11
グロ注意。
午後八時少し前、木本と俺は裏山の麓にいた。辺りを見回すと、人っ子ひとり視界に入らない。虫の声は耳に入るが、十分に心地のいい静けさだった。
俺は山を見上げる。そんなに高い山ではないはずだが、今が夜であるせいか、葉っぱが黒く、夜空と一体化して不気味なほど大きく見える。
「本当に来てると思う?」
俺の質問に木本はニヤッと笑った。
「来てないかもな」
「え?」
「いや、なんでもない。そんなことより登ろうぜ」
「……ああ、そうだな」
麻生と別れてから木本と俺は駅前のデパートをうろついていた。どうせ今から金が手に入るんだから色々買おうかとは思ったのだが、現時点では財布に大した金は入っておらず、ファミレスで少々高いものを自称『金をほとんど持っていなかった』木本に貸すくらいの余裕しかなかった。貸す、と言っても経験上まず返してはくれないだろうが。
裏山に入ってみると、外から見るよりもずっと不気味だった。無機質な町灯りと微かな月明かりが作り出す木の影は、まるで黒い霧。奥へ奥へ、上へ上へ進んでいくものの、俺は正直嫌で、一歩踏み出すたびに足の指が震えるのを確かに感じていた。
「歩きながら貧乏ゆすりしてんじゃねえよ。今から金が入れば貧乏じゃなくなるんだしさ」
俺とは対照的に木本には余裕があり、むしろ好奇心とか探究心とかがあふれ出ており、至って楽しそうだった。
そんな木本のことを、俺は少し羨ましく思っている。
度胸もあるし、喧嘩も強い。背も高い。ないものねだりというやつだろうか。
でも、木本が自分のことをほんの少しでも羨ましがっているとは、これっぽっちも思っていない。本人に訊いたわけではないが、ほとんど間違いないと思う。
やはり人間関係というのは縦の関係なんだな。
「お、いるじゃねえか」
闇をしばらく渡っていると、木本がそう笑った。
目を凝らして見てみる。暗くてよく見えないが、誰かがいるのは確かだ。背を向けている。つまりロープの向こう側を向いている。白い服を着ている。制服のワイシャツだ。
木本の声か、それとも足音が聞こえたのか、制服を着た男が振り返った。まぎれもなく麻生だった。格好は制服の夏服。しかし通学用のカバンは持っていない。おそらく家に置いてきたのだろう。
「よっ、利口じゃねえか、麻生」
木本はずかずかと彼に近寄った。
麻生の表情は一切変わらなかった。教室にいる時と同じ、無の顔だ。
「金は持ってきたか?」
俺が訊くと、彼は首をゆっくり横に振った。
「そうか。それは利口じゃなかったな。じゃあ、ちょっと罰を受けてもらおうか。おっ、」
木本は彼の足元にある墓石の方を見て驚いた。「あるじゃねえか、花」
俺は言われて初めて気が付く。
そこには墓石を囲むようにたくさんのカラフルな菊の花が置いてあった。白、赤、黄、橙、ピンク。とても綺麗だ。夜なのに華やかに輝いている。十本、いや、二十本以上はあるかもしれない。
そして何より、その花たちから強い意志を感じる。エネルギーを発している。見ているだけで俺は圧倒され、興奮色の唾を飲みこんでいた。
「すげぇ」
「どおりで幸運になれるなんて都市伝説が流行るわけだ」
木本もこの風景に感動しているらしい。「まさかとは思うけど、これ置いたの、お前じゃないだろうな」
木本は麻生を見る。だが、うんともすんとも言わない。首を縦にも横にも振らない。一回鼻を押さえはしたが、それ以外はじっくりと前を見据えていた。
「まあ、そんなわけないないだろうがな。幸運になれたところ悪いが、ついてきてもらうぜ」
木本はロープをまたいだ。
麻生は、後ろに俺もいるし逃げれないと思ったのか、それとも最初から逃げる気などなかったのか、素直に木本の後をついていった。
少し驚きながらも、そんな麻生の後ろに俺は付く。
ロープの向こうは昼間でも薄暗かったのだから、夜は更に不気味な暗さが漂っていた。月や町の灯りが微かに入って来るので真っ暗というわけではないが、足元はやはり不安になるものだ。三人とも視線が下に向いている。
