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「やはり俺はバカなのか?」


 なかなかの景色が窓の外に広がるマンションの九階の一室。俺は焦燥感を剥き出しに、何度も何度も両親の顔色を窺ってしまっていた。心を読まれるのは嫌なのに、心のどこかでは「気付いてください」とでも思っているのかもしれない。

 そんなきょろきょろした自分の姿を客観的に眺めてみると、バカの子にしか見えない。


 残酷にも時間はどんどんと流れ、朝が来て、父さんはどこかに出かけていった。母さんは笑顔でそれを見送り、化粧をし始めた。どこかに出かけるのだろうか。

 ここで出かけられてしまってはパソコンがクラッシュしてしまう。体のどこかがむずむずし始める。蟻が数匹歩いているようなむず痒さ。いや、エロを求めてパソコンの電源を付けるときのむず痒さに似ているかもしれない。リア充な同級生の涼しい顔が勝手に頭に浮かんでくる中、相手がいないことを恥じて第二希望の感情に大人しく従っている不甲斐ない虚しさに。


「あの、クレジットカード貸して」


 冷や汗をかきながらも、俺はメイクを完成させて若くなった母さんの背中に向かって重たい口を開けた。口に磁石でもくっついてるんじゃないかというくらい重い。

 母さんは振り返り、せっかく大きくした目を訝るように細めた。


「なんで?」


「コンピュータソフトを、ダウンロードしたくて」


 嫌という気持ちを隠しているような顔を、彼女はあからさまに露わにした。


「……いいけど、いくら使うの?」


「3800円」


 あんまり高くないのを確認し、母さんは床に置いてあるカバンから財布を取り出した。茶色の高そうなカバンだ。ブランドものだろうか。少なくとも俺はそのカバンに見覚えがなかった。


 そういえば母さんは二週間前に誕生日を迎えている。俺は母さんが好きなちょっと高めのチョコレートを買ってあげた。父さんが何をプレゼントしたかは知らないが、おそらくこれだろう。

 所詮公務員なのによく頑張ってるな。

 温かくて柔らかいものに触れた気がした。


「十五分で返してね。今から出かけるから」


 よし、と右手に力を入れる。

 彼女が財布から取り出したクレジットカードを両手で受取り、「あざっす」と言い残し、部屋に向かって走った。

 部屋のドアを開け、ノートパソコンの元へ走り、勢いよく開く。電源ボタンを必要以上の力で押し、それから椅子に座る。


「早くしてくれ……、潰れてないでくれ……」


『パソコンの動作が遅いとお悩みでないですか?』という広告を思い出してしまう。


「遅いなあ、」


 まだ電源スイッチを押したばかりなのに、既に十分くらい経っているような気がしてしまう。マウスポインタも現れていないのにマウスを握ってしまう。ふと下を見ていると右足が貧乏ゆすりをしていた。無意識だった。

 しばらくその怪奇現象を眺めていると、パソコン起動時の音が鳴る。十本の指を駆使してタララッとパスワードを入力。

 そんな自分に感動してしまう。「おぉ」


 俺はタイピングが得意ではなく、普段このパスワードも両手の人差し指と中指だけでゆっくり入力しているのに。


「人間、やればできるもんだな」


 すると、初期設定のままのデスクトップが白い枠の中に浮かんだ。スパイウェアの攻撃に耐えてくれているのか、どうやらまだ壊れてはいないようだ。

 すぐに動画サイトへ飛んだ。


「ここに来たらお目にかかれるだろう」


 やはりあの広告が現れた。


『あなたのパソコンからスパイウェアが検出されました。スパイウェアを追い出すにはここをクリックしてください』


『パソコンの動作が遅いとお悩みでないですか? ここをクリックすればその悩みはすぐに解決されます』


 やはりダブルパンチだ。普段現れないところにまで広告が出てきている。

 迷うことなく広告をクリックし、購入のボタンもクリック。

 十本の指全てを覚醒させて入力情報を猛スピードで打ち込んでいく。名前、年齢、住所、電話番号。クレジットカード番号も入れ、画面の一番下にある『入力情報の確認』のボタンをクリック。

