと分かるほど大きく腫れ上がっていた。
「ああ、あんまりビービーうるせえんで、静かになるようにコイツで少し躾けてやったのよ」
ホルヘが拳を手のひらに打ち付けると、パロマ王女はその音にビクリと身をすくませた。
「おい、まさか傷物にしちゃいないだろうな?」
「俺がそんなヘマするかよ。馬鹿にすんじゃねえ」
片目の男の詰問に足元に唾を吐いて答えるホルヘ。
その態度に不快感をあらわにする片目の男だが、この場で追及することは避けたようだ。
「ようし、お前ら! アジトまで引き上げだ!」
一斉に動き出す海賊達。
体を震わせながら涙を堪えるパロマ王女。
ホルヘは部下に指示を出す片目の男をじっと見つめた。
いや、ホルヘが見ているのは男の手に握られている朱印の札であった。
「あの札を持ってりゃ帝国は俺達海賊相手だろうと取引をする。だがその相手がお頭、あんたでなきゃいけないって決まりは無いんじゃねえか?」
ホルヘの目は野心の色に染まっていた。
かつて地球の歴史でも”私掠免許”というものが存在した。
民間の船が他国の船を攻撃・拿捕することを国家が認めた他国船拿捕免許状のことである。
1909年にアメリカ合衆国により発行停止されるまで、幾度か発行されたという。
おそらく片目の男が持つ朱印の札はそれに類するものと思われる。
発行したのは帝国――ミュッリュニエミ帝国。
半島と大陸の境目に位置する半島最大の国であり、領土的野心の強い国といわれている。
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「ここに海賊殲滅作戦の開始を宣言する!」
僕の声にポカンと呆ける周囲の人達。
いや、僕に向けてこっそり親指を立てていますけど、モニカさん。この空気どうするんですか?
僕はモニカさんに手伝ってもらって、屋敷に残った人達の協力を仰ぐことにした。
モニカさんの言う通りなら、僕達にもう時間はあまり残されていない。
二人で話し合った結果、ここにいる全員に協力してもらう事に決めたのだ。
『お任せください。ハヤテ様は私の指示通りお願いします』
なんだかノリノリのモニカさんの指示に従い、僕は打ち合わせ通りの場所に姿を現し、彼女の合図で20mm機関砲をぶっ放した。
ギリギリ塀を掠めて草原に飛んでいく予定だったのに、塀に着弾した時にはかなり焦ったけどね。
崩れたのは塀の一部だけだし、後で謝れば許してもらえないだろうか?
『ハヤテ! これはどういうことですの?!』
ティトゥが慌てた様子で飛び出して来た。
? モニカさんから彼女に説明は無かったんだろうか?
あ、ヤベ、みたいな顔をするモニカさん。
あ~、コレ、後で言おうと思っていて忘れてたパターンだな。
まあ、モニカさんにはこの短い時間に色々と段取りを組んでもらったから、少しくらいはこういう抜けがあっても仕方がないよね。
『サヨウデ・・・ア、アトデ』
いつもの言葉でごまかそうとしたら、物凄く睨まれたのでやめておいた。
『まあまあ、マチェイ様。今から説明がございますので』
モニカさんになだめられて仕方なくこの場での追及を諦めるティトゥ。
いやモニカさん、僕にドヤ顔してるけど、元々は貴方の説明のし忘れが原因ですからね。
『昨日からの騎士団による懸命な捜査によって、パロマ王女殿下誘拐の犯人が海賊によるものであることがすでに判明しています』
モニカさんの言葉に周囲から驚きの声が上がった。
メイドや使用人の中には初めてこのことを知った者も多いのか、普通に驚きの声が。
騎士達は何故メイドのモニカさんがこの事を知っているのか、といった驚きの声が上がったようだ。
ティトゥも初めて知る情報だったようで、驚きに目を丸くしている。
しかし、同時に生気に満ちあふれた顔つきになった。