「親には何て言って出てきたんだ?」木本は振り返らずに訊いた。
「……」
「だんまりか。まあ、いい」
木本は足を止めた。俺と麻生も少し遅れて足を止める。
そこで初めて木本は振り返った。
右手で麻生の左頬を殴った。
「さあ、財布泥棒の裁きを始めようか」
麻生は右脇腹から勢いよく倒れる。
木本はボストンバッグを後ろに放り投げ、拳をバキバキと鳴らした。
そうだな、と俺もカバンをその場に置き、笑う。「お前のせいで俺は担任に殴られたんだ。憂さ晴らしさせてもらうぜ」
そんな俺たちに挟まれた麻生は痛そうに頬を押さえ、地面に片膝を付いている。何も喋らずに。
俺は彼の後頭部に右足で思いっ切りアクセルを踏む。
ハハハッ、という笑い声の中、麻生は頭から土をかぶり、うずくまる。
そして木本がアッパーのように彼の腹を蹴り上げた。
俺は顔面を蹴った。
こいつをあの醜い担任だと思え。世の中の不条理だと思え。全てを消し去るんだ。全てを、俺が。
俺は蹴る。何度も、何度も。
蹴る、蹴る、蹴る、もう五発蹴ってやろう。蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、そして、蹴る。ついでにもう一発、蹴る。
ぶはっ、と初めて麻生の口から音が出た。
ヒャハハハハ、
木本はうずくまる麻生の髪を掴み、無理やり上体を上げる。
その時の麻生の顔は赤く、ところどころ蒼く変色していた。
「いい顔だ」
「いい様だよ」
二人は笑う。一人は荒い呼吸をする。
「顔面横蹴りしてやれ」
「ああ」
俺は笑いを我慢しながら返事した。こんな体勢になっているやつの顔面を蹴ったらどれだけ気持ちいいことか。それを想像すると横隔膜が震えて、我慢のコップに並々溜まった水が少しずつ零れてしまうようだった。蹴った時にコップも一緒にひっくり返して水を爽快に飛ばしたいのに。
「行くぜ」
俺は一歩下がる。麻生の顔が少し震えるのが見えた。滑稽に震えている。
蹴られると分かっていて蹴られるのはさぞ怖いだろううな。車が猛スピードで突っ込んでくるのを知って赤信号を渡るようなものだ。
俺はにやけながら、あえて間を作る。
麻生の顔の震えが少しずつ大きくなっていくのが見える。
楽しい。快感だ。憎いやつをボコボコにするのはたまらない。仕返し、報復。素晴らしい言葉だ。
喜びをしばらく噛みしめ、俺は左足に重心をかけ、右足を伸ばして体を回転させる。足の根元に勢いよく頭蓋骨が当たり、それが吹っ飛び、うつ伏せに倒れる。それから俺の左側へ液体が吹き出した。
予想以上のことが起き、俺たちは笑いを抑えることができなかった。
ヒャハハハハハハハ!
「たまらない、最高だ!」
木本は叫んだ。「久しぶりに人をボコるのは思ってたよりずっと快感だよ! オーガズムだ!」
俺は笑いながら麻生が吐いた血を見た。暗くてよく見えないが、闘牛の興奮を煽る色だった。
もしかしたら争いがなくならない原因は人間の血が赤いからかもしれない、などとふと思う。血が青だったら興奮なんてしないだろうに。
すると、その赤が流れていく先に一本の細い木の枝が落ちているのが見えた。
「おっ」
俺はそれを拾う。
木本は楽しそうにそれを見る。
麻生は顔を地面につけながら半目でそれを睨む。
「いいおもちゃじゃねえか」
一メートルほどの木の枝だ。しかも、よくしなる。
「天然が生んだ鞭だな。これで罪深き罪人を裁けっていう、神様のお告げってところか」
「龍一。それ、俺に貸してくれ」
木本は薬物を求めるように右手を俺の方に伸ばした。「その玩具で遊びたい」
「おう、いいぜ」
俺は鞭を下手で投げる。木本はそれをキャッチし、舐め回すように眺めながら、女性の肌をなでるように、優しく、先端から先端まで手でなぞる。
「アハハッ……素晴らしい」
