結社の言葉
「秘密結社ぁ?」
大学構内にある人気のまばらな図書館の一角で、俺は向かいに座る園田に言った。その言葉の持つ異様さに、自然と声が大きくなっていた。
「おいおい、ちゃんと声を潜めてくれよ」
園田は眼鏡を指で押し上げ、苦笑しながら言う。
オレは言われた通りに音量を下げ、半ば呟くように言う。
「そんなもん、ヒーローものじゃないんだから……」
「違うよ。そういう類のものじゃなくて、フリーメイソンとかでイメージしてくれ。子供が思い描くような悪の組織みたいなものじゃない」
「それはそれで怪しいだろ。なにしてるかわかったもんじゃない」
「その感想を否定はしないけど、お前が思っているような悪いものじゃないさ。ちょっとした同好会みたいなもの。同好の志の集まりだ」
「……それに入れって?」
「ちょっとした提案だよ」
そう言って、園田は柔らかな笑みを作った。俺はそれを胡散臭げに見る。
園田から話を持ちかけられたのは突然だった。講義が終わって教室を出たところを呼び止められ、ちょっと話したいことがあるんだが時間はあるかと聞かれた。園田は一緒になる講義がいくつかある程度でいつもつるんでいるというわけでもなく、会話はするもののさほど親しくもなかったので、そんな風に声をかけられて少し戸惑ったのが正直なところだった。
そうして図書館まで連れられ話を聞いてみれば、出てきた単語が秘密結社である。園田は顔もそこそこよく、知的で爽やかな雰囲気をした女受けの良さそうな男だ。決して秘密結社なんてどこか浮世離れしたような怪しいことを言う輩には見えない。
「カルトでもオカルトでもない。金を払えとかそういうことでもないよ」
園田はにこやかにそう言ってのける。対する俺は渋い顔で言葉を返す。
「それをそのまま鵜呑みにはできないし、信じたとしても、じゃあ入ろうとはならねえよ」
「じゃあ順を追って説明しようか」
突っぱねたというのに、園田は平気な顔をして言葉を続ける。
「まず名前なんだが、ハザマっていうんだ。漢字で書けば間」
「はあ……」
「目的は、間接の追及だ。直接の対義語の間接な」
「なんだそりゃ」
「間接ってものの素晴らしさを理解し、それを推進し、楽しもうという趣旨だ」
わけがわからない。
表情から俺の心情を察したのか、園田は俺の返事を待たずに喋り続けた。
「例えば、結社の考えとしては、恋の始まりは間接キスが最良のものになる」
「はあ?」
思わず声が出た。
「間接キスから始まる恋。これより素晴らしいものはない」
「ふざけてんのか?」
「そんなことはない」
園田は大真面目な顔で言う。
「いや、ふざけてるだろ。なんだこれ。冗談か?」
「冗談じゃないよ。結社には有名人だって入っている。例えば、プロレスラーのザ・ホワイル」
その名前には聞き覚えがあった。格闘技にはそれほど詳しくないが、確かマスクマンでそういうのがいたはずだ。
「彼も結社の一員でね。知ってるかい? 彼は試合に勝利するとリング上でマスクを取って代わりに布を被る。そしてその脱いだマスクを客席に投げるんだ」
「それがなんなんだよ」
「彼のマスクは口まで覆うものでね。そのマスクを手に入れた観客は晴れて彼との間接キスができるというわけだ」
「…………」
「どうした?」
アホらしい。
「ちなみに彼が得意とするのは関節技だ」
「駄洒落じゃねえか」
ふざけてる。この男は確実にふざけている。
「例えば、おれが眼鏡をかけているのだって理由がある」
「目が悪いだけだろ」
「違うよ。これは世界を間接的に見ているんだ」
「…………」
「眼球で直接見るのでなく、間にレンズを噛ませているってわけだ」
勘弁してくれ。
「どうした?」
「……どうしたもこうしたもあるかよ」
