その16 ティトゥと人懐っこい島民達
本日2話目の更新です。
この話で「四式戦闘機~」の通算100話目となります。(【はじめに】と【あらすじ】を除く)
ここまで長く読んで頂き、ありがとうございます。
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エニシダ荘の食事は王女三人とお客様であるティトゥの四人がテーブルに着くことから始まる。
「また魚の干物ですの・・・」
金髪をロールさせた少女、第七王女ラミラが目の前の食事にイヤそうな顔をした。
「だったらラミラ姉上は食べなければよろしいんじゃないですか? せっかくティトゥお姉様が買ってきてくれたお魚だと言うのに。ねえティトゥお姉様」
末の妹、マリエッタ王女の言葉に、ラミラはぎょっとしてティトゥに振り返った。
彼女の視線の先では、ティトゥが申し訳なさそうに小さくなっている。
ラミラの顔は焦りに青ざめた。
「そ・・・そんなことはありませんことよ。ねえ、ラミラ、そうでしょう?」
「え、ええ! とっても美味しそうですわ! 流石ティトゥお姉様が買ってきた魚ですわね!」
第六王女パロマが慌てて助け船を出すると、ラミラはすかさずそれに乗っかった。
見え見えの持ち上げに、ティトゥは益々居心地が悪い思いをしている。
これがエニシダ荘のいつもの食事風景である。
いつかティトゥの胃に穴が開かないか心配である。
「早く調査に戻りたいですわ・・・」
ティトゥの口からポロリと本音が漏れた。
ちなみに今は食後のティータイム中である。
先日、レブロンの港町まで買い出しに行った前日から、ティトゥは調査を一旦中止し、屋敷で待機状態にあった。
理由は数日前に遡る。
・・・と、言ってもそれほど複雑な内容では無いのだが。
王城の某夫人は、宰相府特級鑑札を出したことでティトゥをマリエッタ王女から遠ざけることに成功した、と考えていた。
しかし、屋敷からの報告で、マリエッタ王女はずっとエニシダ荘に留まり、朝晩毎日ティトゥと食事を共にしていると知ることとなった。
「ちょっと、どうなっているの! 竜 騎 士は海賊の調査に出かけたんじゃなかったの?!」
騒ぎ立てる某元王女――というか、元第一王女カサンドラ。
その話を聞きつけたハヤテ付きのメイドのモニカは、「ちょっと私が説明してきますね」と、ティトゥから今までの調査結果から機材までの一切合切を借り受け、意気揚々と聖都に戻って行ったのである。
調査結果も無ければ機材も無い状態では索敵飛行を続けることは出来ない。
こうして仕方無く、調査は中休みとなったのであった。
「せっかく島民の方達とも知り合えたばかりでしたのに」
ティトゥはボソリと呟いた。
「島民の方、ですか?」
「ええ。マリエッタ様はご存じありませんの?」
逆にティトゥに尋ねられ、マリエッタ王女は思わず二人の姉の方を見た。顔を見合わせる第六王女パロマと第七王女ラミラ。
どうやら二人の姉も知らない様子である。
「あの、詳しい話を聞かせていただけませんか?」
「ええ、良いですわ。あれは先週の事でした」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「綺麗な島ですわね」
いつもの洋上飛行の最中に私はつい声を上げてしまいました。
それほどその小さな島の海岸は一面美しい砂浜だったのです。
そうして興味深く眺めていたからなのでしょう。私は海岸近くの木の下に小さな人影を発見したのでした。
「! 子供ですわ! ハヤテ、あそこに子供がいますわ!」
『本当だ! ひょっとして遭難者?!』
幸い何とかハヤテが着陸できそうな砂浜だったようです。ハヤテは私を乗せてその島に着陸しました。
「トリ?! ヒト?! オンナ?!」
小さな少女はハヤテから降りた私を見て、目を丸くして興奮しています。
私のスカートが珍しいのでしょうか? あちこち掴んではバサバサと捲り上げます。
ええと、この子は本当に漂流者なんでしょうか?
肌の浅黒い痩せた小柄な少女の話す標準語は、何だか少し不自由な感じでした。
はるか昔、今は滅びた大ゾルタ帝国がこの大陸を統一していた時に、大陸の言語は標準語に統一されました。
こんな片言の標準語はハヤテ以外では聞いた事がありません。
ひょっとしてこの子は、言葉もろくに喋れないほど幼い頃にこの島に流れ着いたのでしょうか?
