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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第四章 ティトゥの海賊退治編
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その18 モニカ説明会

◇◇◇◇◇◇◇◇


「これは地形図よ! 教えなさい! これはどうやって描かれたものなの?!」


 元第一王女カサンドラ・アレリャーノ宰相夫人の眼光は目の前のメイドを射殺さんばかりである。

 そんな視線を浴びて益々嬉しそうに笑うメイドのモニカ。

 彼女達の前にあるのは、縦3m横6mの長方形の板に描かれた聖王都近辺の海岸の地形図であった。


「この記号は数字を意味しているのね? これは山の標高、これは港からの距離、この線はおそらく船の定期航路なんだわ」


 カサンドラは指で一つ一つ指し示していく。

 妻の正気を疑うアレリャーノ宰相。


「そんな馬鹿な! どうやればそんな地図が描けるんだ?! 有り得ない!」

「実際にここにあるわ! さあ、教えなさい。この地形図はどこから持ってきたものなの?!」


 今まで見たことも無い母親の剣幕に怯える息子達。

 そんな宰相夫人の姿にモニカはたまらず恍惚の笑みを浮かべる。


「そのために私は戻って来たのですよ。では順番にお話していきましょう」




「まず大前提として、この数字を覚えて頂かなくてはいけません」


 モニカは手元の板に、我々の使うアラビア数字とこの世界の数字の対応表を書いていった。


「どうしてこの数字が必要なのかと言うと、この数字がドラゴンのハヤテ様が使用する計測器に書かれた数字だからです。」


 話にピンと来ていない様子の宰相家の息子達。

 いや、この段階では大人達も含めて、まだ誰も彼女の言葉を飲み込めてはいなかった。


「この数字はkmと言います。例えばこの地図の島Aからこちらの島Bまでの距離は12km、島Aから逆方向の島Cまでの距離は35km。A・C間の距離はA・B間の距離のおよそ三倍であることが分かります。」


 地形図の洋上、島から島までの距離を指でなぞるモニカ。

 アラビア数字はただの数字なのだが、モニカは地図に使われる専用の記号――時間と距離を表す時にだけ使われる特別な数字――だと勘違いしているようだ。

 しかし、説明の内容自体は間違いでは無い。

 モニカの説明にうんうんと頷く息子達。

 最初は息子と同じように納得していたアレリャーノ宰相だが、すぐに今の言葉の特異性に気が付いた。


「これは・・・つまりkmというのは実際の距離ということなのか?」


 ポカンとする息子達。

 ご明察です。とほほ笑むモニカ。

 それを受けて宰相が子供達に説明した。


「海での距離は陸の上での距離のようにはいかないものなんだよ。例えば今の例の場合、島Aから見て島Bと島Cはまるで逆の方向だ。当然受ける風も潮流も異なる。

 もし二隻の船が島Aから同時にそれぞれの島を目指して出発したとする。すると西にある島Bに向かう船は逆風、東にある島Cに向かう船は順風を帆に受けることになる。この場合、実際の距離に関わりなく、二隻は同時に目的地に到着するかもしれない」


 つまり、この時代の計測方法では海の上は風や潮流に左右されすぎて、正確な距離を出すことが難しいのだ。


「一定間隔で結び目を作った縄を垂らして計測する方法はあるけど、まさかそんな方法で外洋の隅々まで測るわけにはいかないものね」


 宰相夫人カサンドラも苦々しい表情を浮かべた。


「この島って、本当にこんな変な形をしているのかな?」


 まるで双子のようにくっついた島を指して次男が言った。

 モニカは頷くと奇妙な道具を取り出した。

 見慣れないそれは、木でできた枠に縦横三本ずつ細い紐が張ってあった。

 随分と使い込まれているようで、あちこちに傷が入っている上に、角が取れて丸くなっている。

 これはハヤテの出したアイデアを元に、ティトゥが手先の器用な使用人に作らせた物である。

 さらにモニカは縦横三本ずつ線の引かれた小さな木の板を取り出した。


竜 騎 士(ドラゴンライダー)のマチェイ嬢は、空を飛ぶハヤテ様の中でこうやって島の形を書き写しているそうですよ」


 モニカは適当な家具を枠の中に収めると、分割線を見ながら手元の板にサラサラと書き写していった。

 微妙に絵心は無いのか、それほど上手く描けてはいないものの、パーツのサイズや全体のバランスは大体合っている絵が完成した。


「そういえば肖像画を描いている最中の画家がよくこうやって顔の前に筆を掲げてたわね。あれもああやって全体のバランスを見ていたのね」


 独身の頃は多くの画家に肖像画を描かれたセラフィナ元第四王女が、感心したように呟いた。




 モニカの説明は続いた。


「王城から海賊の調査依頼を受けたハヤテ様は、先ずは周辺の島の地図を作ることから始めました」


 この発想が最初に出る所がもう普通じゃないんですけどね。

 どこか嬉しそうにモニカは言うが、ハヤテの行動を助長させたのが彼女であるのは間違いない。

 流石に相談相手の彼女が渋れば、ハヤテも自分の意見を引っ込めていたはずだからである。


「この中心から引かれた線の長さは500km。ハヤテ様はこの線のことを”索敵線”と呼んでいます。彼は中心からまっすぐにこの先まで飛び、そこで85度曲がり90km飛びます。90km先で再び85度曲がると中心点目指して500km飛行します。これが一日分の索敵飛行となります」


