消える人たち
『――昨今の少子化の原因は何かってね、これ男が悪いんですよ、若い男が。草食だなんだって、生身の女を怖がって漫画とかアニメの絵に描いた少女に夢中なんだから。子供なんてできませんよそりゃ。だからどんどん人口が減っていく――』
好き勝手言いやがって。
画面の中で得意な顔で持論を展開する肩書だけ立派な中年親父を見て、俺は眉間に皺を寄せる。
生身の女が嫌いで何が悪い。現実には絵にも勝てないようなクソみたいな女しかいないからいけないんだ。俺らが悪いわけじゃない。
狭苦しいアパートの一室で、明日提出予定のレポートを書く手も止めて心の中で悪態をつく。
漫画の中にしかいないような美少女が目の前に現れたら、俺だって考えてやらないこともないさ。
そんなことを思いながらテレビを眺めていると、不意に目の前の空間が歪んだ。陽炎のように揺らめき、瞬く間に渦を作る。
呆気にとられて見ていると、それは出し抜けに光を放った。
「うわッ!」
「――到着!」
弾んだ声とともに、目の前に一人の少女が姿を現した。モーターショーのコンパニオンや遊園地のキャストと見紛う、それこそ漫画にでも出てきそうな奇抜な格好。豊満な胸にすらりと伸びる手足という抜群のプロポーションをしているのに、あどけなさの残る可愛らしい顔立ち。
それはまさに、俺が理想とするイラストの美少女を具現化したような姿だった。
「初めまして! 未来からやってきました青葉ルルと言います! よろしくね!」
少女は俺に向かって満面の笑みを浮かべ、握手を求めて右手を差し出してきた。俺はわけがわからぬままその手を握る。手に伝わってくる柔らかい感触にドキドキしながらも、疑問が口をついて出る。
「未来?」
「そう。わたしはある使命を持って未来からタイムリープしてきたの。あなた、広橋勇太くんだよね」
俺はこくこくと頷く。
突然目の前に現れた未来人の美少女に、心臓は高鳴る。漫画のような展開が、遂に現実となって俺に訪れたのだ。きっとここから俺と彼女のめくるめくようなラブコメが始まるに違いない。
そう確信した俺に、しかし彼女は、
「その使命っていうのが、あなたの存在を抹消すること。この機械を使えば、あなたは歴史から姿を消すことになる。存在自体がなかったものとして書き換えられるの」
ごてごてと装飾がついた銃のような道具を取りだし、物騒なことを口にした。
「な、なんだって? なんでそんな――」
「ごめんね。一週間後、あなたは友達と喧嘩をする運命にあるんだけど、そのことが回り回ってあたしたちの時代に、あたしの大事な彼が殺されちゃう結果を生むの。あたしは、彼が生きる未来を作らないといけないの」
未来を変えるために過去にやってきた。彼女が言っているのはそういうことらしい。
「それなら殺したやつを消せよ! なんで俺のところにくるんだよ!」
俺は真っ当な意見を述べる。この時代に来るなんて遠回りなことをする前にやるべきことがあるだろう。
すると、少女の顔に影が差した。
「もう、すませたよ」
「え……」
目から、光が失せる。能面のような顔で俺を見返してくる。
「全然駄目なの。何百人消しても、まだ変わらない……」
呟きながら、少女は銃を構えていた。
音はしなかった。ただ、俺の腹に激痛が走った。
声も出せず、床に転がる。熱い。腹にあてた手には、ぬるりとした感触。
「なんで……、なんでこんなこと…………」
喘ぐように呼吸しながら、問うた。俺の目尻から、一筋の涙が零れる。
「仕方ないの。皆してることだもん」
少女は、言い訳をするようにそう呟いた。その背後の空間が、歪んでいた。
『――以上、人口減少について皆様からお話を伺いました。さて、次のテーマですが――』
テレビからは声が流れ続けている。
薄れゆく意識の中、俺は自分の体がゆっくりと透け始めているのをただ見ていた。




