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強さの根拠

 草木の一本も生えていない暗く淀んだ荒れ地を、二人の狼男が小走りに駆けていた。ここは亡者の住まう場所、地獄。そして彼らは、いままさにここから逃げ出そうとしているところであった。

「おい急げ、早くずらかるぞ」

 大柄な方の狼男が言う。

「待って下さいよ親分。おいら親分ほど腕っぷしにも体力にも自信がねえんだから」

 荒い息を吐きながら、小柄な子分の狼男が後を追う。

 親分の方はそんな子分の泣き言は気にもせず、

「くそっ、なんで俺がこんな目に……」

 忌々しげに舌打ちをした。

 二人は妖怪や化物のうちではそこそこ名が知れていて、特に親分の方はその力に自信を持っていた。だが、昨日の晩にとある妖怪に殺されてしまい、こうして地獄に送られてしまったのだ。

 こんな所にいるのはまっぴら御免。現世に帰る道が何処にあるのかはわからないが、とにかく地獄の鬼どもに捕まらないよう逃げているのだ。

「あいつら、追いかけて来ちゃいねえだろうな」

 親分に促され、子分が後ろを振り返る。

「どうやら大丈夫みたいです。――でも親分、本当に逃げられますかね?」

「何を弱気なことを言ってんだ。おれがあんな鬼どもを蹴散らせねえとでも思ってんのか!」

「いや、鬼どもはともかく、地獄にはあれがいるっていうじゃないですか。あの、番犬が」

 子分は、何故か声を潜めてそう言った。

「ああ、地獄の番犬か」

「そうですよ。三つ首の獰猛な番犬。逃げ出す奴に迷い込んだ奴、なんでも見境なしに喰っちまうって話じゃないですか」

 妖怪や化物といったって、地獄のことまで詳しく知りはしない。それらしい噂や伝聞でしかないが、確かにそんな話を聞いたことがあった。というか、それは世間で知らぬ者はいないというぐらい有名な話だった。

「ふん、そうは言ってもたかが犬っころだろ。こっちは狼様だ。飼いならされた犬とは違うんだよ」

「でもただの犬とは違うじゃないですか。だって頭が三つもあるんですよ?」

 子分の不安そうな言葉に、親分は鼻を鳴らした。

「馬鹿かお前は。化物や妖怪の強さってのは頭の数じゃねえんだ」

「じゃあなんだってんですか?」

 子分はきょとんとした顔で訊ねる。

「お前、猫又って知ってるか?」

「猫の妖怪でしょ? 二股の尻尾を持った」

「じゃあお前、九尾の狐は?」

「当然知ってますよ! 親分を殺したのがその九尾の狐じゃないですか!」

「そう、あの忌々しいクソ狐だ」

 親分の額に青筋が浮いた。

「あいつがなんで強いかわかるか? それは尻尾だ。尻尾の数だ」

「尻尾?」

「そうだ。猫にしろ狐にしろ、元々尻尾は一本だ。なのにあいつらはそれを何本も持ってやがる。それが強さの秘密だ」

「じゃあ尻尾が一本のおいらたちじゃ勝てなくて当然ってことですか?」

「その通り。オレはまだ尻尾が足りてねえから後れを取っちまったってわけだ。こいつが二本三本と増えてみろ。あんな狐軽くのしてやるさ」

「へー、そんなところで強さがわかるもんなのか」

 子分は目からうろこといった様子で、しきりに感心している。

 しかし、はたと思った。

「でも、それが地獄の番犬とどう関係するんですか?」

「察しが悪い奴だな。尻尾が多けりゃ強い。じゃあその逆に頭が多ければどうだって話だ」

 子分はじっと黙り、頭を捻ってみる。しかし答えは出ない。

「本当にお前はおつむが足りてねえな。頭が多いのは逆に弱い証拠なんだよ!」

「えッ、頭が多けりゃ目も牙も増えるし強そうなもんだけどなぁ」

「そんなんだからお前は三下なんだ。船頭多くしてって言葉を聞いたことはねえか? 頭が何個あっても邪魔くせえだけ。地獄の番犬に至っちゃあそれが三つときたもんだ。こりゃあそこらの犬っころに毛が生えたぐらいが関の山だぜ」

「なぁるほど、親分は頭がいいや」

 子分は合点がいったという風で、顔に笑みを浮かべた。親分の方もその言葉を聞いて、声を上げて笑った。

 そうして二人そろって笑っていたら、

「その持論、なかなか面白い」

 背後から、低く重い声がした。

 慌てて振り返ると、そこにいたのは馬鹿デカい三つ首の犬だった。二人を見下ろす目も口から覗く牙も、触れるだけで切れてしまいそうに鋭い。

「一理あるかもしれんなあ」

 地獄の番犬は、そう呟く。

 子分は震えながら親分にしがみつく。

「お、親分、や、やっちまってくださいよぉ!」

「おうよ、オレが捻りつぶしてやる」

 親分の方は流石に肝が据わっており、牙を剥きだし目の前の巨体に威嚇する。

 だが、番犬の方はまだ臨戦態勢に入る様子はなく、悠長に言葉を続けた。

「いやいや、興味深い話が聞けた。その礼にこちらからもいいことを教えてやろう」

「オレは説教も命乞いも聞く気はねえぞ!」

「いやなに、ちょっとした情報だ。地獄にも、朝というものはやって来る、とな」

 そう言ったと同時、辺りは明るくなり、薄くではあるが荒れ地に光が差した。

 そうしてから、番犬は再度口を開く。

「さあ、お前の持論をいまから実際に検証してみるとしようか。尾を持たぬ生き物よ」

 その眼前には、恐怖に身を震わせる二人の人間の姿があった。

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