 つまりハヤテは大きな二等辺三角形を描くように飛んでいるのだ。


 スタート地点である原点をA。到達地点をB・Cとする時。

 頂点をA、他の2点をそれぞれ点B、点Cとする二等辺三角形の内角は、辺AB=辺AC=5、辺BC=0.9の時、それぞれ角A=10.3度、角B=角C=84.8度となる。

 原点Aを中心に扇形に180度を索敵するためには、角Aは約10度だから10度ずつずらして18回飛べば全てを網羅することになる。

 ずらした際に重なり合う辺は省いても良いので、現実的には一つ飛ばしで半分の9回で済むことになるのだ。


 もちろんこの方法では遠くに行くにつれて索敵線の間隔が広くなってしまう。

 しかし、海賊の隠れられそうな島は・・・というかそもそも外洋にはほとんど島らしい島が無いので大きな問題にはならないだろう、とハヤテは考えていた。


「この500kmとはどれくらいの距離なんだ?」

「港を出た船が3日後にたどり着く距離だと聞いています」

「なっ・・・!」


 予想外の数字に言葉を失うアレリャーノ宰相。

 二人の息子達も目を丸くして驚いている。

 それも当然だろう。

 モニカの説明を信じるなら、ドラゴンはこの距離を一日で、しかも往復しているというのだ。

 それだって、朝食を食べてから出かけて夕方には屋敷に帰っていると言うのだから、もうデタラメだ。


 外洋船が馬よりも早く移動出来ることは聖国の人間であれば誰でも知っている。

 この時代の人間にとって、船というのは最速の移動手段なのだ。

 その船を軽く置き去りにするというドラゴンに、思わず思考が停止してしまうアレリャーノ宰相親子。



「朝、朝食を食べて、王女様方とお茶を楽しんだ後、マチェイ嬢はハヤテ様に乗り、スタート地点となるエニシダ荘から索敵線に沿って飛び立ちます。島を見つければマチェイ嬢がスケッチをし、ハヤテ様が正確な場所を割り出します。ハヤテ様がおっしゃるには時間と速度が分かっているなら、距離から場所を導き出すのは簡単なのだそうです。そして船を見つけても同様に距離から場所を特定します。上空から見た船の航跡の方向で大体の進路を推測するそうです。こうして地図上に描かれたのが航路予想線です。ただしこれはあくまでも予想に過ぎないと聞いています」

「多分正しい・・・」


 苦々しく呟く宰相に対し、でしょうね、と頷くモニカ。

 ハヤテとしては海賊の襲撃ルートを特定するために行った観測だったのだが、外国の貴族の娘に国防に関わりかねないデータを取られたことに頭痛を覚えるアレリャーノ宰相。


「聖都の近くの山の標高はどうやって?」

「ハヤテ様はご自身の飛んでいる高さが分かるそうなので」

「ドラゴンというのはどれだけ万能なんだ、クソっ!」


 ついに悪態をつき出すアレリャーノ宰相。

 ただし、この数字はハヤテが現在高度から山の高さを割り出した大雑把な標高に過ぎない。大して正確な数値ではないだろうことはハヤテ本人が一番良く分かっている。

 要は海から見た時の目印(ランドマーク)として目安の数字を記入しているだけなのだ。

 だが、彼らは今までの流れからハヤテの能力を過大評価していた。


 宰相夫人カサンドラは一人、息をするのも忘れたかのように、先程からじっと自分の考えにふけっていた。

 その顔色は悪く、表情は険しい。




 モニカがそんな宰相夫人カサンドラに声を掛けた。


「私が働きましょうか?」

「・・・お願い出来る?」


 その瞬間、部屋の気温が下がったように感じられた。


 殺害許可が下りたのだ。


 その後生じるであろう様々な問題より、このままハヤテを生かしてミロスラフ王国に帰した方が聖国にとって危険。カサンドラはそう判断したのだ。

 苛烈な決断である。しかしカサンドラは決断すべき場面では決して躊躇をしない。

 彼女が周囲から才女と呼ばれ畏怖される所以でもある。

 臣籍降下したとはいえ、元は権謀術数渦巻くランピーニ聖国の王族。アレリャーノ宰相はこういう時、自分の妻が王家の生まれであり自分が王家の臣下に過ぎないことをいつも思い知らされるのだった。