いえ、あるいは遭難者では無いのかもしれません。
「ティトゥ! ヒト!」
ハヤテの声に振り返ると、そこには茂みの奥から現れた男性の姿がありました。
上半身裸の若い男性で、手には藪漕ぎに使うのでしょうか、石で作られた鉈のような物を持っていました。
「パパ! ヒト! トリ! オオキイ!」
私のスカートから手を離した少女が、男性の下に走り寄って抱き着きました。
どうやら男性は少女のお父様のようです。
男性は娘を抱き上げると、私にニッコリとほほ笑みました。
「島ノ外カラ人、来ル、珍シイ。僕、ククト、娘、リリア」
ククトと名乗る男性はこの島の島長の息子との事でした。
この島には50人ほどの島民が一つの村を作って暮らしているそうです。
私はリリアの誘いを断り切れず、彼女に請われるまま、彼らの村に招待されることになりました。
彼らの村はほんの少し、林に入った所にありました。
こんなところに村があったんですね。空から見た時には全く気が付きませんでした。
彼らの家は木で造られた物・・・と言っても壁も屋根も無い柱だけの開放的な造りで、そこに屋根代わりに大きな葉っぱを引っかけただけの素朴なものでした。
しかし、清潔感があってこれはこれで過ごしやすそうです。
余程来客が珍しかったのでしょう。私達の周りには次々と島民が集って来ました。
彼らは愛想良く、手にした果物なり何なりを私に渡してくれます。
私の両手はあっという間に沢山の荷物を抱えることになってしまいました。
「もういいですわ。これ以上持てませんもの」
「客、モテナス、客、珍シイ」
私は悲鳴を上げますが、それでも彼らは次々に集まり、次々に私に食べ物を渡してくれます。
ちゃっかりリリアもおすそ分けを頂き、嬉しそうに頬張っていました。
私の方を振り返って満面の笑みを浮かべる彼女に、私は少し恨めしそうな目を向けました。
ククトさんは笑いながらそんな私達の様子を眺めていましたが、いつまでも私から離れない村人に手を振って追い払いました。
「客、困ル、海岸、客ノ鳥、贈リ物、渡ス」
どうやら残りの贈答品はハヤテの所に届けるように言ってくれたようです。
私はホッとすると共に、どうせならもっと早く言ってくれたら良かったのに、と、少し恨めしく思いました。
ククトさんとリリアの家は村の中では比較的大きな建物でした。
二人に続いて中に入ると、ククトさんより少し若い女性が私を出迎えてくれました。多分リリアの母親でしょう。
リリアは母親に駆け寄ると抱き着きました。
「客、モテナス、食事、宴、用意」
ククトさんの言葉に私は驚きました。
彼らは私のために宴会を開いてくれるつもりのようです。
まさか会ったばかりの私のためにそこまでしてくれるつもりだったとは。
予想外の言葉に私は慌てて手を振りました。
「いえ、そこまでして頂かなくても結構ですわ。それに夕食までには屋敷に戻らなくてはいけませんの」
リリアは「帰る」という私の言葉にしょんぼりしました。
そんな顔をされては私も心が痛みますが、屋敷ではマリエッタ様達が私達が帰るのを待っているのです。
ハヤテは決して夜には飛びませんし、今から宴に参加していてはこの村に宿泊することになってしまうでしょう。
結局、私は再三引き留めようとする島民達に申し訳なく思いながらも、ハヤテと共に島を後にしました。
ハヤテの中は島民達に贈られた果物でいっぱいになっていました。
ハヤテの体が傾く度にそれらがゴロゴロと転がり、甘く熟れた果物の良い匂いが漂いました。
「たくさん歓迎されてしまいましたわ。あんなに来訪者に親切な人達もいるのですわね」
歓迎されすぎて逆に気疲れするくらい。
「サヨウデゴザイマスカ」
・・・何だかその返事だと馬鹿にされているような気もしますね。まあ良いですわ。
「今度は時間がある時にもっとゆっくり訪れてみたいですわ」
その時にはリリアに何かお土産を持って行ってあげるのも良いかもしれません。
喜んで飛び跳ねる彼女の姿を想像して私はほっこりとしました。
「サヨウデゴザイマスカ」
「・・・貴方、それ言っていれば良いと思ってませんわよね?」
私が睨み付けると、ハヤテは黙ってごまかそうとしました。
こうして私を乗せたハヤテは、いつもより少しだけ遅い時間にエニシダ荘に到着したのでした。
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私は話を終えるとお茶で喉を潤しました。
マリエッタ様とお二人の王女様方は、何とも言えない困り顔で私の事を見ていました。
「あの・・・お姉様、その島民達とはもう会われない方が良いかと思います」
何でしょうか? マリエッタ様にしては珍しく、何やら言い辛そうにしています。
「きっとその島は人食い族の島だと思います」
ブフ――ッ!
私は思わずお茶を噴き出してしまいました。
お茶が気管に入って咳き込む私に、慌ててメイドがハンカチを差し出します。
そ、そう言えば・・・
私はリリアの家に並べてあった小さな壺を思い出しました。
食べ物が入っているにしては中途半端な大きさだし、同じ物がいくつも並べてあるのも不自然だと気になっていたのです。
ちょうど人の頭がスッポリと入る大きさでしたし、あれってまさか・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇
ランピーニ聖国から遠く離れた海には、人食い族の住む島があると言われている。
ある種の都市伝説のような話だが、この国の者なら子供でも知っている有名な話である。
結局、あの日、ハヤテとティトゥが降り立ったその島が人食い族の島だったのかどうかは分からない。
ティトゥは二度とハヤテにその島に行かないように命じたからである。
ハヤテはティトゥの突然の心変わりを不思議に思いながらも、特に反対する理由も無かったので素直に彼女の言う通りにしたのであった。
この話で通算100話目を迎えることができました。
初投稿の拙作であるにもかかわらず、多くの人の支持を受けてここまで続けることが出来た幸運を非常に嬉しく思います。
これからもこの作品を楽しんで頂ければ幸いです。
次回「王城のモニカ」