その15 レブロン買い出し紀行
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ここはランピーニ聖国の田舎領地エニシダ荘。
今、ここの屋敷はミロスラフ王国から竜 騎 士を賓客として迎え入れていた。
「メイド長! 大変です!」
一人の使用人が初老のメイド――メイド長のマルデナに駆け寄った。
使用人から話を聞いてメイド長はサッと顔色を変えた。
「何ですって! どうしてそんなことに?!」
「初日の騒ぎで傷んだ食材が出ていたらしく、気が付いた時には既に・・・」
難しい顔で考え込む二人。しかし良いアイデアは出なかった。
「仕方がありません。本来あってはならないことですが、お客様に相談してご理解頂きましょう」
メイド長の決断で、この話はティトゥの下にもたらされることになるのだった。
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「それって買い出しに行くってこと?」
今日は洋上索敵飛行の休息日。
僕はギラギラと照り付ける太陽を浴びて、無駄に機体の表面温度を上昇させている最中だった。
単なる日光浴だけど、一応は機内の殺菌も兼ねているつもりだ。
ちなみに僕付きのメイドのモニカさんは、王城への報告のために一時聖都に里帰り中? である。
ティトゥのメイド少女カーチャは、頼れる上司の不在に微妙に身の置き場が無さそうにしている。
というか、本来は君もお客様のはずなんだけど、皆そのことを忘れていないかな?
『ええ。屋敷の食材が痛んでしまったそうなのですわ』
ティトゥの説明によると、初日に僕がこの庭でなぎ倒したあれこれの中に食材もあったのだそうだ。
無事なものはそのまま使われることになったものの、そのことで一見無傷な物の中に悪い食材が混ざってしまうことになった。
塩漬けの肉の樽の中に水が混ざり、底の方から悪くなってしまったのだ。
『その食材が他の食材も悪くしてしまったそうなのですわ』
ああ、なるほど。暑い季節だと食材の傷みも早いよね。
流石に今日のご飯も作れないほど切羽詰まった状況ではないそうだが、追加の物資が届くまで食事に不自由する事が今朝メイド長からティトゥに伝えられたのだと言う。
まあ、この屋敷って結構な使用人の数だから一日の食事の量も馬鹿にならないよね。
で、その話を聞いたティトゥは自ら買い出しを申し出たのだという。
でもティトゥ。君、知らない外国の町で買い物なんて出来るの?
『ラダ様のレブロンの港町まで買いに行きますわよ』
ああ、なるほど。その手があったか。
一瞬、ティトゥの実家のあるマチェイまで飛んで帰るつもりなのかと思った。
まあ僕ならそれも可能だが、どうせなら近場で済ませる方が良いよね。
『カーチャ、貴方は』『わ・・・私もご一緒させて下さい!』
食い気味に訴えるカーチャとイヤそうな顔をするティトゥ。
上司のモニカさんという保護者を無くしたカーチャは、一人で屋敷に残されるのが不安なのだろう。
ティトゥは・・・あれだ。ここに来た時のイヤな経験を思い出したのに違いない。
結局はティトゥが折れ、僕は久しぶりに二人を乗せて数日ぶりのレブロンの港町へと向かうことになったのだった。
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「くそったれ! 騎士だけじゃ人手が足りねえ! このままだと町まで火が燃え広がっちまう!」
「町民が消火活動に協力してくれていますが・・・あまり効果が上がっていません!」
レブロンの港町を預かる代官、メルガルは煤で黒くなった顔を歪めた。
メルガルは町民の消火活動に最初から期待はしていなかった。今まで彼らはそんな訓練などしたことが無いのだ。今でも各々が勝手に火に水をかけているだけに過ぎなかった。
それでもやらないよりはましと、多くの町民が自分達の町を守るために消火活動に参加していた。
(火勢が不自然に強すぎる。海賊共の仕業か? 何せ伯爵夫人はあいつらに心底恨まれているからな)
恨みつらみはお互い様だが、今はそんな事を言っている場合ではない。火を消すことが先決だ。
メルガルは汗でじっとりと湿った服を不快に感じながら、町を燃やし尽くそうとする炎を睨みつけた。
火の手が上がったのはつい先ほどのことだ。
火元は港の倉庫の一角だと思われた。
幸い海に近い場所ということもあり、豊富にある海水で火はすぐに消し止められるだろう、と当初は考えられていた。
ところが予想以上に火勢は凄まじく、火はあっという間に倉庫街を飲み込み、ついには町にまで高く舞った火の粉が落ちるほどになったのだ。
このままでは町の建物に火が燃え移るのも時間の問題だろう。
「建物の取り壊しはどうなってる?!」
「所有者の協力が得られないために、思うように進んでいない状況です」
伯爵夫人に恨みを抱いているのは何も海賊だけではない。
後ろめたい商売をする商人達の中にも彼女を恨む者は多い。
そんな彼らが夫人の懐刀と呼ばれるメルガルに素直に協力するはずは無かった。
「クソが! 町にまで火が回ればテメエらの屋敷だって燃えちまうだろうが! 自分達だけは無事に済むとでも思ってやがるのか、あの馬鹿共が!」
「メルガル様! あれを!」
「今度は何だっつーんだよ! チクショウめ!」
代官メルガルの目に入ったのは空を飛ぶ大きな翼だった。
予想外の光景にメルガルはポカンと大口を開けて呟いた。
「ハヤテ・・・殿?」
ハヤテは翼を翻すと火に向かって一直線に降下した。
メルガルはかつて港でこの光景を見たことがあった。
「危ねえ! みんな伏せろ!」
ズド―――ン!
