その7 明けない夜はなかった
恐怖の一夜が明けた。
こんなに太陽を見て嬉しかったことはない。
長かった・・・。僕頑張ったよ。
引きこもり中は徹夜なんて普通だったけど、星空の下の徹夜は精神的にキツかった。
泣くことの出来る身体なら絶対に泣いていたよ。
こんな目に合わせたあの女だけは絶対に許さない。
なんとしても復讐してやる。そう固く心に誓った。
予想通りこの森には危険な生き物どころか、大型の動物すらいなかったようだ。
一度ウサギだか野生の猫だか、その手の小動物が池に水を飲みに来ていたが、遠いし暗くて良く見えなかった。
森に響いた鳴き声の種類から考えて、他にもまだ生き物がいるのは間違いないのだが、僕の姿を警戒したのか他の生き物の姿を見ることはなかった。
ファンタジー世界にありがちな、ゴブリンとかそういった存在を心配していたのだが、幸い杞憂に終わったようだ。
ドラゴンもいるみたいだし、モンスターがいてもおかしくはないだろうけど。
しかし、嬉しい発見もあった。
その発見もあって僕は今興奮している。
以前「少し気になることもある。」と言っていたのを覚えているだろうか?
一晩かけてそれがついにハッキリしたのだ。
どうやら今後燃料の心配をする必要はなさそうだ。
ーーもう一度言おう。
燃料の心配はいらない。
マジですか!? ええ、マジですとも! 昨日からこっち、散々な目にあってきたけど、こんなに嬉しいコトはないよ!
どうやらこの身体はエンジンを切ってじっとしていると、少しずつ燃料タンクに燃料が補充されていくようなのだ。
スマホのゲームのスタミナかよ。
昨日エンジンをかけた時、着陸した時よりほんのわずかだが、燃料計の数値が多いように感じたのは間違いじゃなかったようだ。
自分の命に係わる数字だからね。かなり気にしていたんだよ。
燃料計を信じるなら、大体1日じっとしていればほぼ満タンまで回復する計算になる。
正確に言うと満タンになるのには25時間かかる。
1時間当たり4%。タンクの正確な容量が分からないのでこの数字が多いか少ないかは分からないが、何もない所からガソリンを生み出しているんだ、魔法のような、というよりこれは魔法に間違いないだろう。
空気中に含まれる水分を取り出すことができても、何もない所から石油を生み出すことなんて地球の化学でだって不可能だからね。
タンクが満タンになったせいだろうか。なんだか気持ちが前向きになってきた。
燃料=残りの命 状態だったんだから仕方ない。
燃料満タンでどのくらい飛べるのかは分からないが、何も太平洋を横断しようというわけじゃない。
陸上なら燃料が空になる前に適当な場所を探して着陸して、そのまま身を隠していれば1日待てばまた飛ぶことができるんだ。
時間さえかければ大陸の端から端まで飛ぶことだって不可能じゃない。
会話は出来ないが幸い相手の話している内容は分かるんだ。いずれはこの状況を何とかする有効な情報も手に入るかもしれない。
まずは自分に今起きている事を知る。そして最終的にはどうにかして元の地球に帰る。
普通に考えればそんなことは出来っこないが、魔法という未知の存在がある以上、この時点で出来ないと決め付けるのは早すぎる。
希望を持ちすぎると裏切られた時にショックも大きいが、どんな目的でも無いと行動を起こすことができない。引きこもりだった僕はそのことを誰よりも良く知っている。
買わない宝くじは当たらない。今は無駄に思えても前進あるのみだ。
と、前向きになったはいいが、現状の僕はロープで木に結びつけられている身。どうする事も出来ないのだった。
やはりあの女、許さない。
復讐するは我にあり。
『良かった! ちゃんといましたわ!』
太陽もぼちぼち上りきったころ、今の僕の恨みを一身に背負うご本人がメイド少女を引き連れてやってきた。
二人とも服装は昨日と同じ。
折角の美少女なのに服やお洒落にこだわりはないのだろうか?