すると、
ぱぁん。
時空に切れ目を作るような甲高い破裂音が鳴った。
鞭が空気と麻生の背中を裂いたのだ。
「アッ……ァア……ッ」
蚊のような声だったが、初めて漏れた麻生の言葉だった。
「なんだ、声帯あるじゃねえか。家に忘れてきたかと思ってたよ」
俺はその場に座り、あぐらを掻いた。ポケットからスマホを取り出し、ツイッタ―を開く。
『泥棒をボコってるなう』
俺はツイッターのアカウントを友達に教えていない。友達同士ではラインで十分足りていて、ツイッターでは全く知らない人との交流を望んでいるのだ。全く知らないからこそ本音で喋れる、そんな関係。
すると、すぐにフォローが来た。
『殺っちゃえ殺っちゃえ』
俺はニヤッとする。
みんな刺激を求めてるんだな。やっぱりこの世で一番面白いのは、嫌いな奴とか犯罪者が死ぬことだよな。
「木本。ツイッターで『泥棒をボコってるなう』って呟いたら最初のフォローが『殺っちゃえ殺っちゃえ』だったけど、どうする? 殺っちゃう?」
ハハハっ、と木本は笑った。「そうしちゃおうか?」
更にスマホの画面を見てみると、次々とフォローのメッセージが届いていた。
『うけるwww』
『もっとぼこぼこにしてやれ』
『コ・ロ・セ! コ・ロ・セ! ド・ロ・ボ・ウ・コ・ロ・セ!』
そんな愉快なメッセージの中、斉藤の目にはこんなメッセージが映っていた。
『根性焼きしてやれ』
『そういう時は根性焼きに限る』
『耳焼いたら? コリッコリにしちゃえw』
空気を切る爽快な音が響く中、フッと俺は笑う。「根性焼きか」
「どうした、龍一」
木本は手を止め、少しだけ息を切らしながらこっちを向いた。まるで射精でもしたかのような満足気な表情だった。
その表情が俺にも感染した。湧きあがる興奮が蓋に当たって飛び散るようだった。
「俺のフォロワーは根性焼きを望んでるみたいだぞ」
「お、いいねえ」
木本はさっき放り投げた汚れまみれのボストンバッグの元へ歩いていく。木の鞭をその上に放り、バッグの外ポケットから煙草とライターを取り出した。
「そういえば龍一、前言ってたよな。お前を煙草嫌いにさせたやつに会ったら根性焼きしてやるって」
ああ、と頷いた俺の口角は自然と上がっていた。
「やるか? 龍一」
木本はライターを右手に持ち、俺の方に向ける。
根性焼きと言ってみるまでは乗り気だったが、いざライターを前にすると、皮膚が拒絶反応を起こして震え、目を背けてしまった。あの時のヒリヒリした痛みがフラッシュバックし、背骨に沿って這う。
「……いや、いい。見てるだけで」
自分自身では手が下せない。でも、あのサラリーマンが焼かれている姿はこの目に焼き付けたい。
ああ、なんて俺は罪深いのだろう。
「そうか。じゃあ、代わりに俺がお前のうっ憤を晴らしてやるよ。だが、その前に一服させてくれ。その間に新鮮なおいしい空気でも吸うんだな、麻生くぅん」
木本は煙草をくわえ、火をつけた。しかし、煙を吐くことはしなかった。煙を肺の隅から隅まで浸透させ、息を止めたのだ。
そして倒れて呼吸を乱している麻生の顔の前にしゃがんだ。
ガムを吐くように、顔に煙を勢い良く噴きかける。
麻生は喉が裂けたみたいに咳こみ、咳や煙と共に苦しげな鮮血をばらまいた。
「汚ったねえな!」
彼の血を避けながら木本は腹を蹴った。すると、更に血が噴き出した。
「キャハハハ! レッドスプラッシュ! 素晴らしい! 感動だ!」
気が付けば俺は立ち上がり、木本と一緒に高らかに歓声を上げていた。「いやあ、楽しいな!」
中二くらいだろうか。他校の連中とした喧嘩を思い出す。二対四で人数的には不利だったはずだ。木本が豆みたいなやつと猿みたいなやつと牛蒡みたいなやつ三人を相手に、俺は顎が長いやつと向かい合っていた。パッと見ただけでアシンメトリー顔だと分かる、いびつな隕石顔のきもい男だった。「こいつ舎弟だな」と俺は直感し、喧嘩には自信がなかったが、こいつなら大丈夫だろうと高をくくって自分から殴りにかかった。だが、あっさり交わされ、カウンターの右フックを食らった。
