与平の第一歩
過剰なまでのルビ振りは故意です。
むしろルビ抜けや、ルビ不足と思う箇所がありましたらご指摘くだされ。
それでは、与平少年の冒険活劇の始まりです!
おはようございます。与平です。
今、僕は華の大江戸にいます。遠路はるばる、二ヶ月ほどかけての徒歩の旅で、つい先ほど到着した次第です。
まだ足を踏み入れたばかりですが、すでに故郷の人口を遥かに超える数の人々とすれ違っているもので、大変驚いています。
家々は隣との隙間がほとんどないように並んでいて、通りは十人が横並びに歩けそうなほどに幅広い上に綺麗に地ならしされていて凹凸もほとんどありません。
そんな大通りの中央を人を乗せた旅籠が忙しなく走っていたり、端々に桶を吊るした竿を肩に担いだ魚屋さんが威勢のいい声をあげて練り歩いていたり、きらびやかな色合いの布を軒先に垂れて道行く人々に声をかけている反物屋の奉公の子がいたりと、その賑わい様は僕の想像を遥かに超えていました。
徳川様の幕府が敷かれてから幾星月。時の治世は道すがらの噂で聞いた限り、老中の田沼様が執っているとか。
世はこれまでになく潤い、好景気の真っ只中。おかげさまで僕の暮らしていた故郷にも、たくさんの商人様が訪れてくれるようになりました。
それもこれも、田沼様が推進した制度の一つ『退魔士組合』の設置のおかげと言えるでしょう。
人手不足の続いていた妖怪変化への対処を、広く民草にまで公募することで人手不足から解消しつつ、優秀な専門家を育てていくという活気的な取り組みです。
もちろん素人には危険な仕事ではありますが、そこは田沼様の妙案が光るところ。
なんと、神仏の御加護を退魔士に与えるというお触れが出されたのです。これまで士族を除いて恩恵を受けることのなかった門外不出の秘術ですから、田沼様がいかに現状を憂いていたかが伝わってくるようです。
とはいえ、秘術は秘術ですのでそれなりの額のお布施は必要になるのですが……そこは簡単な依頼を消化してコツコツと金子を貯めるのが定石というものです。初めから強力な御加護を得ようとしなければ、無理のない範囲で日々の生活と両立できるように制度が整えられているのですから。
かく言う僕も、この江戸で退魔士として生活していくことを目標にしています。住居については、奉公に出ている兄という伝手を頼らざるを得なかったのですが、それも仕事に慣れるまでのことです。
片田舎の農家の四男坊でしかない僕は、田畑を継ぐこともなければ丁稚に出ることもありません。
長男であるイチ兄が不運に見舞われたとて、そこはツグ兄がしっかりと後任として立つことでしょう。
かと言って、丁稚は誰もがなれるわけではありません。ゾウ兄は手先も器用で目端が利く上に、どうやら器量良しであったらしく、鏡磨きの渡り人さんの勧めで四年ほど前に小物屋に預けられることになったわけです。
今は奉公の傍らに櫛やかんざしと言った町娘向けの小物を作って修行を積む日々だと、三ヶ月前に届いた手紙に書いてありました。少ないながらも買い手も付き、あばら屋を借りる程度にはなっているのだとも。
しばらくはそんなゾウ兄に世話になるのです。
もちろん、炊事洗濯掃除は僕が担います。稼ぎが出ればゾウ兄にも宿賃を払うことになるでしょう。
それがたとえあばら屋でも、です。
◇◇◇
「あぁん? 平三? あいつなら一月前に出てったよ。あん時ゃ上客を捕まえたってぇ話で、えらい気前が良くってな。おいらも隣近所のよしみってんで一杯やらせてもらってよぉ。あ? 平三がどこの店で働いてるかって? そこまでは知らねぇよ」
なんということでしょう。この瞬間、唯一の伝手はあえなく露と消えたのです。
ゾウ兄の奉公先も定かではない中では、この広い江戸から全ての小物屋を回るより他にありません。
それが夢物語に等しいことも、よくわかります。ここに到るまでの間に見た店の数だけでも、両手で数えるよりもずっと多かったのですから。
ひとまずゾウ兄のお隣さんだったという方にお礼を述べて、僕は先に退魔士組合に向かうことにしました。
