職(クラス)と技能(スキル)は
与平君はついに最初の加護を得ることになりました
あの後、何が良かったのか瑞葉さんに肩を抱かれてしまいました。
盛大に笑いながら「よく言った!」と声を大にしていたので、少しは男らしいところを見せられたのだと思います。
こちらとしては、瑞葉さんから薫る匂いと柔らかさに身を強張らせるばかりでしたが。
「与平、あんたはどうしたいんだい?」
「僕は小さいですから、あまり力は出せないと思います。なのでそこを補うか、別の役割を見出すか……」
「術士になるつもりはないのかい?」
「そうですね。うまく扱えるかどうかわかりませんから」
そんな時を経て今、僕たちは初めての御加護を受けるべく目録を眺めています。
宮司様が準備を終えるまでに時間がかかるのでゆっくり決めていて構わないとのことでしたが、目移りしてしまって逆にお待たせしてしまうのではないかと不安です。
そして驚いたことに登録時の御祈祷は餞別であり、新米退魔士たちの前途を願う宮司様の計らいなのだと言います。
明日をも知れぬ身となった僕としては大変助かるのですが、少し心配な面も浮かんできます。
「それにしても、大判振舞いですよね。登録だけして恩恵を受けるような不届きな輩も現れそうなものですが……」
「依頼を受けてる間しか有効じゃないみたいだし、年季に見合った依頼を受けないでダラけてるような連中は加護の剥奪もあるみたいだねぇ。ほら、ここに書いてあるだろう? それと、加護を悪用して咎人となった場合は即刻打ち首だとさ」
「あ、本当ですね。咎はともかくとして、歴戦の退魔士ともなると相応の難題を定期的に受けなければいけないのですね」
「あぁ、それについてはこっちに書いてあるよ。一定以上の功績を納めている場合に限り、この期限を免除するものとする。また、一部の加護の恩恵を常時受けられるものとする。晴れて自由の身ってやつだねぇ」
瑞葉さんはすでにどんな御加護を賜るのか決めたようで、今はそれぞれの規定を注意深く読み進めているようです。
疑問が湧いた傍から解決されるので、やはりよく出来た制度なのだと思います。
「ん……悪いね、ちょいと外させてもらうよ」
「あ、はい。宮司様がいらっしゃったら伝えておきますね」
瑞葉さんが席を立って、いずこかへと足早に駆けて行きました。厠でしょうか。
宮司様もまだですし、今のうちに僕も御加護を決めてしまおうと思います。
まず、目録には大きく分けて四つの職が書いてあります。
それぞれの職にはさらに細かく技能が割り当てられており、同系統の技能から外れるとお布施が高くなる傾向にあるようです。こちらは、他の神様の技能を選ぶ場合には神様と言えど臍を曲げてしまわれるのだと説明されています。
一つ目は武の者。
槍や刀を手に、真正面から妖怪変化と斬り結ぶ者です。
頑健な肉体、高い持続力、そして甚大な膂力と言った、お侍様のような身体能力を得られます。
二つ目は射の者。
投擲や弓を用いて、やや離れた位置から狙い撃つ者です。
遠くの物事を見聞きする飛耳長目や、暗がりを見通す暗視など、知覚をより鋭敏にすることができます。
三つ目は祈の者。
特別な祈祷や御札を介して、自らの優位に戦況を動かす者です。
怪我を治す術や、火を操る術などを身に付けられますが、種別の多さゆえに使い手の技量が問われます。
そして最後が、やや特殊な憑の者。
武具を扱うための基本の術理や射線を確保するための足運び、祈祷の言葉の暗記など、本来であれば不断の努力によって獲得するところを、先人を身に降ろしたかのように再現できるようになるといいます。
憑の者についてはもう一つ特筆事項があります。
こちらは他の職と併用しても、お布施が高くなりにくいのだそうです。
そのため、多くの退魔士は武の者と憑の者といったように職を組み合わせて御加護を重ねていくそうです。