「間接的ってのは素晴らしいことだぞ。日本人ってのは直接ではなく間接を重んじる文化を持っている。物事をそのものズバリ言わずに遠まわしに言ったりするんだ。それぐらい知ってるだろ?」
「そんなの詭弁じゃねえか」
「入る気になったか?」
「なるわけねえだろ」
俺はきっぱり言った。
「そんな調子で間接を崇め奉りましょうってか? 馬鹿馬鹿しいにもほどがあるだろ」
「じゃあ入らないんだな?」
「だから何度も――」
「本当にいいんだな?」
そう言った園田の目は、いままでの比較にならないぐらいに一際真剣なものだった。
力強い光を放つ瞳を前に、俺は少しばかり怯んだ。だが、そんなことで気圧されてたまるか。怪しい誘いに乗るのは御免だ。俺はそんな馬鹿じゃない。
だから、
「そう言ってる」
断言した。
俺の答えを聞いた園田は、一瞬にして表情を緩めた。
「よし。それならそれでオッケーだ」
笑みを浮かべて気楽な調子で言った。落胆の様子はまったく見られず、どこか晴々としている。とても勧誘に失敗した直後とは思えない。
「おれが平気な顔をしているから不思議に思ってるみたいだな」
園田はまた俺の心情を察した。
「平気なのは当然だ。おれはこの結社の人間でもなんでもないんだから」
「は?」
「おれは頼まれただけ。これがなかなか割のいいバイトでさ。勧誘に成功したらもちろん、失敗しても成功時の半分の報酬がもらえるんだ。この一回きりみたいだけど、少し説明するだけでそこそこの金額が入るんだから最高だよ」
園田の言葉を、俺はぽかんとした顔で聞いていた。
「ようはこの組織は勧誘も間接的にするってわけだ。結社の人間がする形だと直接になるからな」
「……マジかよ」
「そもそもおれがこんな胡散臭いものに入るわけないだろ」
「いや、そりゃそうだけど」
俺は驚き半分、安堵半分といった心持ちでそう言った。園田はハザマとかいう秘密結社には関係なく、誰かに雇われて俺を勧誘したに過ぎない。ちょっとしたドッキリを味わわされた気分だった。
「でもなんで俺なんだ?」
「相手に関しては特に指定はなかった。適当に誰でもいいってことだったから、知り合いの中から話をする時間が取れた人間を選んだだけだ。お前に暇がなかったら別の誰かに話してたよ」
どうやら俺は単に運が悪かったらしい。
俺は苦笑を漏らしながら園田に言う。
「しかし、そんな怪しい所からのバイトを良く受ける気になったな。その秘密結社はちゃんと実在してんのか?」
「それは確実みたいだ。ネットで検索かけてもサイトとかなかったけどな」
俺は眉根を寄せる。
「サイトもないって、やっぱり怪しすぎんだろ。その報酬もちゃんと払われるのかよ」
「そこは大丈夫だ。多分な。っていうか、お前が入ってくれたら二人そろって幸せだったのによ。もっと真面目にやればよかったかな」
園田は少し残念そうに言った。
「幸せなのはお前だけだろ」
その秘密結社に入っても俺にはなんのメリットもない。
しかし、園田はまた口元に笑みを作った。
「そんなことないんだな、これが。この組織、入ったら定期的に金が支払われるらしいんだよ。さっきもちょっと言ったけど、この結社での活動が、古き良き日本文化を伝えていく役目を果たすことにつながるってことでな」
「そんなものにつながるか? だって間接キスとか言ってんだろ?」
「俺もそう思うが、事実、金は支払われるんだ」
園田は断言する。それでも俺は半信半疑だ。呆れ顔で言ってやる。
「どんな物好きがそんなことに金を払うってんだよ」
「国だよ」
「え?」
俺は目を見開いた。
「国が払うんだ。この件については勧誘の時に説明しないように書いてあったから言わなかったが、この組織は国が運営してる」
そこで一拍おき、園田は言った。
「つまりは、官設ってわけだよ」




