依頼(クエスト)受注
宮司さんのカッコイイ御祈祷シーンはカットです。
それはもう、未来永劫限りなくカットなのです。
小規模ながらも神事らしい厳かな雰囲気の中、御祈祷は終わりを迎えました。
僕は宮司さんの勧め通りに、射の者の暗視を、瑞葉さんは祈の者の治癒をそれぞれ授かりました。
御加護は依頼を受託した後に有効となるらしく、今はまだその効果の程を実感できるわけではありません。
「瑞葉さんは、治癒の祝詞はもう覚えているのですか?」
「治癒は祈の者の基礎だからねぇ。そうと決めてからでも、十分覚えられる程度だったよ。憑の者の技能で補佐するような退魔士は、まぁ単純に努力不足さ」
あの短い間にも、瑞葉さんには退魔士として水をあけられてしまったようです。
僕は努力の及ばぬ暗視を得ましたが、これはあくまで宮司さんの言うところの「生き残るための技能」です。
今の僕には射の者として扱うことになるであろう弓の腕はもちろん、それ以前に弓を引く力も不足しているに違いありません。
やはり、まずは簡単な依頼でお布施を貯めて様々な御加護を少しずつ授かっていくことが肝要です。
その間にも自身の鍛錬を怠ることなく、倹約にも努めなければなりません。
「んじゃまぁ、ちょいと依頼をこなしに行くかねぇ」
そう、まずは依頼です。
駆け出しの退魔士は御加護も少なく、とっさの事態に対応できずに命を落とすことも多いと聞きます。
もちろん組合でも不相応な難度の依頼は受けさせないようですが、文面からの見立て以上に厄介な案件が混じることがあるのも事実です。
僕は……
「あの、瑞葉さん」
「あん?」
迷いなく受付へと向かっていく瑞葉さんを呼び止めました。
彼女は確実に、今の僕よりも強い退魔士です。
体格も、心構えも、そして技能への理解も。
これを恥とは思いません。まずは今を生き残るために動くのです。
「その依頼、一緒にやらせてもらえませんか!」
それが女性を頼るという情けないことであっても、背に腹は変えられません。
いずれは逆に助力できるようにもなってみせますが、今は頭を下げて、ただ願うばかりです。
「はぁ……与平、そりゃなんかの冗談かい?」
溜息に続く、呆れたような声。
そう言いたくなる気持ちもわかります。今、瑞葉さんの目に映る僕のどんなに惨めなことか。
悔しさに奥歯を鳴らし、拳も砕けよとばかりに握り締めずにはいられません。
「いえ、僕は本気でお願いを……」
「そんなのは一緒で当然じゃないか!」
と、半ば怒声をあげるように言い放ち、瑞葉さんは僕の頭に拳骨を降ろしたのでした。
「今更になって梯子を外す馬鹿があるかい? ましてや与平、お前さんはまだガキだ。それを見送って万が一にも死なれたら、寝覚めが悪いなんてぇもんじゃないよ」
頭を襲う痛みよりも鋭く、瑞葉さんの言葉が胸を刺します。
まだガキだ、と。そう言って笑う瑞葉さんですが、それだけではここまで世話を焼くようなことはないでしょう。
およそまず間違いなく、それは瑞葉さんの性格ゆえのことだと思います。
僕は、そこに付け入るような真似をしてしまいました……彼女の優しさを侮辱したのです。
「……すみません、瑞葉さん」
「あん? 何を気にしてんのか知らないけどさ、あたしだってあんたを上手く使うつもりなんだから覚悟しなよ」
それをわかっていながら、なおも笑顔で。瑞葉さんは颯爽と歩みを再開しました。
こんな時に悪戯っぽくなるなんて、とてもではないですが適いません。
「ほら、雑多な依頼は待ってくれるが、美味いもんは誰かに取られちまうんだ。さっさと行くよ!」
「はいっ!」
瑞葉さんは優しくて、芯が強い、とてもかっこいい人です。
これがゾウ兄の言っていた、江戸の女性の魅力なのでしょうか。
彼女たちに相応しい男にならなければいけない、と手紙でも締めくくっていたゾウ兄の気持ちが、今ならよくわかります。
僕も、男を磨かなければいけません。そうでなくては、彼女の粋に応えることができませんから。
「ところで瑞葉さん、依頼はどこで受けるのでしょう? 依頼人を待つということはないと思うのですが」
「あぁ、あっちに飾ってある奉納絵馬が全部依頼だよ」
「……えっ?」
粋なのは瑞葉さんだけではなかったようです。
絵馬の奉納とともに依頼を預ける。確かに願掛けと似ているかもしれません。
絵馬掛は解決、仕掛、募集の三種があり、解決と募集には沢山の絵馬が掛けられています。
今現在退魔士が動いている案件はさすがに他には劣るものの、それでも組合の規模を十分に知らしめるだけの数が飾られています。
「与平、字は読めるんだったね?」
「はい」
「それじゃあ手分けだ。まずは仕事場が江戸から出ない範囲で探しな」
瑞葉さんの言葉に肯いて、早速依頼を厳選しにかかります。
条件は、事の起こりが都の内であること。報奨金は二の次です。
江戸には定廻りもいますから、その中であれば危険が少ないという見立てでしょう。
豪快に見えてしっかり慎重派なところも瑞葉さんらしいです。
「チッ……さすがに駆け出しは商売敵が多いねぇ」
ですが、そこまで美味しい話が簡単に転がっているわけもありません。
僕たちのような駆け出しでなくとも、危険が少なくてそれなりの収益が見込めるような依頼があれば手に取るのは自明の理。瑞葉さんの要求を満たすような依頼は、それこそ中堅の箸休めのようなものということです。
「……瑞葉さん、これはどうですか?」
ですが、神様は僕たちを見捨てなかったようです。
やや奥まった位置に隠れていた絵馬を取り、瑞葉さんに差し出すと……
「長屋の連中が夜毎に弱っていくので調査解明を求む、か。銀十五匁たぁ悪くないねぇ」
どうやら合格のようで、目を細めて肯いてくれました。
いよいよ、僕たちの初仕事が始まります。
報酬の銀十五匁は享保の頃合なら2万円程度かなって。
信じられるか……これ、当時の長屋の家賃二か月分なんだぜ……
現代の都が高すぎなんだよバーヤ!
ルビ希望、感想などお待ちしてま~す。