浅慮な輩
学校帰りに本屋に寄り、好きな漫画家のコミックの最新刊を買って家に帰った。そうして鞄から本屋の袋を取り出しつつちらりと本棚に目をやれば、なんといま手にしているはずの最新刊がすでにそこに納まっていた。
「あ…………」
恐る恐る袋から取り出して確認してみれば、それは確かに本棚にあるものとそっくりそのまま同じだった。僕は顔をしかめて手元の本と本棚の本とを繰り返し見比べた。しつこく見たところで、やはり同じものである。
僕はさらによく見比べようと、手にした本を本棚に向かって伸ばした。すると、手から本がするりと抜け落ちた。バサバサと音を立て、紙の束が床に広がっていく。
慌てて下を見れば、一冊の本の形をとっていたはずの漫画が、まとまりもなくばらばらの紙の状態で落ちていた。しっかり糊付けしてあったはずなのに、一枚ずつわかれてしまっているのだ。
あっけにとられてしばらくそれを見ていたが、ふと思い立って本棚の方に目をやる。一見なんの変化もない件の本を手に取って慎重に開いてみれば、それもまた同じように糊付けが取れてばらばらになっていた。
僕は狐につままれたような顔をしていた。
同じようなことはその後も続いた。
寝間着代わりに同じ種類のTシャツを数枚買ってきて部屋で広げてみたら、糸がほつれてただの布きれになってしまった。店ではなんともなかったのにだ。二本セットのボールペンを買ってくれば、部屋に入った途端になにかに叩き潰されたように粉々になった。数個まとまった消しゴムを買ってきたら、これまた部屋に入った途端にずたずたに引き裂かれたようになった。
そんな不可解な現象に見舞われた結果、僕はひとつの仮説を導き出した。僕の部屋では、まったく同じモノが二つ以上揃うと、それが使い物にならなくなってしまう。原因はわからないが、それがいま僕の部屋で起きている現象だ。家の中の他の場所ならなんともないのに、僕の部屋ではなぜか起きる。買い置きのティッシュを居間とか姉の部屋とかで二つ並べてみてもなんともないのに、僕の部屋に持ってきた瞬間、どちらもぼそぼそと崩れていって使い物にならなくなる。
これはいわば、モノのドッペルゲンガーだ。自分と同じ姿形をした人間と出会うと、その人は死んでしまうというアレだ。それと同じことが僕の部屋限定かつモノ限定で起きているのだ。しかし、それがわかったところで事態がどうなるわけでもなかった。それを防げるようになるなんてことはない。とはいえ、それでは不便なのかというとそうでもない。かぶってしまうモノは適当な押し入れにでも入れておけばいいだけで、さほど困ることはなかった。僕は少し妙な現象が起きる部屋の持ち主になってしまったものの、なにかが特別変わったわけでもなかったのだ。
しかしある日、僕は気付いてしまった。この現象を利用する妙案を思いついてしまったのだ。
僕はそれをさっそく実行に移した。
事前準備をしたうえで、クラスメイトの気になる女の子を家に誘った。その子とは二人きりで遊びに行くこともあったし、親がいる時にではあるけど家に呼んだことも一度だけあった。
今回は親がいないが、女の子は少し顔を赤らめながらも誘いに乗ってくれた。僕は期待に胸を膨らませ、見慣れた帰り道を彼女と二人並んで歩いた。会話も弾み、なんの問題もなく家につき、僕の部屋へと向かう。
僕は逸る気持ちを抑えながら、ドアを開けた。開け放ったドアの板越しに、微かに布が擦れる音がした。それを耳に入れながら僕がまず部屋へ入り、彼女が続く。
その瞬間、彼女の制服がばさりと落ちた。糸という糸がほつれ、彼女の体から滑り落ちたのである。
僕は歓喜の叫びをあげた。下着にしか包まれていない彼女の裸体を、目に焼き付けるように凝視した。最高だった。
彼女は顔を真っ赤に染め、大きな悲鳴を上げた。素早くしゃがみ込んで布の集まりとなった制服を引っ掴んで部屋を飛び出す。僕はその後を追いかけながら、なおも彼女の体をじっと見つめ続けた。
「――そして部屋に残った姉の制服を押し入れに戻して終わり。羨ましいだろ?」
「その状況さあ……」
自慢話を語り終えた僕に向かって、友人は告げる。
「自分で脱がすって選択肢には至らなかったのか?」
心底呆れた調子で言われたが、しかし僕は抗弁した。浅い。考えが浅いのだ。
「そのハプニング感がいいんじゃないか」