「こいつ雑魚だし」とその顎長隕石は笑っていた。「言っとくけど、俺がこの町で最強だし」
まじかよ、こいつがボスかよ、と思った時にはもう一度腹を蹴られていた。内臓が大きく揺れ、俺は仰向けに倒れ、動けなくなった。
「まじ雑魚だし。死ねだし」
体は動かなかったが、こいつの「だしだし」口調が妙に腹に立ち、幽体離脱してでもぶん殴ってやろうと思った。でも、動けないものは動けない。
「今からあの世に送ってやるだし」という声の「だし」と同時に視界の端からそいつが飛んで行くのが見えた。
木本の体当たりだ。
この短時間で全員倒したのか。
立ち上がって辺りを見回すと、ボロ雑巾を着たボロ雑巾が数匹足をぴくぴくさせて倒れているのがぼやけた視界に入る。「まじかよ」
「あの世に行くのはお前だ、だしだし星人。閻魔様に舌を切られて二度とだしだし言えなくなることだな」
だしだし星人は起き上がる。すると、目を点にしてきょろきょろと泳がせた。仲間三人が一瞬でたったひとりにやられた事実に衝撃を受けているのだろう。きょろきょろしすぎて今にも眼球の裏側が顔を出しそうなほどだった。
そして、だしだし星人は「覚えておけだし」と言い残して走り去っていった。
「あんな漫画みたいな台詞、今もあんのかよ」と木本は無傷の姿で笑い、つられて俺も笑いだしていた。「ハハハ」
木本と俺は夕日に向かって大きな口を開け、数分後に倒れていた豆と猿と牛蒡が立ち上がって逃げるまで数分間笑い続けた。アドレナリンがこんなに出たのは、後にも先にもなかった。
今、その時の感覚にとても似ている。いや、気持ちよさはそれ以上だ。なんと言ってもこっちは無傷だからな。
木本は麻生に向かって微笑みながら、俺の横にゆっくり歩いてきた。
ゴホッ、ゴホッ、と麻生はまだ咳き込み続けていた。その様子はまるで、現在進行形で絞られている雑巾のようだ。力を入れれば入れるほどドボドボと水が吹き出す様子が、実に気持ちいい。
「いい絵だ。これを描写して絵を描いたら、金賞取れること間違いなしだな。もらえる金も十万どころじゃないだろうぜ」
木本は正面からうっとりとその芸術作品を見ていた。隅から隅まで、全てを中指の先でさするように。
「まさかこんな山でこんな素晴らしい作品が見れるとは思いもよらなかったよ」
俺も腕を組みながらその芸術作品を眺めていた。「でも、残念ながら俺達には絵の才能がないんだよな。写真でも撮るか?」
「いや、いい」
木本は再び麻生へ歩きだした。
「写真っていうのは昔、恐れられていたみたいだな。時を切り裂くようなことをしていいのかって。つまり、生で芸術を見て、感じる。あるいはその作る過程を見ることこそが、どんな素晴らしい描写を捕えた写真よりも美しいってわけだ。だからカメラで写真なんか撮らず、この目にこの芸術を焼きつかせようぜ」
麻生は体の左側を下にして横たわっている。木本は彼の背後に立ち、ライターでカチッ、カチッ、と雀蜂が威嚇するような音を鳴らしている。
そしてしゃがみ、彼の耳元で囁いた。
「ここで問題です、麻生信次くん。国民の三大義務とは何でしょう?」
麻生は肺呼吸を忘れたかのように呼吸を不規則に乱したままで、何も言わない。
すると、木本は麻生の視界の右からライターを入れ、もう一度火を付けた。
「黙ってないで答えてよ、麻生くん」
「ハァ……ハア、……ァ……」
木本は少しずつライターを彼の目頭へ近づけていく。人間に足を六本中四本ちぎられた蟻が歩くようにゆっくりと近づけていく。
「……ハア、ハァ、ハァ」
木本は何も喋らない麻生に頭がきたのか舌打ちし、ライターの火をぶつけるように麻生の眉毛と眉毛の間に押し付けた。
それは、麻生の初めてのシャウトだった。
