我が銃よ
マイクは、自分が死んだらてっきり地獄に行くものだとばかり思っていた。気に入った女がいたら誰彼かまわず声をかけ、好き放題に食い散らかした。恵まれた容姿でいい思いをしてきたし、人生も折り返しに入ったような年齢の大物が囲っている女を若さを武器につまみ食いしたりもした。
そんなことをしていたから、最後にはぶちギレた男にあっさりと撃ち殺された。死ぬその瞬間まで、マイクは自分が地獄に落ちることを疑わなかった。
だが、いまこうしてマイクがいる場所は地獄には見えない。見渡す限り荒野が広がり、その中にぽつんとボロい掘っ立て小屋が立っている。マイクは死んだ時のスーツ姿のまま小屋の前でぽつねんと立ちつくし、その足元には小屋と並行する形で白線が真っ直ぐに伸びている。白線は荒野をずっと伸びていて、その先がどこまで続いているのかは確認できなかった。
死んだと自覚したその直後、気がついたらここにいた。腕の時計を見れば、ここに来てもう十分ほど経っている。
「お、やっと当たりだ」
唐突に響く声。慌てて顔を上げると、白線の先に一人の男の姿があった。
「ガンマン……?」
思わず呟く。
男はウエスタンシャツを着こなしポンチョとハットまで身につけた、まるで西部劇の世界から飛び出してきたような時代遅れのガンマンの格好をしていた。
それだけでも普通ではないが、男にはさらに異様な部分があった。
「あんた、それって……」
マイクは目を見開き、男の顔を指差す。
男の眉間からは銃身が生えていた。銃口をこちらに向けて、弾倉やグリップはなく銃身だけが突き出ている。血が流れ出している様子はない。
「なんだ、お前さん新人か。なら説明しなきゃいけねえな」
そう言うと、男は歯を見せて笑った。
「俺はある意味お前さんのお仲間だな。薄々気づいてるかもしれねえが、これはあんたのそれと同じだ」
男は自分の眉間から生えた銃身を指差し、言った。
男の言葉に、マイクの表情は僅かに明るくなった。なぜなら、彼の体からも男と同じように銃身が生えていたからだ。この場所で目覚めてすぐに気付き、慌てて手で引っ張ってみたがびくともしない。一体全体死んだ自分に何が起きたのか全く以てわからず、途方に暮れていたのだ。
マイクは勢い込んで尋ねる。
「同じっていうと、どういうことなんだ?」
「単純なことさ。俺もお前さんも銃をぶっ放されて死んだ。この銃身は死んだ時に弾を食らった場所から生えてくるんだ」
「それまた一体何でだ? なんでそんなことが起きる?」
「残念だがそこまでは知らねえ。それがここのルールってだけで。ここは死後の世界。天国でも地獄でもねえ、ただ死後の生活を楽しむために存在している世界だ」
死後の世界。そして体から生える銃身。生きていた頃に聞けば、イカれた宗教家の戯言と思っただろうが、実際こうして目にすれば信じざるを得ない。
「死後の世界ってのはいいが、ここには俺とあんたしかいないのか?」
「いまこの場所はあんたの空間だからそうなる。死後の世界にはそれぞれの領地みたいなものがあってな、人間の数だけ別個の空間があるんだ。俺にも自分の領地があるんだが、訳あってこうして別の人間の所にやってきたんだよ」
「そうほいほい移動できるものなのか?」
見渡す限り荒野があるだけで、そんな空間は見当たらないし易々と移動できそうにもない。
「この白線の上を歩いていけばいい。どんなやつに会いたいとかどんな場所に行きたいとか、そんなことを願いながら歩けばいつの間にか別の領地に着くんだ。願いがそっくりそのまま叶えられるとは限らねえがな」
先ほど男が突然白線の上に姿を現したのはそういうことか。マイクは合点した。
「気の合った数人でのんびりやってるやつもいれば、どう発展したのかちょっとした街になっている所もある。まあ、人によっては楽しめる場所さ」
「しかし、あんたは何だって俺の所になんて来ちまったんだ?」
こんな掘っ立て小屋しかない荒野にわざわざやってきた理由がわからない。願いというやつががうまく叶わなかったのだろうか。
「そりゃ当然、俺がお前さんのような男を探していたからだよ。お前さんのような、銃身を持つ男をな」
にぃ、と笑う。
その顔を少し不気味に思いながらマイクは訊く。
「何のためにだ?」
「俺と早撃ち勝負をしてほしい。俺はそのためにここに来た」
「早撃ちぃ?」
姿も姿なら言うことまで時代錯誤だ。
「こいつは銃身だけだが、しっかり弾が発射される。お前さんのもそうだ。頭の中で〝撃つ〟と念じれば弾が飛び出すんだ。俺はこいつを使って生きていた頃と同じように早撃ち勝負をしている。いままで何十人と勝負し、勝ってきた」
それは酔狂なことだ、とマイクは思った。銃は何度となく撃ってきたが、早撃ちなんてものをしたことは一度もなかった。
「是非、俺と勝負してくれ」
男の目は爛々と輝いて見えた。命をかけたやり取りだというのに不安や恐怖は微塵も感じられない。
そこでふと思う。