昔は服も高価だったと聞く。お嬢様とはいえ普段着はあまり何着も持っていないのかもしれない。
ちなみに計器盤に付いている時計によると今は10時半だが、ちゃんと現地の時間に対応しているのかは分からない。
しばらくは様子を見る必要があるだろう。
『今朝は食事を持って来ましたの』
ティトゥは今日もご機嫌だ。いや、友好的に接することで僕のご機嫌を取ろうとしているのかも。
連れているカーチャの不安げな表情で色々台無しだが。
もちろん昨日無断で木につながれた僕は、食事などで機嫌を良くしてやるつもりはない。
そもそも食事のいらない身体なのだ。だからトイレにも行かない。
昭和のアイドルか。
さて、僕は彼女に復讐してやる、と誓ってはいるが、流石に20mm機関砲でハチの巣にしてやるとまでは思っていない。
せいぜい、派手にエンジンを吹かしてビックリして池に落ちればいい、とか、プロペラの風圧で派手にスカートをまくり上げてやる、とかその程度のことしか考えていない。
要は「いい気味だ。ざまあみろ。」と僕が思えれば良いのだ。「復讐」というよりかは「仕返し」かな。
ひょっとしてエロい復讐とか期待していた方がいましたか? 申し訳ない。
僕、基本ヘタレなんで。
エロい復讐? そんなのないない。ドン引きっすわ。
昨日ですっかり慣れたのか、ティトゥが無警戒に僕に近づいて来た。
ここにいるのが復讐鬼とも知らず、いい気なものだ。
しかし、仕返しをするにあたって、まずは身体の自由を取り戻さなければならない。
怒るティトゥをしり目に、「あばよ、とっつぁーん」とばかりに颯爽と飛び去ってこそ美しい仕返しの完成形と言えよう。
「きいいっ! 良くも私に恥をかかせてくれたわね、お待ちなさーい!」とか言わせたらなおのこと良し。満点だ。
その目的のため、今この瞬間僕は従順なドラゴンを演じてみせよう。
『さあお食べ』
そう言ってティトゥがその手に持って差し出してきたのは1本の人参だった。
「馬かよ!」
通じないと知ってても思わずツッコむ僕。
突然のドラゴンボイスにビビるメイド。
ゴメン。君が悪いんやないんや。かんにんしたってや。
『気に入らなかったのかしら・・・?』
言葉が通じないなりに、僕の声で否定されたことが分かったのだろう。
ティトゥは人参をしまうと、細い顎に人差し指をあてて考え込んだ。
というか、もし仮に人参がドラゴンの好物だったとしてもだ、全長10mの身体に人参1本はないんじゃない?
『お肉の方が良いのかしら?』
するとティトゥは何を思ったかおもむろに上着の袖をまくると、腕を僕の方に突き出した。
『さ・・・さあ、たんとお食べ』
『ティトゥ様!!』
「食わねえよ!!」
『2本あるんだし・・・1本くらいなら・・・』
三人の声が混ざり合う。
真っ青になったカーチャが慌ててティトゥにしがみつく。主人の驚愕の行動にドラゴンに対する恐怖を忘れたようだ。
「つーか、何考えてんだよお前! 発想が怖いよ! ありえないよ!」
叫ぶだけでピクリとも動かない僕に、腕に食らいつく気が無いことを察したのか、ティトゥはカーチャに引きずられるままに僕から距離を取った。
カーチャは急いで主人の袖を戻し、ちゃんと腕がついていることを確認するように何度も服の上からさする。
『ああ良かった・・・ 本当は少し怖かったの』
ティトゥの声は震えていた。
元々白い顔だが、今は病的に青ざめていることに気が付いた。
身体も震えているようだ。
・・・ていうか、そんなに怖いなら、何であんなことしたんだよ。信じられないよ。
すっかり毒気を抜かれてしまった僕は、もう仕返しをする気を全然無くしてしまっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
今、港から一艘の大型船が兵士を限界まで詰め込んで出航しようとしていた。
目指すは国境を接する隣国ミロスラフ王国。
ティトゥの家、マチェイ家のある王国である。
次回「我復讐を完遂せり~ミッションコンプリート~」