不要物がいくところ
「今回のブツはやばいぜ。なんせ生死を操る代物だ」
「ほほう。そりゃあ期待が増してくるな」
B級映画じみた台詞をファミレスで堂々と口にする友人に対し、智也も嬉々とした表情で言葉を返す。二十歳をとうに過ぎた男たちが平日の昼間からこんな調子の会話をしていれば、周囲からの視線はおのずと冷たくなる。しかし智也は怯まない。世間の冷たい視線なんてものには慣れている。
友人は表情をそのままに胸ポケットからそっと何かを取りだした。現れたのは、薄い袋に包まれた一片の切手。図柄は黒一色の背景に鎌が一つ。
「なんだそりゃ。忍者専用の特注品か?」
「……これは鎖鎌じゃなく死神の鎌だ」
死神。なるほど生死を操るといったら死神だ。お約束といってもいい。友人はいつの間にかピンセットを手にし、その切手を袋からそっと取りだした。一片の紙切れに随分仰々しいものである。だが、それがいい。
「効果は簡単だ。この切手を体に貼られた人間は、どんな若くても健康体でもあっという間に死んじまう」
「貼るだけで人を殺せるってことか?」
友人は頷く。
「こいつを貼られた人間は、死神の手であの世に送られちまう。そういう切手だ」
にやりと口元を歪ませた。それを見て、智也も同じ表情を形作る。なるほどそれは到底信じられないぐらいに馬鹿馬鹿しくて、そしてとても興味深い。
「使い方は簡単。これを殺したいやつの体のどこかに貼ればいいだけだ。ただし服の上からだと無効。例えばお前が職場の上司を殺そうと思っても、相手がスーツ姿できっちりネクタイまで締めてるんじゃあ貼れるのは手と顔ぐらいだ。そんな場合は気付かれないようにそっと貼るなんてのは難しくなる」
「そんな心配をする必要はねえよ。喧嘩売ってんのか」
あいにく智也は実家住まいのニートである。スーツ姿の殺したい相手なんて者がいるはずもないし、それはフリーターである友人も既知の事実である。
「でもいいなそれ。一枚くれるのか?」
友人は智也の問いに頷きながら、
「全部で十枚手に入れたからな。一枚ぐらい安いもんだ。使ったらちゃんと教えてくれよ? あ、あと、一回貼ったら絶対に剥がれないからな。別のやつにやり直しなんてできないから気をつけろよ」
切手を袋に戻しながら、友人は笑った。
さて、誰に使ったものか。
働かずに食う夕飯を堪能した智也は、切手を手にして自室のベッドの上に仰向けに寝転がっていた。そうして殺したい相手を思案していると、すぐさま妙案が思いついた。
「……親父」
智也の父はそろそろ定年を迎える年齢である。そうなると年金は貰えるだろうが、我が家の収入は勿論下がるはずだ。そうなると智也の生活も危うくなる。それは避けたい。
いま父を殺せば生命保険が入るはずだし、生活費も人一人分浮くことになる。
「やるか」
智也はあっという間に殺す相手を決めた。特別恨みもないが、切手の効果を早く見てみたいしここはひとつさくっと死んでもらおう。
そうと決まれば話は早い。体を起こし、素早く廊下へ出た。タイミングよく洗面所から誰かが歯を磨いている音が聞こえてくる。恐らく父だ。智也は音と気配を殺しながら廊下を進んだ。
洗面所に向かえば、案の定そこにいるのは父だった。しかも丁度よく口をゆすぎ始めて俯いている。智也の目の前に、無防備な首元が露わになっていた。
殺す。
決意はとうにできている。智也は切手を取りだし流れるような動作でその裏面をぺろりと舐め、そして目の前の首元に向かって――
「……あへ?」
智也は動きを止めた。その手にはいましがたあったはずの切手がなかった。しかしどこかへ失くしてしまったわけでも消え去ったわけでもない。その行方を探す必要はなかった。
切手は、智也の舌先に貼りついていた。
「え? …………は?」
舌を突きだせば、視界の中に切手が見える。慌てて取ろうとするが、切手は智也の下にぴったりとくっついて離れない。切手が破けてしまいそうな力で引っ張っても微動だにしない。
一回貼ったら、絶対に剥がせない。智也の脳裏に、友人の言葉が思い起こされた。そして同時に、背後に何者かの気配を感じた。
視界の中に切手の図柄ではない大ぶりの鎌が飛び込んだのは、その次の瞬間だった。




