表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

救難信号

 目覚めは最悪だった。朝の光を浴びながら、僕は眉間に皺を寄せて起き上がった。

 原因は夢だった。登場人物は学校のクラスメイトたち。男女を問わず、クラス中の皆が僕に話しかけてきた。運動神経抜群のイケメンも学年一位の優等生もアイドル顔負けの美少女も。皆が僕をちやほやして、まるで自分が人気者になったかのような、そんな夢だった。

 それは誰もが喜ぶような、誰もが心のうちでは望んでいるような、そんなシチュエーションだった。それは僕も同じだった。

 だが、僕の抱いた感想は最悪の二文字。それはなぜか。答えは簡単だ。夢の状況が自分の現実と乖離しすぎていたから。夢から覚めた瞬間、現実の自分の惨めさに嫌気がさしたからだ。別に友達がひとりもいないなんてわけじゃないが、僕は人気者には程遠い日陰者だ。友達も含め、僕らはイケていないグループなのだ。確実に。

 落ち込んだ気分はきれいさっぱり洗い流してしまえと、僕は洗面所でいつもより強めに顔を洗った。タオルで水を拭って鏡を見れば、そこには見慣れた中の下フェイス。十六年間付き合ってきた代わり映えのしない顔がそこにある。

 いや、違った。毎朝見ているその顔が、いつも通りではなかった。明らかに違っていた。思わず、僕は大きく目を見開いた。その大きく見開いた目。その目の色が、黒から青に変わっていた。


 教室に入った直後は何もなかった。いつもと変わらぬ状況である。自分の席につき、数少ない友達と挨拶の言葉を交わす。

「あれ? お前なんで目が青いの?」

 そこからが違った。僕の顔、正確にはその瞳を見て驚いた友達が声を上げ、それを聞いて他のクラスメイトたちも僕に注目する。

 純然たる日本人である僕の瞳の色が黒から青に変わったのだ。クラスメイトたちが驚き、興味を持つのは当然。僕の周りに一瞬にして人だかりができた。皆、口々に質問を投げかけてくる。「ハーフだったっけ?」「カラコン?」「それどうなってんの?」等々。運動神経抜群のイケメンも学年一位の優等生もアイドル顔負けの美少女も。僕の瞳を覗き込みながら、そんなことを言ってくる。

 僕の方は、なぜ自分の瞳がこんなことになったのかわからず、曖昧な返事しかできない。おまけにいまだかつて経験したことのない注目のされように多少混乱してしまった。言葉を濁し、逃げるように席を立って教室を出た。

 その後、僕は一日中クラスメイトたちから話しかけられた。クラスの冴えない日陰者が一躍時の人といった感じだが、僕はあまり嬉しくはなかった。文字通り夢にまで見た状況だが、とにかく億劫だった。会話をすることが煩わしくてしょうがない。適当な答えを返し、会話はできるだけ早く切り上げるよう努めた。

 その日は普段の非にならない疲労感を覚え、家に帰ったらすぐに眠ってしまった。


 次の日の朝、僕の瞳は再びその色を変えていた。今度は黄色だ。

 これは何かの病気だろうか。少しばかり不安になった。しかし視力自体が落ちた様子はなく、異常は何も感じられない。

 登校すると、昨日と同じように友達が驚く。同時に、クラスメイトたちもまた僕の瞳を覗き込む。ただ、そのうちの何人かはまた色が変わっているのを見ると、言葉少なに離れていった。

 その後も、話しかけてくるのは普段つるんでいる友達ばかりで、他のクラスメイト達は昨日と同じようには接してこなかった。友達は、何か深刻な病気なんじゃないかと心配そうに言う。瞳の色が黒から青、そこからさらに黄色に変わったのだ。そう疑ってもおかしくない。クラスメイト達が話しかけてこないのもそのせいだろう。何か危険な病気だったらどうしようとか、それが他人にうつるようなものだったらどうしようとか。そんな思いがあれば不用意に近づくのも避けたいことだろう。

 昨日は鬱陶しいぐらいに話しかけてきたのに、一転して嫌厭するような態度。そんな手のひら返しにむかっ腹が立った。ちょっとは同情ぐらいしてみせろ。

 その八つ当たりをするように、友達の言うことは適当にあしらって一日を過ごした。邪険にするのは悪いが、そこまで気を使ってやる余裕はない。

 その日は腹立ちで寝つきが悪く、日を跨ぐころにやっと眠りに落ちた。


 次の日、僕は後悔した。

 登校しても、誰も僕に話しかけてくることはなかった。そんな一日を終えて、僕はやっと自分が取り返しのつかない状態に陥ったことに気づいた。

 これは夢が現実になるチャンスだったのだ。最後の救いの手だったのだ。なのに、僕はそれを棒に振ってしまった。瞳の色が何を意味しているのか気づくべきだったのだ。

 僕にはもう変われる可能性は残されていない。あんな態度をとるべきではなかったのだ。誰も僕に話しかけてくることはない。クラスメイトはおろか、友達さえも。

 僕の瞳の色は、赤に変わってしまった。次の日も、その次の日も、瞳の色は赤だった。

 赤信号を前にして、一歩踏み出してくれる者などいないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