その14 ドラゴンルール
本日2話目です。読み飛ばしにご注意下さい。
次回は明日の朝7時に更新します。
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ここはランピーニ聖国モンタルボ。エニシダ荘と呼ばれる屋敷の中庭の片隅にはポツンと日よけのパラソルが立てられている。
その下では銀色の髪を持つ愛らしい少女が赤い髪の侍女とテーブルでジェンガを遊んでいた。
ランピーニ聖国第八王女マリエッタとその侍女ビビアナである。
「あっ! ハヤテさんが戻ってきました!」
王女の耳に空の向こうからヴーンというドラゴンのうなり声が届いたのだ。
ジェンガのタワーが崩れるのもそっちのけでソワソワと空を見上げるマリエッタ王女。
黙って散らばったジェンガのブロックを片付けると、お茶の準備をするために席を立つ侍女ビビアナ。
やがて夏の日差しを浴びてキラリと光る飛行物体がエニシダ荘へと舞い降りるのだった。
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『お帰りなさいティトゥお姉様!』
『ありがとうございますマリエッタ様。でもお屋敷の中で待っていて下さってもよろしいのですわよ?』
『それだとハヤテさんにご挨拶出来ませんから』
いつものように洋上索敵飛行を終えて、宿泊先となっているエニシダ荘へと帰ってきた僕とティトゥは、マリエッタ王女の出迎えを受けていた。
何だか嬉しい事を言ってくれているけど、わざわざ庭で待っていた理由ってほとんどティトゥのためだよね?
ティトゥや僕付きのメイドのモニカさんの話を総合すると、どうやらマリエッタ王女と金髪縦ロール姉妹はティトゥを取り合っている状態なんだそうだ。
なんだそりゃ? ティトゥ、君、他国の王女を相手に一体何をやってるのさ?
そんなギスギスした空気に耐え兼ねたティトゥは、僕と仕事に逃げるようになってしまった。
自分達が避けられていることに気が付いて慌てた王女達。
この非常事態に彼女達は互いの感情を乗り越えて直ちに話し合いの場を作った。
こうして彼女達は休戦協定を結び、このエニシダ荘を緩衝地帯と定め、交代でティトゥのお相手をすることにしたのだった。
ちなみに僕を苦手とする金髪縦ロール姉妹は決してこの中庭には入らないため、ここではマリエッタ王女がティトゥを独占することが出来る。
素直で可愛いマリエッタ王女だがそこは流石に王族。ティトゥのことに関しては中々にしたたかな所を見せる少女なのだった。
ティトゥと楽し気にお茶をするマリエッタ王女。
二人のお世話はマリエッタ王女の侍女のビビアナさんがやってくれている。
僕付きのメイドのモニカさんとティトゥのメイド少女カーチャは、今日のティトゥのお仕事の後片付けである。
とはいえ明日は飛行予定は無いので、ちゃんとした整理は明日、ティトゥを交えて行う事になるだろう。
おやっ?
『何か気になる事でもありましたか?』
僕の僅かな変化も見逃さず、メイドのモニカさんが尋ねて来た。
とはいえ別に隠さなければいけないような事でもないけどね。
「あれってジェンガじゃないかな?」
『? ああ、”竜と塔”のことですね』
え? 何その名前。凄く気になる。
モニカさんの説明によると”竜と塔”は木の棒を組み合わせた塔を使ったブロックゲームなんだそうだ。
先ず、プレイヤーは”竜”と”人間”に分かれる。
”竜”は塔から棒を抜き、”人間”は抜かれた棒を塔の上に積み重ねる。
つまり、塔を造る”人間”とそれを邪魔する”竜”のイタチごっこ、という設定だ。
それを交互に繰り返してどちらかのプレイヤーが塔を崩した時点でそのプレイヤーは負けとなる。
――て、やっぱりジェンガじゃん。
『私はこの遊びを知りませんでしたが、ハヤテ様の世界にも同じような遊びがあるんですね』
そう言って感心するのはメイド少女のカーチャである。
まあ多少ルールは違っているけどね。
ジェンガは抜いた棒を自分で塔の上に乗せるからね。
『知らないのも無理はありませんよ。元々は貴族のご婦人方が会話の間の手慰みに遊ばれるものですから。それにどちらかと言えばあまり流行っている遊びとは言えませんしね』
ふむ。確かに、このルールだと”竜”側が不利だし、ゲームとしては刺激が足りないだろうな。
僕が少し考え込んだのに気が付いたのだろう。モニカさんが尋ねて来た。
『何か思いついたのですか?』
思いついたという訳でもないけど・・・まあいいや。
「僕の遊んでいたルールでやってみる?」
『ハヤテも同じような遊びをしたことがあるんですの?』
『ドラゴンと人間が同じ遊びをしていたなんて興味深いですね』
ティトゥとマリエッタ王女にも集まってもらって、今から「チキチキ第一回 ドキッ! 美少女だらけのジェンガ大会」の始まりである。
ルールは簡単。通常のジェンガ同様、抜いた棒は本人が積み上げる事、そしてその本数はランダムで決める事、それだけだ。
『こちらにサイコロを用意させて頂きました』
ルール自体はすでに、メイドのモニカさんからみんなに伝えてもらっている。
『ではまず私から行きますわ』
僕が遊んでいたルールということもあってか、ティトゥが真っ先に手を上げた。
『えいっ!』
『2ですね』
まあ無難なとこだね。
ティトゥは危なげなく棒を抜くと塔の上に乗せた。
そしてそれをもう一度繰り返した。
『では次はマリエッタ様』
『わ・・・私ですか? 分かりました』
成功した者が次の相手を指名することが出来る。
何で決まった順番じゃないのかって?
