退魔士(バスターズ)として
与平君が主人公なら、ヒロインと出会うのは必然なのです。
そう、『必然』です。
与平です。
江戸の女性は、やはり田舎とは違うのだと痛感しました。
イチ兄と夫婦になったアキ姉や隣のシノ姉は、線が太いし体の作りも力強くて豪快な印象を受けたものです。
ですが、江戸の皆さんは基本的に華奢です。ふくよかな方も見ましたが、そちらはどちらかと言うと贅を尽くした結果と言えそうでした。
さて、そうした目で見れば、目の前の女性もやはり華奢な部類に入ります。
しかし、それが非であるかと問われれば否と答えられます。
鋭い輪郭の顔つきに、はっきりとした目鼻立ち。切れ長で強気な印象を受ける瞳を囲う睫毛は、天を目指す草花のようです。そして色の薄い肌はまるで透けた水面のようでありながら、頬に差す紅や血色の良い唇を一層引き立てています。
手は指先まで骨に薄皮を被せたように細く見えるというのに、飢餓を感じない不思議な健かさがあります。指先の爪は光沢を放つほどに滑らかで、知らぬ内に視線を奪われるほどです。
目を引くのは腕ばかりではありません。確かな存在を主張する胸は細身の中にあってこそ際立つのか、大きくはないとわかるものの、確かな母性と魅力が感じられます。
そんな胸の下支えに位置する帯を挟めば、こちらはやや大きく膨らんだ下半身です。衣服で象られた腰から伸びる線は艶めかしく女性らしさを強調しています。
そこから地に向かう脚もまた、足先へと向かってやや細くなりながら足袋へと収まっています。そんな様が見られるのも、その着物が膝上まで端折……いえ、もはや捲り上げられているが故であり、活動的な健脚といった美しさを誇示しているかのようです。
「やれやれ、言葉もなしにそんなに見られると照れるじゃないか」
そう言って苦笑されたことで、自分が一声も発していなかったことに気が付きました。
声をかけていただいたのに、何も言わずに見つめるばかり……なんとも無礼な行いです。
「すみません。つい見惚れてしまいました」
「ハッハッハ! 正直な子だねぇ。ありがとよ」
女性に謝るときは素直に。
ゾウ兄に教わった通りにしてみたのですが、どうやら許してもらえたようです。
であれば、今こそ先の問いかけに答えるべき時です。
「僕は、まだ退魔士になる途上です。先ほど、名前を控えていただいたところですから」
「ほぉう、期待の新人ってやつだ」
言いながら、女性は葉の舞うように軽く、滑らかに筆を走らせていきます。
そうして筆を置くと、にっかりと笑って名前の書かれた紙を見せてくれました。
「読みは瑞葉。あんたと同じ、期待の新人さ」
字の形を目で追っていると「読めるかい?」と続けて聞かれたので、とっさに肯いて返しました。
前の字は読めませんでしたが、後ろが読めたので嘘ではないですから。
「賢い子は嫌いじゃないよ。で、あんたの名前は?」
あぁ、またやってしまいました。
女性に先に名乗らせるな、というゾウ兄の教えを破ってしまいました。
瑞葉さんはすでに紙を巫女さんに預け、こちらを見つめている状態です。
「よ……与平、です」
名乗りが遅れたこともあいまって、少し気恥ずかしくなりました。
瑞葉さんの名前は、綺麗な響きだと思います。青々とした立派な葉といった情景まで浮かぶようです。
でも、僕の名前はそうではありません。
父は「特別な名前だぞ」と語っていましたが、『与』が『四』とかけられているのは兄たちを知っていればすぐにわかることでしょう。
イチ兄は一平、ツグ兄は平次、ゾウ兄は平三ですから。なんと言うか、単純なのです。
「そいつぁ洒落た名前だ。もっと胸張って名乗りな」
「えっ?」
それなのに、瑞葉さんは楽しげに誉めてくれました。
思わず声が出たのも、仕方のないことだと思います。
「後ろの巫女が持ってる札、あんたのだろう?」
気怠い仕草で指を差す瑞葉さんに釣られて振り向けば、儀式が終わったのか、僕の応対をしてくださった巫女さんがいらっしゃいました。
その両手には、僕の名前が彫り込まれた木札が対となるように乗せられています。
瑞葉さんは、その札の字を見ていたようです。
「平家物語ってぇ話があってねぇ。琵琶弾きの語りなんかで聞いたことないかい?」
「あ……はい。それなら昨年の秋頃に一度」
「覚えてるなら話が早い。源氏の方は那須与一の『与』に、平家をそのまま『平』ときた。よく名付けたもんさ」
なすのよいち。音としては知っていましたが、あの弓の名手が『与』の字を持っていたなんて。
そして、その字を合わせる先が、へいけ。
そう言われると、味気なかった僕の名前も少し「特別な名前」になったような気がします。
敵同士の字を混在させるのは、いささか乱暴な気もしますが……
「ありがとうございます、瑞葉さん」
「あん?」
「おかげで、自分の名前が少し好きになれました」
僕の言葉に瑞葉さんは苦笑するように肩を上下させました。
巫女さんも穏やかに微笑んで「お二人とも良い名前ですよ」と言ってくれました。
それからほどなくして瑞葉さんの木札も出来あがり、僕たちは一枚ずつ木札を渡されました。
「そちらの木簡は、お二人の退魔士としての身分を示す手形となります。各地の社に赴いた際にも、そちらを照合すれば依頼を受諾することが可能です」
「へぇ。割符ってわけでもないんだろう? 複製されたりしないのかい?」
「術が施してありますので、複製は難しいでしょう。そして、こちらの控えが割れた時は……」
「あたしらが死んだ時、ってわけだ」
簡単に死を口にした瑞葉さんと対称的に、巫女さんは重々しく肯きました。
僕も思わず生唾を飲んでしまい、覚悟の甘さを思い知らされたようです。
「いいじゃないか。行方知れずより、訃報が届くだけよっぽど安心だ」
そんなことは重々承知とばかりに、瑞葉さんは余裕を崩しません。
これが、本来あるべき退魔士の姿なのでしょう。
「よろしいですか? 今なら登録の取り消しも可能ですよ」
そんな弱気を気取られてしまったようで、巫女さんに問いかけられてしまいました。我ながら恥じ入るばかりです。
僕たちは駆け出しです。その一歩目から尻込みしていては、何も始まらないでしょう。
僕を見つめる巫女さんに、今度は確かな決意を持って肯きます。
「死ぬつもりはありません。どうぞ、そのままで」
そんな、精一杯の言葉と一緒に。
少年としては、人にはちょっといいところを見せたいもの。
立派な覚悟だ、頑張れ与平君!
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