僕が惹かれるのはやはり、武の者です。
幸いなことに憑の者の技能には武具の手入れといったものもあります。駆け出しの僕にとってはもちろん、熟練の退魔士でも必修でしょう。
さすがに折れてしまうようなことがあれば無理でしょうが、そうでなければ同じ刀を長く使い続けることができます。これは活動に必要な資金を抑えることに繋がります。
また、鋤や鍬を振るのとはわけが違いますが、刀が体の延長として捉えやすいことも確かです。
そしてもし功績を積んだ暁には、肉体の御加護で農作業が楽になります。後々のことを考えれば、この恩恵はとても大きいと言えるでしょう。
しかし……射の者も捨て難い魅力があります。
最たる理由は、やはり瑞葉さんから聞いた名前の件です。その名にあやかって、という不純なものではありますが、縁というものは大事だと思います。
次いで、比較的安全であることも利点となるでしょう。
目録には、武の者は祈の者と組むことでより大胆に行動できると説かれています。裏を返せば、祈の者がいなければ危険だということです。
必ずしも誰かと共に行動できるわけではない以上、常に万全の状態で動けるか否かという差は大きいです。
射の者は妖怪変化と距離を置くため被害を被りにくい上に、暗所での活動や隠密行動にも長けています。個人での生存能力を見れば随一と言えます。
と、やはりと言えばやはりなのですが時間をかけすぎたようで、トントンと軽い足取りの音が響いてきました。
「いやぁ待たせ……ってなんだい、まだ決めてなかったのかい」
「おかえりなさい、瑞葉さん。つい迷いが先に出てしまって、すみません」
「仕方ないねぇ。そんなわけだから、もうちっと待たせるよ」
僕に対してではなく、瑞葉さんは肩越しにもう一人を見ながら言いました。
「構いませんよ。職と技能はいわば己の命を預けるものですから、慎重に選んでください」
これまで見たこともない衣服を身に纏った、宮司様です。
いえ、そもそも宮司様を見かけたこともないのですが……僕や瑞葉さんとはもちろん、お侍様方ともまるで違う、言ってしまえば奇妙なお召し物です。
それでも、宮司様の穏やかな微笑みや仕草の一つ一つからは清廉な神々しさを感じます。
「宮司様はお優しいねぇ」
「茶の湯では人の出会いは一期一会と言いますが、二度目があった方が嬉しいものですからね」
「ハハッ! いいこと言うねぇ!」
瑞葉さんが笑い、まるで旧知の仲のように宮司様の背を叩いています。
宮司様もそれを嫌悪するでもなく受けいれているので、本当にそうなのかもしれません。
「んじゃあ、ついでにこっちの与平にあんたの知恵を貸してやっておくれよ」
そしてそんな気軽さからか、瑞葉さんは宮司様に思わぬ提案をしてくれました。
畏れ多いことではありますが、宮司様は困るというよりもやや不安げな面持ちで瑞葉さんを見つめています。
「私でよろしいのですか?」
「生き残る奴らの傾向は見てるだろう?」
瑞葉さんはそんな宮司様を後押しするように、やや腰を折って見上げる姿勢を取りました。
それにたじろいだ宮司様が、すっと視線を横へと外し……
「あっ、ぼ、僕からもお願いします!」
断られると思った僕は、思わず声をあげてしまいました。
お布施もなしに御祈祷していただく身でありながら、さらにご助力を乞うような……厚かましさここに極まれり、です。顔から火が出るような思いとは、こういうことを言うのでしょう。
しかし、そんな慌てた様子の僕はしっかりと宮司様の視界に入っていたようです。
「……僭越ではありますが」
宮司様はそう言って笑みを浮かべると――
「私は射の者の持つ暗視の御加護を推しますよ」
僕の開きっぱなしの目録を指差して、そう告げたのでした。
あまりにも地味な能力……!
ですが、これが結構大事なんですよ。ホントに。
ルビ追加要請、感想、お待ちしてます~