そんなの金を賭けて遊んでいたからに決まっているじゃないか。
これは僕が大学時代に仲間とやっていた遊び方で、当時僕達は各々目の前に100円玉を積み上げてプレーしていた。負けた人間は全員に100円玉を一枚ずつ払うのだ。
つまりこれは一人勝ちしている人間が狙い撃ちされるように作られたルールなのだ。
ちなみに一ゲーム100円を玉イチと言い、一ゲーム100円玉二枚の玉ニ、同三枚の玉サンと、よりギャンブル性の強いルールでも遊ばれていた。
『ああっ! また6が出ちゃいました!』
『カーチャ、貴方本当に運が悪いわね』
涙目のカーチャに呆れかえるティトゥ。マリエッタ王女は苦笑いだ。
プルプルと震える指で慎重に棒を抜こうとするカーチャ。
あー、そこを抜きますか。そこは死んでますよ。
『ああっ!』
予想通り、塔はグラリと揺れるとそのまま倒れる。
『ああ・・・倒れてしまいました』
『サイコロの目が悪いと一度に何度もやらなければいけないので疲れますわね』
『そのせいかしら。決着が付くのがいつもより早い気がします』
まあ、僕達はこのルールで金を賭けて遊んでましたから。
一度棒に触れたら他の棒に変えてはいけない、とか、一度触れたら抜くまで指を離してはいけない、とか時間短縮ルールを作ってガンガン回してましたから。
この後、彼女達は数回プレーしたものの、僕のジェンガルールにはいまいちピンと来なかったようだ。
結局、この遊びはあまり盛り上がらないうちに、いつの間にかお喋りの時間にシフトしてしまった。
和気あいあいとした少女達には僕のルールは尖り過ぎだったのかもしれない。
こうしてこの日のお茶会はお開きとなった・・・のだが。
最後に見せたメイドのモニカさんの含み笑いが何だか気になった僕であった。
『ハヤテ様。ドラゴンルールのことでお話があります』
数日後、僕は珍しく初老のメイド長マルデナさんの訪問を受けていた。
というか、ドラゴンルールって何ぞや?
詳しい話を聞くとどうやら僕の教えたジェンガルールを使った賭け事が、この屋敷の使用人達の間で爆発的なブームになっているのだそうだ。
その時僕の脳裏をよぎったのはあの時のモニカさんの含み笑いだった。
これ、彼女にやられた。
モニカさんはティトゥ達が遊んでいるのを見ながら、このルールは賭け事のために作られたものであることをちゃんと見抜いていたのだ。
そして彼女は使用人達を相手に、自分が胴元になって賭場を開いたのだ。
なにせ周囲に何もないエニシダ荘だ。夜ともなれば使用人達が暇を持て余してしまっていることは容易に想像がつく。
『モニカには十分注意しておきました。集めたお金も持ち主に返すよう言ってあります。それより貴方にはご自分の言動に注意を払って頂きたいのです。ドラゴンである貴方には分からないかもしれませんが人間の心は弱いもので、容易く誘惑に流されてしまうものなのです。貴方も人の世で生活をする以上、そのことを十分に理解した上で・・・』
僕に対するメイド長のお説教はこの後も延々と続いた。
ちょっとした思い付きのはずが、どうしてこうなったし・・・
ちなみにこのドラゴンルール。後に聖都に帰った使用人達がそこで広めたことで王城の人達の間でちょっとしたブームになってしまう。
そのことを重く見たランピーニ王家は”ドラゴンルール禁止令”を出してこれを厳しく取り締まる事になるのだが・・・
ねえ、これって僕が悪いわけ?
次回「レブロン買い出し紀行」