今日を生き抜くことができなければ、先の展望も何もありません。金子にはまだ余力もありますが、糊口を凌ぐための稼ぎも得られないようでは本末転倒なのです。
幸いなことに組合の場所は町の誰もが知っており、道を訊ねればすぐに教えてもらえました。
駆け出しの退魔士が行くならあそこだ。そう人々が口にして導いてくれた先は、ある種馴染み深い神社でした。
と言っても僕の田舎にあるような、小さな社と鳥居だけの神社とは別物です。
まず、何よりも真っ先に目に入るのが美しい朱色の大鳥居です。
そこに到るまでの石畳も綺麗に掃除されていて、鳥居の向こうに見える本殿も広く立派な造りをしています。
鳥居の手前にはもちろん手水舎もありますし、奥には狛犬が控えて不届き者に睨みを利かせています。
合祀されている神々のための分社も多くあり、今も地元の祭神を拝む人々の姿が見受けられます。
そんな分社の反対には、こちらも大きな社務所が控えています。いくつかの窓口が設けられ、それぞれに巫女さんが就いています。傍らには絵馬の奉納が数多く掲げられ、この神社の盛況ぶりを物語っているようです。
ここが、組合への紹介所なのでしょうか。
「あの、すみません」
意を決して窓口の巫女さんに声をかけました。
巫女さんは少し驚いたような表情を見せてから、柔らかく微笑んでくれました。
「ご参拝でしたらそちらが本殿になります。祭神は東方の守護神たる源頼朝公です。合祀されている神々はあちらに見えます立て看板に記されておりますので、そちらをご確認ください」
どうやら、ただの参拝客だと思われているようです。
自分の格好は旅人のそれですし、旅の無事を縁の神様へ祈願するという図式もわからないでもありません。
しかし、違うのです。
「いえ、退魔士になりに来ました」
単刀直入に目的を告げたところ、巫女さんは一瞬だけ悲しそうな表情を見せました。
それもまた、無理のないことです。
危険と知って、いわば好んで死地にその身を晒すのが退魔士の本懐です。もちろん、妖怪変化の毒牙にかかることも多く、命を落とす方も多いと聞いています。
巫女さんも、帰らぬ者を多く見て……いえ、知っていることでしょう。
僕も、そんな帰らぬ者の新たな候補となるです。憂いを帯びるなという方が難しいでしょう。
「……それでは、退魔士登録を受け付けます。字は書けますか」
なんと、ここは案内所ではなく登録所のようです。もしかすると、依頼もここで受けるのかもしれません。
驚きではありましたが、神の御加護を受ける以上は最適な場と言えるでしょう。
「はい。読み書きは兄に教わりました」
「結構です。こちらに記名を」
巫女さんから差し出されたのは、手のひらほどの小さな紙でした。
与平とだけ書くには少し大きな気もしますが、士族の方は苗字を持ちます。そちらの登録も考えれば、確かに必要な大きさです。
見栄を張るわけではありませんが、できるだけわかりやすく、大きく書くことにします。
「与平さん、でよろしいですね」
「はい」
「それでは、少々お待ちください」
確認を終えた巫女さんは、僕の名前が書かれた紙を二枚の木札で挟んで社務所の奥へと向かって行きました。
何か儀式が必要なのでしょうか。気にはなりますが、言われた通りに待つより他ありません。
「よう。退魔士登録、いいかい?」
と、隣の窓口に同好の士が現れたようです。
偶然とは言え、同じ日に退魔士として歩み出すのですから、機を見て挨拶ぐらいはしておくべきでしょう。
盗み見るように見計らうというのもおかしな話です。体全体で向き直れば、果たして……
「ん? なんだい坊主、あんたもお仲間かい?」
陽気に声をかけてくれたのは、暗い橙の羽織を纏った、綺麗な女性の方でした。
与平君の年齢は11歳です。
キャラクタープロフィールとかは、話に一区切りついた頃にキャラクター分まとめて投稿予定。
ルビのご指摘、お待ちしてます!
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