そう。海賊相手なら僕達にだって出来ることが――いや、僕達だからこそ出来る事があるんだ。
『先ずはこちらを見て下さい』
『これは・・・板に何か描かれているようですが、一体何の絵でしょうか・・・?』
みんなから戸惑いの声が上がった。
カーチャが僕のテントからせっせと取り出して地面に並べているのは、僕達が作ったこの辺り一帯の”航空地図”だ。
まあ、”航空地図”と呼ぶにはかなり大袈裟で、単に上空から見た島の形をティトゥに記してもらった物に過ぎないんだけどね。
『竜 騎 士のお二方が作られた、モンタルボを中心としたこの聖王都近海の地図です』
今度はどよめきが広がる。
僕とティトゥとの力作がこんな形でみんなにお披露目されることになるとは思わなかった。
なんだかちょっと恥ずかしいね。
『お二人によって海賊の利用している島は既に判明しています。皆さんにはその島までの地図を書き写してもらいます』
『馬鹿を言うな! そんなものが最初から分かっていれば苦労はない! 大体この近海にどれだけ島があると思っているんだ?!』
過去に海賊相手に何度も煮え湯を飲まされているんだろう。
一人の騎士が気色ばんで叫んだ。
モニカさんは言葉を切るとティトゥに目配せをした。
モニカさんの意図が伝わったのだろう。ティトゥは前に出るとメモ帳代わりの木の板の束を手に取った。
『この島とこの島、この島は昔使われていたけど、今は使われていないみたいでしたわ。この島とこの島も同様です、後は――』
メモに目を落としながら迷いなく地図上の島を指し示すティトゥ。
今は使われていない島、に何か心当たりがあったのか、サッと顔色が変わる騎士の青年。
今では周囲の人間も驚愕の目をティトゥに向けている。
理屈としては簡単だ。
いくら海賊共がばれないように偽装しても、空の上から見れば一目瞭然だったのである。
もちろん常に島に海賊船が停泊しているわけではない。むしろいる時の方が珍しかった。
とはいえ、船に桟橋やはしけ船を括りつけて移動するわけにはいかない。
つまり、僕とティトゥは島に残されたそういう痕跡を見つけて回ったのである。
もちろんまだ全ての島を調べたわけじゃない。
当然、細かな漏れだってあるだろう。
でも今は、いずれ完成するかもしれない完全な地図より、不完全でも今この場にある地図の方が価値があるのだ。
『手の空いている者は、ここにいるカーチャの指示に従って地図の書き写しを。騎士の者は大至急船と戦力の手配を。それ以外の者はメイド長の指示に従って引き続き屋敷の仕事を。さあ、始めなさい!』
モニカさんが手を叩くと使用人達が一斉にキビキビと動き出した。
どことなく、みんなさっきまでより元気がみなぎっているように見える。
それもそうか。手がかりも見つからずに悶々としていた所に目的地がハッキリと示されたのだ。
今行動しなくていつ行動する、ってもんだ。
さっきモニカさんを怒鳴った騎士も、若干気まずそうにしながらも指示に従って屋敷に走って行った。
『ハヤテ! 私達も行きますわよ!』
おっと、誰よりもティトゥはみなぎっているようだ。
彼女も僕と同じで無力感に苛まれて眠れぬ夜を過ごしたのだろう。
僕だけ寝ないで済む体で申し訳ない。
僕は昨夜からチビチビ燃料を移し替えていた燃料増槽を消して250kg爆弾に切り替える。
そういえば言ってなかったかもしれないけど、僕は少しずつだけど本体と増槽の間で自由に燃料の移し替えが出来るのだ。
・・・我ながら器用なことの出来る体だと思うよ。
『もちろん目的地は分かっていますわよね?』
既に操縦席に乗り込んでいたティトゥが僕に聞く。
当然。言われるまでも無いさ。
『海賊達の本拠地へ向かいますわよ!』
次回「海賊島攻撃」