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層位学的見解

 本棚から溢れてしまい、床の上に積まれた本たち。そんな数十センチにもなる本の山がいくつも並ぶ中、早瀬は床に尻をつけて座っていた。

 手には一枚の紙切れ。

「――地層について、知ってる?」

 唐突に、話し始める。

「僕らが立ってる地面は、いろいろな土が層になっていくつも積み上がってきた結果できてるものなんだ。崖とか切通しの壁面とか、そんなものを見たらわかると思うけど、ホールケーキを切り分けた断面みたいに、色の違う層が重なってる。それが地層」

「…………」

 早瀬の言葉に対し、彼女は反応を見せない。早瀬の自室であるこの狭い部屋の中には、ベッドに座り背中を向けている彼女以外、人はいない。彼女が唯一の聞き手なのだから、相槌ぐらいは欲しいところだ。

「地層は基本的に下の方が古く、上の方が新しい。例えばとある場所を発掘をして、そこのある地層から出てきたものを調べれば、おおよその年代を知ることもできる。放射性炭素年代測定っていって炭素の半減期に基づく方法があるんだけど、まあそこはいまどうでもいいや」

「…………」

「これを使って年代を知れば、その地層からでてきたものがいつの年代のものかがわかる。例えば、年代測定の結果三千年前だと判明した地層から、古代の人間が作った土器の欠片が出てくれば、その土器は三千年前に作られたものだとわかるわけだ」

「…………」

「だけど、それは間違いだ。厳密にはそうじゃない。そうとは限らない」

 彼女が、ピクリと動いた。ほんの僅かだが肩が上がった。

「この土器が、三千年前よりも後の時代に作られたものでないとは言える。けど、それ以前であればいつ作られていてもおかしくないんだ。五千年前でも一万年前でもおかしくはない。なぜなら、一万年前に作られたものが大事に使われて、その後七千年の間しっかり保存されていたのかもしれないし、三千年前の人間が地面を掘って一万年前に作られた土器を見つけ出したのかもしれない。そうしたら、古い土器が本来よりも新しい地層に入ってしまうことがあるんだ」

「…………っ!」

 彼女は相変わらず言葉を発さず、身じろぎひとつしなかった。しかし、確かな変化があった。

 耳が、真っ赤になっている。

「ここまで言ったらわかったかな?」

 早瀬は、手近な山にぽんと手を置いた。

「この本も、地層と同じように下から古い順に並んでる。一番下から、高三の頃に読んでいたもの、大学一年の頃、二年の頃、三年のいまっていう風に。僕は高校の頃から一人暮らししてたって前に言ったろ?」

 返事はない。

「古いものが新しいところから出てくるのも同じ。しかも本の場合は、あっさり層の上下が変わってしまう。下の本に用があれば、その上に乗っている本は床に下ろすことになるからね。結果として、数冊のまとまりごとに上下が逆転する。例えばこれだと、一番上の本は高三の頃に読んでいたものだ」

 彼女に反応が見られないことを確認して、早瀬は静かに腰を上げた。

 手にしていた紙を床に落とす。紙に書かれているのは、『三年 早瀬 幸人』という名前。そして、稚拙な文章でしたためられた愛の告白。

「そもそも、今時ラブレターなんて書かないでしょ。これは高校の頃の、思春期にありがちな若気の至りだよ」

 言いながら、彼女の丸まった背中に近づいていく。

「僕が好きなのは、目の前のひとりだけだよ」

 早瀬は笑みを浮かべて腕を伸ばす。

「…………」

 ごめん、と小さな声が聞こえた気がした。

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