「ア、ァアアアアアアアアァアアアアアアアア!」
「ヒャハハハハハハハ!」
麻生は傷だらけの手を条件反射で顔に持って行き、叩いた。何度も叩いた。顔に付いた五センチのハエの幻覚を追い払うように、叩き払った。体は素早く左右に揺れるようにねじれていく。足はじたばたと地面を叩いている。まるで競泳用のプールに投げ込まれた幼児だ。
俺の内臓が数センチ浮き上がる。普段は気分が悪くなるはずだが、今日は高揚感に変換されていた。あのサラリーマンを麻生に置き換えて考えると、最高に爽快で気持ち良かった。「ハハハっ」
どれどれ、と木本は麻生に馬乗りして彼の手を掴み、どけようとした。
「アアアアア!」
麻生はだだをこねるように顔から手を離さなかった。
「抵抗してんじゃねえよ、おい」
木本は低い声で威嚇し、ライターを彼の耳元に持ってきて、火を付けた。
「ウァアアアアアアアアアア!」
彼が叫んでも木本はライターの火を消さなかった。
苦しめ。俺の痛みを知れ。
目に映るのは、ボロボロの制服を着た同級生ではない。
スーツを着て右手に煙草を持ったサラリーマンだ。
「これ以上焼かれたくなかったら黙って手をどかすんだな」
すると彼は唇を噛みしめて声を封じ、胸を上下させながらも木本になされるがまま力を抜いた。
彼の眉毛は一部焼け焦げてなくなっている。皮膚や耳は赤く焼けただれ、戦争の漫画で見たことのある広島の風景がふと頭をよぎった。
でも、それをグロテスクな物として捉えることを俺のアドレナリンが拒否した。そして木本はこっちを向き、声を上げて笑う。
「ハハハ! やっぱりリアルは最高だぜ! 画質高いうえにモザイクなしだ! どうだ、龍一! 気分は!」
「最高だよ! かたき討ちは最高だぜ!」
「そうか!」
木本は俺の歓声に喜び、オリンピックで最高の演技をした体操選手のように激しくガッツポーズを取った。
そして再び麻生の顔を覗き込む。
「正解は『勤労・納税・少数派の撲滅』でした~! ってことで、俺たちは義務を果たしてるんだ。悪く思うなよ」
ハァ、ハァと息を乱しながら麻生は木本を睨んだ。
木本は麻生に向かってフッとひとつ笑い、立ち上がってライターをカバンにしまった。そして再びあの鞭を手にした。
「下手したら、この音はその辺の麻薬より中毒になるかもしれねえな」
恍惚の表情で呼吸を荒立てる。最高の興奮状態に彼は陥った。そして、鞭を振るう。
ぱしん
ぱしん
ぱしん
何度叩かれ、流血しようとも麻生は横たわったままだった。苦しみもがくことも声をあげることもしなかった。生きることを諦めてるのか、手を二センチ動かすこともできないほどに弱っているのか。
その時『Which?』が頭の中で鳴り響いているのに気が付いた。
「キミはどっち? キミはどっち? やる方かやられる方か」
やる方だな、とにやけながら俺はもう一度その場にあぐらを掻き、スマホの画面を覗いた。
『どう? 炒めた? 茶色くなってる?w』
『もう死んだ?』
『写メよろしく!』
木本の写真の話を聞いたのでさすがに写メる気にはなれなかったが、代わりにこう呟いてみた。
『焼いてみたらスゲェいい声で叫んでたよ。録音すればよかったな』
バシン、バシンと数えられないほど官能的な音が鳴り響いている中、俺はとあることを思い出して自然とにやけていた。
「龍一、そんなの見てないでお前も一緒にやろうぜ」
木本は「いい汗かいた」という顔で俺を見た。
「いや、それよりさ」
俺はスマホから木本に視線を乗り換える。
「すぐ向こうにちょっとした斜面があっただろ」
その言葉を聞いて木本は目を見開いた。「お?」と呟き、口角を上げる。
「奇遇だな。どうやら俺達、同じことを考えてるらしい」
この前二人で見つけ、一緒に滑り下りた斜面。俺に昔の感覚を取り戻させたスリリングなあの崖だ。
俺は乾いた地面に右手を突いて立ち上がり、スマホをズボンのポケットにしまった。
「落とす?」