 その確認情報もさっと目を通し、『購入』をクリック。

『ご購入ありがとうございました』という文字が現れ、ダウンロードが始まった。


 ふぅ、と肩から息が漏れる。これで一安心。

 俺は母さんにクレジットカードをダッシュで返し、スキップで部屋に戻った。

 安心感に胸が高鳴る、初めての経験だった。

 玄関のドアが開いて閉まる音がした。母さんが外出したのだろう。

 ひとりだから感情表現を全力でできる。「おぅっし!」


 しばらくするとダウンロードが終わり、デスクトップにある昨日現れたアイコンから『無料版』の文字が消えていた。

 アイコンをすぐさまダブルクリック。


 そこで出てきた画面は昨日のものと同じだったが、おそらく中身が違うのだろう。

『スキャンする』のボタンをクリックし、昨日と同じように数字が大きくなっていく。いや、よくみると数字が増えている。


『レジストリの損傷数 518 危険』


『動作が遅くなる原因数 45 危険』


『侵入したスパイウェア数 20 超危険』


『システムの異常数 4201 超危険』


「これはやばい」


 昨日との違いはもうひとつ、『修復する』をクリックすると『修復中』の文字が現れ、10秒ほどで全ての数字が『0』になり、『修復完了』と画面に映った。


「よっっっしゃ!」


 内臓にぶら下がっていた重りはどこかに飛んで行き、パッと気分も晴れた。心なしか視界まで少し明るくなったような気がする。

 今すぐ腰に伸縮性のあるロープをくくりつけて、ここ(マンションの九階)からバンジージャンプしたいくらいの高揚した気分だ。


 両手を掲げて喜んでいると、『コンピューターの様子はどうですか? まだ異常があるならここをクリックしてください』という文字が画面の右下にあるのが見えた。

 そこを試しにクリックして見ると、『バージョンアップ』という単語が俺の眼に映る。


「ん?」


 どうやら、このソフトは少し簡易的なもので、システムの奥深くまでに害が及んでいたり、最新の高性能スパイウェアが侵入してたりすることには対応できないらしい。


「まじで……」


 でも、そうなる確率はかなり低いらしい。もしそうなっているならば、バージョンアップの必要があるそうだ。その金額は5200円。


「……」


 念のために動画サイトを訪れてみることにした。「まさか、な」


 すると、


『あなたのパソコンからスパイウェアが検出されました。スパイウェアを追い出すにはここをクリックしてください』


『パソコンの動作が遅いとお悩みでないですか? ここをクリックすればその悩みはすぐに解決されます』


『あなたのパソコンはクラッシュ寸前です。直すにはここをクリックしてください』


 トリプルパンチ。今まで見たすべての広告だ。しかも普段は真っ白になっているはずの動画の左側にまで現れている。


「ウソだろ……」


 どっかに飛んで行ったはずの心の重りが「お邪魔しま~す」とにやにやしながら俺の体に戻ってきて「いっち、にっ」と懸垂を始めたようなひどい感覚だ。


「ふざけるなよ!」


 右手で机を叩き、目頭を押さえ天井を見上げる。


 どうしたらいいんだよ、俺は。クレジットカードはないし、これ以上貸してくれるとも思えない。そもそもスパイウェアって何なんだよ、コイツどっから入って何してんだよ。


『スパイウェア』という単語をググってみることにした。


『スパイウ』まで入れたところで、『スパイウェアが検出されました 広告』とういう文字列が予測変換で出てきた。


「ん?」


 その文字をクリックすると、「【スパイウェアが検出されました】詐欺広告が動画サイトやブラウザに出現」という文字列が一番上に出てきた。


「ん?」


【スパイウェアが検出されました】詐欺広告が動画サイトや


        検出されました】詐欺広告が


                詐欺広告


 詐欺。


「……」


 落胆。


以上、実話をもとにお届けいたしましたm(__)m

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