■ 後 編
それは翌週の土曜のこと。
大学のグラウンドで、ソフトボールの練習試合が行われていた。
観戦席のベンチに、リンコの姿。
事前にヨシナガからラインで連絡を貰っていた。
”今週土曜、練習試合あるけど見に来ない?
クッキーも作って持ってくから”
サクラからも同じ誘いを受けていたリンコ。
でも何故かそれは、やたらと強引で。
そんなサクラに、若干、小首を傾げ困惑気味だった。
その練習試合は、3-2でサクラのSB同好会が負けた。
負けたことに関しては悔しそうだったが、ソフトボールが好きで仕方ない感じは
みんなの表情を見たら一目瞭然だった。
試合中に見せたみんなの真剣な表情に純粋に格好いいなとリンコは目を細めた。
ヨシナガに促されてグラウンド斜面の芝生に腰を下ろすリンコ。
ヨシナガは試合後のグラウンドで、そのままクッキーを渡そうと思っていた
のだがサクラがやけにしつこく芝生に行けと急かす。
『こーゆー時は、芝生っしょー!』
と、よく分からない事を小声でブツブツ言って。
『ぁ。ハンカチあります?ハンカチ。・・・ほら、お尻に、こう。敷く・・・
つか、よっし~部長が敷いて座っちゃダメっスよ?!
あと・・・四つ葉?とかも探したりしたらいいと思いマス。四つ葉っ!!』
なんだか、ひとりで盛り上がって顔を赤らめているサクラに首を傾げつつ
ヨシナガとリンコは芝生に腰を下ろしていたのだった。
少しだけ小高くなっているその斜面からは、グラウンドが一望出来た。
混合土の茶色に、石灰の白いラインが映えている。
グラウンドを整備した後しまい忘れたトンボが、小さくポツンと。
『ラテ、作ってみたんですよ!』
嬉しそうに言う、リンコ。
『あんなに簡単に出来ちゃったら、お店で飲むの勿体ないかも。』
『だろー?牛乳とチャイティーパックと蜂蜜だけで出来ちゃうんだからね~』
ヨシナガはどこか得意気に胸を張って笑う。
芝生に座るふたりの間には、ヨシナガ手作りのクッキーが入ったジップロック。
クスクス笑いながら『ほんと、美味しい・・・』
とモグモグ頬張りつつリンコが呟くと、
ヨシナガは『言っとくけど、オネエじゃないよ?』 と念の為付け加え、笑った。
ふたりの笑い声が澄み渡った夏の空に響く。
垂直に天高く延びた濃い雲が、真っ青な空にその存在感を誇示している。
ふと気が付くとリンコは、目尻に涙を浮かべて大笑いしていた。
『ヨシナガさん、話しやすいから何でも話しちゃいそうになりますね・・・』
少し遠くを見て、どこか寂しげにリンコが呟く。
その声色は、今まで明るく笑っていたものとは別物で。
チラっと横目で一瞬リンコを見てすぐ目線を戻し、ヨシナガがやさしく言った。
『いいよー。
聞いてほしい事があるなら、聞くよー。
ジャンジャン 聞くよー。』
クスクスと小さく笑って、リンコが芝生に体育座りしている膝を両腕で
抱え背を丸めた。
それから暫くの間、黙ってただ遠くグラウンドを見ていたリンコ。
そして、小さくポツリ話しはじめた。
『私・・・
高校のとき。
サクラとカタギリ先生に、ひどいことして・・・
私のせいで、ふたりは離れ離れになったんです・・・。』
ヨシナガは、静かに相槌を打つ。
『ふたりは、もう・・・全然。
許して、くれてるけど・・・でも、
私は・・・まだ、ほんとは・・・全然・・・。
あんな事が、なかったら・・・いまだにふたりは、いつも。
いつも傍にいて、こんな・・・遠くに、なんか・・・。』
リンコの目から次々と大粒の涙が溢れた。
『ど、うして、私・・・・
あんな事、しちゃったん、だ・・・ろ・・・・・って、
いつも、いつも・・・。』
しゃくり上げて言葉が途切れる。
両手で顔を覆って、リンコが肩を震わせた。
誰にも言えなかった、後悔という名の鋭い棘が胸を突き刺す。
ヨシナガは、そっと目を伏せる。
リンコが震わす肩にも指一本触れない。
その代りただ、隣に座ってやさしく相槌を打ち、やわらかく佇んでいる。
『前にね、ミナモトになんで体育学部にきたか訊いた事があるんだ。』
ヨシナガが静かに口を開いた。
リンコは俯いて両手で顔を隠したまま。
『背中押してもらったから、って言ってた。
押してもらわなかったら、”コレ ”は絶対ない、って・・・』
”コレ ”の所で、左手の薬指を差したヨシナガ。
『チョ~ゥ大事な友達なんスよ、って
なんか、ミナモト、すごい得意気な顔してた。』
両手で覆っても尚、溢れる雫がリンコのアゴから滴り落ちる。
『・・・もっと、さ。
ミナモトを信じてあげたらいいんじゃないかな・・・?』
真っ直ぐ見たまま、やわらかい声音は続ける。
『実は内心、遠慮して卑屈になって接しているんだとしたら
それは相手を裏切ってることになっちゃうんじゃないかな・・・
”ごめんね ”は ”ありがとう ” に、
変換した方がいいよ、 ・・・きっと。』
涙でノドが痞えて、声が出せない。
何度も何度も頷く。 頷くたびに雫がアゴから伝い落ちる。
『いつでも話、聞くよー。
だから、なんかあったら。
いつでも。電話でも、ラインでも・・・』
その言葉に、目も鼻も真っ赤にしたリンコが小さく笑って言う。
『私・・・電話、あんまり得意じゃなくて。』
すると、
『俺もー・・・。 ・・・電話、ニガテだし。
文章だと”言葉の温度 ” ちゃんと伝わんないからイヤだし・・・』
そして、そのやわらかい口調は毅然として言った。
『伝えたいことは、ちゃんと顔を見て伝えた方が、ゼッタイいいよ。』
ヨシナガに何度もお礼を言って、リンコは別れた。
そして、駆けた。
薄桃色に雲が染まる夏の夕空の下、まっすぐサクラの自宅へ、休まずに駆けた。
チャイムを鳴らすと、サクラが玄関ドアからひょっこり顔を出す。
突然のリンコの来訪に、嬉しそうにちょっと驚いた顔を向けた。
リンコが、肩を上下し息を切らせながら満面の笑みで言った。
『サクラ・・・。
いろいろ、いっっぱい・・・ ありがとう。
・・・ほんとに、ほんとに・・・ ありがとう・・・。』
そう言うと、リンコは思いっきりサクラに抱き付いた。
そんなリンコにドギマギし少し仰け反ったが、なんだかよく分からないまま
サクラは可笑しそうに笑って、ハグをし返す。
サクラの体温のぬくもりに、リンコの棘が溶けて、流れて消えた。
『ねぇねぇ、よっし~部長・・・ ど~う? 四つ葉あった?』
『え?どうって・・・何が? 四つ葉??』
【おわり】