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最期○晩餐

「俺、デブが一番多い国はアメリカだと思ってました」

 若い男は街の風景に目を奪われた様子でそう言った。しきりに顔を動かし周囲を見回す。

 男の目の前に立つ案内人は、それとは対照的に慣れた様子で平然とした顔をしている。

「ここは肥満率百パーセントの島だからな」

 そう言った本人も、見た目には体重三桁は確実であろうというでっぷりした体をしている。

「調べて知ってはいたけど、実際に見ると多少興奮しますね」

「あんたみたいなガリガリのやつは他にいないさ」

 背後に止めてあった車のドアを開け、案内人は男に乗るよう促した。

 車中でも会話は続く。

「この人たちはみんな食べられたがってるんですよね?」

「ああ。ここで好き放題食って寝て、そうして死んだら天上人たちの食糧になる。ここは、人知を超えた存在である天上人のための養殖場だ」

「あなたは食料とは別なんですか?」

「この島にいる人間は全員食料だよ。病気だろうが事故だろうが、死んだら食われる。その日が来るのを待つ身だ」

 男は感嘆の声を漏らす。

「こうやって見てると、本当に俺なんかがここにいてもいいのかって思いますよ」

「天上人の中には痩せた人間が好きだっていう変わった嗜好のやつもいるってだけだ。なにも特別なことはない。あんたも食われたいんだろ?」

「もちろん」

 男は笑顔で答える。

「あんたの場合は太らせる必要がないから滞在日数が三日だけ。そこだけは特別といえば特別だな。普通は死ぬまで太らせるんだが」

「しかしそんな生活なら幸せだし、島の中も平和でしょうね」

「基本的には働く必要もないからな。俺もボランティアみたいなもんだ。ただ、一応規則はあるし、それを犯せば即死刑になる。死刑といっても食われるだけだけで、結果として天上人の胃の中に収まることには変わりないがな」

「具体的にはどんな規則があるんですか?」

「三日しかいないあんたにゃ関係ないだろうが、変わってるところで言えばセックス禁止とかな。性欲を満たす暇があるなら食欲を満たせってことらしい」

「それなら俺にはなおさら関係ないですね。なにせ童貞の上にインポなので」

「そうかい」

「女を食えないから、それじゃあ逆に食ってもらおうって思いで来たんですよ」

「ん? しかし天上人は――」

「はっきりとした性別はなくて両性具有みたいなものなんですよね? そこは俺にとって問題ないです」

 そうこうしている内に、車は男が三日を過ごす借家についた。


 そうして男がやってきてから三日後、事件は起きた。


「案内をしたお前に対しても刑が科させられる。残念だがそれが規則だからな」

「大丈夫です。私は大人しく食われますよ」

 案内人は上司にそう言って、部屋へ入った。

 部屋の中には男がいた。

「――やあどうも。道連れみたいなことになってすみませんね」

 案内人と同じ真っ白な服を着て床に座っている。

「別にすまないことはないさ。食われるのは自分が希望したことだ。あんたがここに来た時に伝えた通り、それが予想より早くなっただけのこと」

 ただ、と男は言う。

「どうしてあんたは人を殺したんだ? いや、どうしてその殺した相手の肉を食った? 初めからそれが目的だったのか?」

「その通り」

 男はこともなげに言った。

「ただ、天上人に食われたいってのも本心ですよ。それは嘘じゃない。だからこそいろいろな審査をパスしてこの島にだってやってこれたんです」

 男の顔には、三日前と同じ笑みがあった。

「ここなら少しは良心の呵責が小さくなるかなっていう思いがありました。だからできるだけ苦しませないように殺そうともした」

「とはいえ、あの女はあんたに食われたかったわけじゃあないだろ?」

「だから少しは小さくなる、なんですよ。まったく罪の意識がないわけじゃないです。別にこの島の人間だったら許されるとは思っていない。――だけど、これが俺の望んだこと。どうしてもやりたかったことなんです」

 男は笑みを湛えたまま言う。

「女を食って、女に食われる。二つも願いを叶えられて、俺は幸せですよ」

 満足そうな男の顔を見て、案内人は小さく舌打ちした。義憤か嫉妬か。なぜそうしたのかは、自分でもわからなかった。

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