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ずるい局長

 カーマンバレーでの「戦い」から1ヶ月後、パディントン探偵局にて。

 エミルとアデルは局内で、のんびり過ごしていた。

「手紙が2通来たぞ。一つは……、ああ、州知事からだ」

「じゃあ私宛てだな」

 アデルが持ってきた手紙を、パディントン局長がひょい、と手に取った。

「……ふむ、……ほう、……おやおや」

「何て言ってきたんです?」

「『デス・ギャンブラー』についてだ。奴は結局、君たちとの勝負で完璧に参ってしまったらしい。

 収監されたその日から、よく分からない言葉でブツブツとうわ言のように何かをつぶやき続け、食事にもまったく手を付けず、夜も眠らず、と言う状態だったそうだ。

 しまいには看守らの問いかけにもまったく反応しなくなり、先週――いや、消印からすると半月前か――獄中で衰弱死したとのことだ」

「そりゃまた……、何と言うか」

 神妙な顔をしたアデルに、局長はおどけて見せた。

「何を渋い顔しとるのかね?

 結果はどうあれ、君たちは30人以上を殺害した凶悪犯を捕まえた。この事実に変わりはない。報酬もたんまりだ。

 一般市民が凶悪犯に怯える割合は確実に減ったし、その成果に見合う報酬も得た。誇っていいことじゃあないか」

「まあ、そうなんスけども」

「で、もう一通は誰からなの?」

 エプロン姿のエミルに尋ねられ、アデルは封筒をぴら、と持ち上げて見せる。

「ほら、カーマンバレーで会った、あの女の子」

「ん? ……ああ、マギーからね」

 アデルから手紙を受け取り、エミルは中身を読んだ。

「……ふーん」

「何て書いてあった?」

「元気でやってます、って。バーもあの子が続けるそうよ。隣の仕立て屋さんが色々手伝ってくれるから、どうにかできそうだって」

 これを聞いて、アデルは目を丸くする。

「へぇ? まだ落ち込んでるだろうと思ってたが……」

「死体見ても吐いたり倒れたりしなかったし、案外神経が図太いのかもね。

 で、『またいらしてください』ですって」

「まあ、機会があればだな」

 アデルの気の無さげな返答に、エミルも深々とうなずく。

「そうね。……まあ、もうしばらくはゆっくり休みたいわね。

 こっちに就いて分かったけど、あたし、紅茶やお酒よりコーヒーの方が好きみたいだし。西部でテキーラとかバーボンとかを呷ってるより、もうしばらくはこの探偵局で、ミルクのたっぷり入った甘いコーヒーを楽しんでいたいわ」

「同感。何だかんだ言って、やっぱりここは落ち着くよ。

 ってわけでエミル、コーヒー……」

「いいわよ。局長も飲む?」

「ああ、いただこう」

 エミルがキッチンへ向かったところで、局長は懐から何かを取り出した。

「コーヒーができるまで、ちょっと遊んでみるか? いや、実はエミル嬢から『もう使わないだろうから』と、ダイスをプレゼントしてもらってね」

「……はは」

 見覚えのあるそのダイスを確認し、アデルは笑う。

「いいっスね、やりましょうか。何か賭けます?」

「勿論だとも。そうだな……、今夜の食事なんてどうだ? 彼女と私の奥さんも入れて、4人分で」

「ええ、分かりました。じゃ、俺から」

 アデルは内心ほくそ笑みながら、ダイスを振らずにコトン、とデスクに落とす。

「……えっ」

 出た目は1・2・4の7だった。

「え、ちょ、これっ……?」

「ははは……、引っかかったな、ネイサン。確かに彼女からダイスをもらったが、これじゃあないんだ。

 こっちが、彼女からもらった方のダイスだ」

 そう言って局長は、今度はジャケットの左ポケットから、デスクに置いてあるものと良く似たダイスを取り出し、ぽい、と投げた。

「確かに軽く投げると、6が出やすいね」

「……ちぇ、だまされましたよ!」




 その日、エミルとアデル、局長夫妻は、近所で評判の高級レストラン「ターナー&クロッツ」で夕食を取った。

 そして、その代金12ドル60セントは、全額アデルの支払いとなった。

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