メルガルの叫びと共に腹に響く轟音がとどろき、バラバラと火のついた材木が舞い上がった。
頭から火の粉を被った者達があちこちで大騒ぎをしている。
メルガルも慌てて体に落ちた火と土を払った。
「メルガル様! 火が! 炎が弱まっています!」
部下に言われるまでもなくメルガルも気が付いていた。
ハヤテの爆撃は一番火勢の強い建物を木端微塵に吹き飛ばし、その衝撃で周りの火も消し飛ばしたのである。
先程まではこの場に立っているだけでも、炎にあぶられて息苦しいほどだったが、今では海からの風すら感じられるようになっていた。
ドラゴンだ! ドラゴンが助けてくれたぞ!
あちこちで声が上がった。
「ケガをした者がいたら周囲の者が手を貸してやれ! 元気な奴はもうひと踏ん張りだ! 火はもう大して残っちゃいねえぞ!」
「「「「おおーーっ!!」」」」
メルガルの言葉に周囲の者達から雄叫びが上がった。
こうしてしばらく後、火事は無事に消し止められることになるのであった。
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僕は翼を翻すとレブロンの港町に隣接するレブロン伯爵領砦へと戻った。
ここに来た時に僕がお世話になっていたあの砦だ。
そこで待っていたティトゥとカーチャが僕を出迎えてくれた。
『どう、ハヤテ。上手く行った?』
ティトゥが待ちかねたように僕に聞いて来た。
う~ん、どうだろう。多分大丈夫だと思うけど。
二人を乗せて町の近くまで来た僕は上空から港の煙を発見した。
慌ててこの砦に着陸した僕は、二人を降ろすと共に急いで爆弾を懸架。
港を目指して飛び立った僕は、一番火勢の強い建物を目掛けて爆弾を投下したのだった。
昔、海外のニュースで爆撃で森林火災を消す映像を見たことがあったので、咄嗟にそれに倣ってみたんだけど、果たしてあれで上手くいっただろうか?
帰りに見た所、火の勢いは弱まっていたように見えたけど・・・
『しばらくはここで様子見かしらね』
青い顔をして気分が悪そうなカーチャは、明らかにその言葉にホッとしていた。
結局、僕達は昼を過ぎるまでこの場で足止めをくう事になったのだった。
しかし、待ったかいはあった。
いつものオシャレな恰好を煤で真っ黒にした代官君が飛び込んできて、満面の笑みで無事に消火が終わったことを報告してくれたのだ。
彼は嬉しそうに僕の協力に感謝の言葉を述べた。
煙にやられたのか真っ赤に充血した目と、真っ黒な顔の中でそこだけこぼれる白い歯がやけに印象的だった。
僕が褒められているのが嬉しいのか、ティトゥも誇らしげな顔をしていた。
『・・・スゴイ量ですね』
『黙っていたらどんどん詰め込まれたんですわ』
『・・・生臭くて気分が悪くなりました』
ここはエニシダ荘の中庭。
僕達は日が傾くころには無事に戻って来ることが出来た。
びっしりと詰め込まれた食材に呆れ顔のマリエッタ王女。
そしてカーチャ、君はいつも匂いとか関係なく気分が悪くなっていると思うよ。
代官君はティトゥがレブロンの港まで食材を買い出しに来たことを聞くと、僕達のために砦の食糧庫を解放してくれたのだ。
レブロン伯爵領砦は町の食料備蓄施設でもあったようで、砦に残っていた人達がまるで巣に食料を運ぶ蟻のように次々と僕の中に食材を詰め込んでくれたのだ。
あれ? そういえばティトゥはいつ食材の代金を払ったんだろう。
まさか払い忘れたなんてことはないよね?
『流石はハヤテさんです』
何が流石なのかは分からないが、マリエッタ王女の言葉に満足そうに頷くティトゥ。
まあ問題が無いならそれでいいか。
ちなみにこの後、王女に呼ばれてやってきたメイド長が、僕の前に山と積まれた食材に目を白黒させることになるのだった。
次回「ティトゥと人懐っこい島民達」