「勝負するとして、死んだらどうなるんだ? 俺たちはもう死んだ身だろ?」
「死後の世界で死ねば、魂が現世に戻って生まれ変わることになる。この世界で生きていく気がなくてさっさと生まれ変わりたいやつは、自分で死ぬか誰かに殺してもらうかするんだ」
「じゃあ大したデメリットはないってことか」
死んで地獄に落とされるならともかく、生まれ変わるだけならそう嫌がるものでもない。「その通り。どうだい、やってくれるかい?」
だがしかし、
「そうはいっても痛みは感じるんだろ? 俺はもうあんな痛みは御免だ」
死んだ時の痛みがまざまざと思い出され、撃たれた箇所がじくじくとうずく感じがした。
「いろいろ教えてもらって悪いが、その勝負についてはまた他を当たってくれ」
「……ふむ。そいつは困るな」
男が渋い顔をした。その次の瞬間、銃声が響いた。
「……っ!」
男が明後日の方向を向いて発砲したのだ。眉間の銃身から煙がたなびく。
「やってくれるよな……?」
男は笑っていた。だが、その目は決して笑っていなかった。
「次は当てるってか?」
「別にお前さんに大した損はないだろ。一発でぶち抜いてやるから、痛みもほとんど感じないさ」
男の目を見れば、何を言ったところで引かないことはわかった。
マイクは決断した。
「わかった。やってやるよ。早撃ち勝負上等だ」
男の笑みは深くなった。
マイクが受けて立ったことで、勝負はすぐに始められた。十数歩の距離を開けて向かい合い、マイクと男は足をやや広げた態勢で準備する。
「ルールは簡単。互いに使えるのは自分の体から生えた銃身一丁のみ。打つのは一発。それだけだ」
「わかった」
男は懐からコインを取りだし、指の上に構えた。
「こいつが落ちるのが合図だ」
「いいぜ」
緊張はしていた。心臓はバクバクと鳴っている。口の中も乾いてきた。
だが、この程度の緊張感なら生きていた時に無縁だったわけではない。命がかかっているとはいえ、死んでも生まれ変わるだけ。大して恐れることでもない。
相手は凄腕のガンマンのようだが、ビビることはない。
「それじゃあいくぜ」
「ああ」
二人はともに身構える。
男の指がコインを弾いた。
くるくると回りながら宙を舞い、思いの外あっさりと落ちていく。
こんな時はスローモーションに見えるのかと思っていたが、そんなこともなかった。マイクは視界の端でコインを捉えていた。
コインが地面に触れる。
「――――っ!」
その瞬間、マイクは大きく仰け反った。腰から上を海老反りにして、下半身はそのままに上半身だけ空を向いた。
二つの銃声が重なった。
「ぅぐあぁぁっ!」
悲鳴が上がった。
マイクは上半身を反った勢いを殺せず、その場に尻もちをついた。
「痛ってぇー」
したたかに打った尻をさすりながら、体を起こす。
前方を見れば、男は倒れていた。
マイクは立ち上がり、男の傍に歩み寄った。
「……お前さんの勝ちだ。やるじゃねえか」
呻き声を交えながら、男はそう言った。苦々しげにマイクを見る。
「まさか俺が負けるとはな……」
それに対し、マイクは勝者の笑みを浮かべることもなく男を見下ろし、言う。
「あんた、わざと撃たれただろ?」
「……な!」
「あんたは百戦錬磨のガンマンだ。俺があんな避け方をすることも予想できたはずだし、俺の弾を避けることだってできたはずだ。おまけにあんたからは大した殺気を感じなかった。俺を撃ち殺した嫉妬狂いのオッサンみたいなぎらぎらした殺気がなかったんだよ」
淡々とそう言うと、男の口元に笑みが浮かんだ。
「ばれちまったか」
荒い息を吐きながら、そんなことを言う。
「なんでそんなことをしたんだよ。理由を言え」
「単に飽きただけさ。ここで早撃ち勝負をする生活に飽きた。……死んでも生まれ変わるだけのここじゃあなく、現世で本当に生きるか死ぬかの勝負をしたくなったんだ」
「じゃあてめえで死ねばいいじゃねえか」
「そこはやっぱり勝負の中で死にてえじゃねえか。…………勝負をして負けて、そうやって現世でまた一から始める。それがいいんだ……」
「わざと負けておいてよく言うぜ」
マイクは舌打ちした。
男は顔に脂汗を流しながら息も絶え絶えに口を開く。
「まあ、突き合わせて悪かったな。いろいろと教えてやった礼だと思ってくれよ……」
「わかったよ」
マイクがそう言うと、男は満足そうに笑って目を閉じた。しばらくそうしていると、激しく上下していた胸が段々とその動きを弱め、遂にはぴたりと止まった。
「死んだか」
マイクは顔を上げ、周囲を改めて見まわした。何もない荒野。伸びる白線。
死後の世界は楽しいものなのか。それともこの男のように退屈になってしまうものなのか。マイクは倒れている男に視線を落とす。下半身に、大きな血溜まりが広がっていた。
少し思案し、
「まあ、確かに楽しくはねえかもな」
結論づけた。
「こんなんじゃ、女を抱くこともできやしねえ」
股間から伸びた銃身の先からは、いまだ煙がたなびいていた。




