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あいつに二言なし

 だから、あいつは言ってたんだって。

 あれはお前らがまだ付き合ってもいなくて、健吾の方が一方的に好きだった頃だ。

 あいつはいつも、お前のことが好きで好きで仕方がないって言っててさ。あいつはどうしようもないオタクだったからそれまでアニメとか漫画のキャラに熱を上げてたけど、生身の女にこれほど入れ込んだのは初めてだって言ってな。特に一緒に呑んだ時なんて後半はそれしか言わなくなるんだ。「会いたい~」とか「好きだ~」とか一人で泣き言を言うみたいな感じで。

 だけど、あの頃お前の方は別にそんなことはなかった。まあ二人の関係は友達止まりだったわけだ。

 でもさ、あいつはそれでも自分は幸せだって言ってたわけよ。俺は当然、そんなわけねえだろって思った。だってあいつは一人でもだえ苦しんでで、幸せにはほど遠かったからな。

 だから俺、訊いたんだよ。なんでだよって。そしたら、

「だって、これだけ好きになれる人がいるって幸せだろ。彼女がいるから、俺は絵に描いた美少女達にのめり込むことはないし、キャバクラや風俗にはまるなんてこともない。これから先、ずっと片思いのままだったとしても、彼女が結婚でもしない限りはそんなことは絶対にしない。確固とした理想の相手がいれば、そんな嘘っぱちの愛に傾くことなんてないからな」

 なんて断言してた。

 だからまあ、あいつはそんなことを思ってたんだよ。それがあいつの本心だったんだ。嘘を吐くことが苦手な馬鹿正直なやつだからな。


「で?」

 そこまで話したところで、俺は彼女に睨みつけられた。

「その話が、いま現在あいつが妻である私を放って、風俗狂いになって週一で店に通ってることとどう関係するの?」

 話を聞いた結果、あいつに向けていた怒りがそっくりそのまま俺に向かい始めているようである。

「昔はそうだったけど、健吾はすっかり心変わりして私のことなんて何とも思ってないってこと?」

「いやいや、そうじゃないんだよ」

 友人の妻に怒鳴られたくはないので、俺は要点だけを改めて口にすることにした。こう言えばわってもらえるはずだ。

「だから、あいつは言ってたんだって。風俗にはまることなんてない。ただし、彼女が結婚するまでは、ってね」

 そう。

「他の男と、とは言ってなかったんだ」

 彼女は意味を解したようだったが、その怒りはさらに大きくなっていく気がした。

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