 だが、モニカはそんなカサンドラに少しも怯む事なく、肩をすくめるとあっさりと言い放った。


「絶対に成功しませんけど、それでもよろしければ」 


 じっとモニカを見つめる宰相夫人。


「以前、ミロスラフ王国で酔った元第四王子がハヤテ様の翼に剣で切りつけたことがあったそうです。その剣は翼をほんの少し傷つけることしか出来なかったとか。その傷も三日もすれば跡形もなく消えてしまったそうですよ」


 元第四王子の剣の腕前がどれほどのものかは分からない。しかし、何の剣術も学んでいないモニカより使えることは間違いないだろう。


「寝ている時にくらい隙があるでしょう」「ハヤテ様はどんなに深夜でも誰かが近付けば必ず目を覚まします」


 ひょっとしたら寝ていない可能性もある、とモニカは推測していたが、あまりに信じ難い話ではあるし、ここは憶測を語る場所ではない。


「毒を飲ませる」「無理ですね。ハヤテ様は食事を摂りません」


 そんな馬鹿な生き物があるか! と声を荒げるアレリャーノ宰相。


「少なくとも屋敷では誰もハヤテ様が食事を摂っている所を見た者はいません。”ミズアメ”とか”龍甘露”とかいうものを食べるとも聞きましたが、これも実際に食べている所を見た者は誰もいません」


 何やら若干ティトゥ情報に振り回されている感はあるものの、モニカはおおむね正しい情報を集めている様子だ。

 密偵としての彼女の優秀さが分かるというものである。


「そのパートナーの方は普通の少女なんだろう? 彼女を人質に取るとか」

「それは下策中の下策ですね」


 アレリャーノ宰相の苦し紛れのアイデアをバッサリ切り捨てるモニカ。

 宰相夫人カサンドラも同意見らしく、夫の方を見向きもしない。


「それをやれば確実にハヤテ様を敵に回します。少なくとも現時点では倒す方法がない相手にこちらから敵対するのは愚か者のすることです」


 現時点ではハヤテは脅威ではあっても敵ではない。

 しかし、ティトゥに手を出した場合、ハヤテは確実に敵になる。

 そうなった場合、関係修復は事実上不可能となるだろう。


「確かに。人間の国の地位も名誉も財産も、美女や美食すらドラゴンには意味のないことだろうしな・・・」


 実際は美女は効果があるかもしれないが、宰相がそれに気が付かなかったのも無理はないだろう。

 ハヤテの中身が平凡な日本人であると分かれと言う方がどうかしているのだ。


「貴方の考えはどうなのかしら?」


 どんどん物騒な発言になっていく空気の重さに耐え兼ねたのか、セラフィナ元第四王女が彼女の腹心の友に意見を聞いた。


「私なら何もしませんね」


「「「えっ?」」」


「そして全ての調査が終わったらマリエッタ王女殿下に事情を説明して、マチェイ嬢にこの地図と、地図を作製するために作った資料を、全て聖国に譲ってもらえるようにお願いしてもらいます。あの人の良い竜 騎 士(ドラゴンライダー)達は快く譲って下さると思いますよ」


 ポカンと口を開けて呆ける一同。


「それだけでいいの?」

「ええ。それだけで構いません」

「代価はいらないのか?」

「ああ、それはあった方が良いですね。でも王城の蔵をひっくり返す必要はありませんよ。こちらの誠意が伝わる額ならお駄賃程度でも問題無いと思います。ついでに気の利いたお土産でも渡せればなお良いかもしれませんね」

「情報の漏洩は・・・」

「今後も一切無いと思いますよ。そもそもあの人達は国の中枢に全く関わっていませんから」


 そういえばそうだった。

 竜 騎 士(ドラゴンライダー)はミロスラフ王国でむしろ疎まれている。

 最初に招待状を送った時のいきさつを思い出して、納得する宰相夫人カサンドラ。

 彼女達はハヤテのあまりに軍事的に優位な能力に目を奪われ、つい基本的な情報を忘れてしまっていたのである。


「では今後も今まで通りで構いませんね」

「え・・・ええ。現地の判断を尊重します」


 すっかり毒気を抜かれてしまったのか、モニカの念押しに、思わず前線に将軍を送り出すようなセリフを言ってしまう宰相夫人カサンドラ。


 モニカは荷物を纏めると、男の使用人を呼んで自分の馬車に運ぶように指示を出した。


(せっかく竜 騎 士(ドラゴンライダー)のお二人がこんな面白い事をやってくれているのです、いいところで横やりなんて入れられてたまるものですか)


 宰相夫妻を上手い事言いくるめられた事に終始上機嫌なモニカは、足取りも軽やかに王城を後にすると、早速その足でハヤテ達の待つエニシダ荘へと帰るのであった。 

次回「ティトゥと幽霊船」

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