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嘘つきと正直者

作者: うわの空

ここに正直に生きる男がいた。

 男は嘘が嫌いであった。

 周りの人間は最初、彼のことを頭の足りない奴だと言いあった。

愚直とさえ言える彼の真面目さは、他の人たちから完全に浮いていた。

 しかし、しばらくつき合ううちに、彼の実直さが彼のまぎれもない性質だと、人たちは感づかされた。

 いまでは男を嫌う者は、彼の周りにはいなかった。

男の生真面目さは人に好まれるものへと変っていた。


ここに不正直な男がいた。

男は誠実ということが嫌いであった。

彼の人生は虚偽で彩られているといっていい。

そんな性格のため、彼の周りには友達とよべる関係は一人もいなかった。

そんな不誠実な男が、正直な男の家の近くに越してきた。

嘘つきの男は近くに越してきたというのに、正直な男の家を挨拶に訪れたりはしなかった。しかし正直な男は、これからは近所付き合いをする仲だからと、自分の方から嘘つきの男の家を訪ねていった。

訪れてきた正直な男を迎えて、嘘つきの男は最初いい顔をしなかった。しぶしぶといった感じで客を家に入れた男は、それでも客が引越し祝いに幾つかの食べ物を持ってきているのを知ると、うってかわってお客さんを歓迎した。

それ以来二人はおたがいの家を行き交う仲になった。

どちらかといえば、嘘つきの男が相手の家を訪ねる事が多かった。

ある日、正直者の男のもとを訪れた嘘つきの男は、

「すまんすまん、いま金が無くてこまってるんだ。少しでいいから貸してくれんかね」

へらへらと少しも困ってない顔で笑いながらいった。

それでも正直な男は相手の言葉を信じて、

「これだけあれば大丈夫?」

と、金を貸し渡した。

またある日、ふたたび正直な男の家にやってきて、

「ここ数日何も食べていないんだ。何か食わせてくれんかね」

またにやけた顔つきでいった。

正直な男はまた、相手の言葉を信じて食事を分け与えてあげた。

そんな一方的な関係が続く中、正直者の男の友達は彼に

、「あの嘘つきの言うことを信じちゃだめだ。あいつは金がないといいながら、その実小金を溜め込んでいるんだ。食い物が無いというのも、少しでも食費を浮かせようという魂胆だ。」

と忠告したが、正直者の男は嘘つきの男の事を疑う事はなかった。

そんな風に日々は過ぎていったが、そんなある冬の日、正直な男が病に倒れた。

たまたま家を訪れていた嘘つきの男が床に寝かしてやると、正直な男は苦しそうに咳をしながら、

「すまないが、町へいって薬をもらってきてくれないか」

 かすれる声で男に頼んだ。

 しかし嘘つきの男はそんなことに金を使うことは馬鹿らしいと、町へ出かけるふりをして、そこらへんにある草や木の実を潰して混ぜ、薬と称して病人へ与えた。

「ありがとう」と、熱にうなされながらも正直な男はいった。

「なに、気にするなよ」と嘘つきの男は答えた。


それから半月程日数が経過した。

あれ以来嘘つきの男は、気が引けるのか正直者の家を訪れることはなかった。

正直な男の病気はあの薬のおかげか、快方にむかう事もなく、今も床に伏していた。枕もとには、心配した男の友人が看病にきていた。

入口の戸を叩く音がした。男の友人は、嘘つきの男がまたやってきたのか、と顔を強めながら出て行った。

しかし、戸の外にいたのは嘘つきの男ではなかった。

立派な鬚をはやした年輩の男は警察だと名乗り、話を聞きにやって来たのだという。

家の主人が病気のため、友人が代りに話を聞くことになった。

二人は病室の隣の部屋に移動した。

「数日前の窃盗殺人のことは知っているでしょう」

いきなり訪れてすいませんと前置きしてから、警察の男はきりだした。

その事件なら友人の男も知っていた。三日まえに町はずれにある屋敷に泥棒が押し入り、たまたま居合わせてしまった主人と使用人の二人が殺されてしまったという事件だ。

「その事件なんですが、犯人の姿をだれか見てはいないかと、ここら辺の住人に話を聞いてまわっているところなんです」

警察の男は頭を掻きながら申し訳なさそうにいった。

「そうですか。でも事件はたしか夜遅く起きたって事でしたよね。そんな時間に外に出たりもしませんし、すいませんが何の証言んもできませんね」

「いや、そうですか。いえ、一応形として皆さんに聞いてまわっているだけでして、どうぞ気になさらず」

警察の男はおだやかに微笑みかけて、

「まぁ何か思い出す事でもありましたら町の警察にでも連絡をお願いします」

お暇しようと腰を上げた。

「わ、わたしはみた……」

警察官が部屋を出ようとした時、そんな声がきこえてきた。

警察官の男は足をぴたりと止めた。そして顔をめぐらした。声は隣室からきこえてきたようだ。

「今なんていいました?」

となりの病室へ入ると、枕もとへ顔を近づけて警察官はきいた。

「三日まえの夜、この窓からたしかに見ました。町の方から急いでもどってきた、隣の家の男の姿を」

警察の男はその言葉を聞くと驚いたように眼を見開いた。

「それはたしかですか。見間違いなどではないですね」

警察官は語気を強めて確認した。

「隣の男です……隣の……」

正直者の男はうなるようにくりかえしていった。

警察官は飛び出すように家を出て行った。

後にはベッドの中でうなっている病人と呆気にとられている町の友人だけが残された。


嘘つきの男は捕まった。

あの後、警察がどう動きどう処理をして嘘つきの男が逮捕される結果となったか、それは町の者達、正直な男も知るはずもなかった。

町の有力者を殺害したとあって、裁判は驚くほど早く裁かれる事となった。そこにはこの物語に出ていない人物達が多数関与しているのだが、それも町の者達の知るところではなかった。

結果だけいえば男は死刑となった。

処刑の日、嘘つきの男が絞首台のロープに首をかけられ、最後の教戒を空ろな眼をして聞いていた時、正直者の男は友人達に寝台を囲まれて命終えようとしていた。すすり泣く声の輪の中で男は不思議に微笑をうかべていた。

教会の鐘の音が小さくきこえた。


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