「羽冠」の受けた呪い
エミルを待つ間、アデルとマギーはずっと「羽冠」と向かい合っていた。
「……その、なんだ」
が、エミルが町に向かってから20分もしないうちに、アデルがしびれを切らして口を開いた。
「このままにらみ合いってのもしんどいぜ。何か話でもしねえか?」
「……」
「羽冠」は答えず、干し肉を食いちぎっている。
「えーと、ほら、アレだ。お前さん、40年負けなしって言ってたよな」
「ああ」
「マジで1回もか?」
「ああ」
「じゃあ、負けた相手は全員死んだって言うのも、マジな話なのか?」
「いや」
この問いには、「羽冠」は首を横に振った。
「早めに勝負やめて逃げた奴、生きてる。死んだ奴、最期まで賭けたから」
「懸命っちゃ懸命なんだろうな、逃げた奴は。つくづく博打に入れ込むもんじゃねえな」
「私もそう思う」
この返答を聞き、アデルは引っかかるものを感じた。
「何だって? お前がそんなこと言うのかよ?」
「何度も言った。賭けと神の言葉、私にとっては同じ。
お前たちの神の言葉にもある、『神を試みてはならない』。神をすぐに頼る者、救われない。
賭けも同じ。すぐ賭けの話しようとする奴、命を落とす」
「でもお前さんは、相当博打やってきたんだろ?」
「それが私の使命。それが私の宿命。それが私の」
そこで「羽冠」は一旦言葉を切り、そしてこう続けた。
「呪い」
40年前――アメリカ西部、某所。
あの熱狂、ゴールドラッシュがまさに沸き起こっていた最中であり、この地を訪れる白人は皆、黄金に心を奪われていた。
その心を、強欲でドロドロに融かされ、壊れさせられた者も、決して少なくなかった。
そして何より、彼とその家族、その一族にとって不幸であったのは、その心壊れた者たちが、あまりにも多かったことだった。
「うう……おおお……」
その惨状を目にし、彼は苦痛の悲鳴を漏らした。
つい3日前まで、彼とその家族、その一族は、この小さな村で平和に過ごしていた。ところがこの地に金鉱があると言ううわさを聞き付けた白人たちが、そのど真ん中で暮らす彼らを疎んじ、襲い掛かったのだ。
「おお……ああ……ああ……」
結果は火を見るよりも明らかだった――村の人口の10倍を超える数の、銃武装した白人たちを相手に、彼らが敵う道理は存在しなかった。
それでも彼は、必死になって戦った。無我夢中で斧を振り、矢を射ち、敵から奪った銃を構え、敢然と戦い抜いた。
しかしそれは結局、徒労に終わった。
「ああ……あああー……」
彼以外の村人の姿が無くなり、四方八方から銃を突き付けられた彼は、最早泣くことしかできなかった。
彼は白人らに捕らえられ、奴隷にさせられた。
焦土と化したこの地を掘る白人たちの召使いにさせられ、ひとときの休みも無く働かされ続けた。
しかし白人たちにとっても、わざわざ村ひとつ滅ぼし、大地に巨大な穴を空けるだけの手間に見合う報酬は得られなかった。
金鉱は、この地のどこにも無かったのだ。
見込みが無いと分かった途端、自分勝手にこの地を荒らし回っていた白人たちは何の謝罪も無く、そそくさとこの地を去っていった。
そして最後に残ったのは、彼と、白人たちの中でも最も彼をいじめ抜いていた、豚のように太った男とその取り巻きだけだった。
「おい、馬糞野郎」
その太った男は、最後にもう一いじめしようと、彼にこんな提案を持ちかけた。
「ちょっと賭けでもしようや」
「はい」
彼に拒否権が無いのを分かっていながら、太った男はなおもいびり倒す。
「おいおい、お前賭けなんかできんのか? え? くせえ布一枚しか持ってねえお前がか? それとも俺の言葉が分からないか? ぐひひ、とことんバカでいやがる」
「……」
「黙ってんじゃねえよ、馬糞ッ!」
蹴飛ばされ、踏みつけられ、髪の毛をむしり取られ、鼻を折られた後、彼は木箱に座らされた。
「まあ、お前がやるって言うならやってやってもいいぜ、ぐひひ……。
まあ、バカのお前でも分かるように、簡単な奴をしようや。ここにS&Wがある。この中に実弾5発、空包1発を入れてるから、適当に弾倉を回してから頭に銃口を当てて、それから引き金を引く。
もし1回でも生き残れたら、お前に100ドルやるよ、ぐひひ」
「は……い……」
彼はフラフラになりながらも、男から銃を受け取り、弾倉を回す。
「さあ、頭に当てろ」
「……はい」
彼は男に言われるがまま、拳銃を頭に当てた。
(……これで死ねる。もうこれ以上の苦しみなんか、いらない)
彼はある種、救いにも似た感情を抱きながら、引き金を引いた。
だが、拳銃からはカチン、と言う乾いた音しか出てこなかった。




