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オートマティックな恋心

作者: 空人

 くるり、くるり。

 日常と喧騒を掻き分けて。

 今日も彼女はいつもの場所で。

 廻る、踊る。


 型の古い音楽再生装置は音割れもひどく。しかしそれは機械的でぎこちない彼女の動きにはとてもよく合っている。

 決まった曜日の決まった時間。魔道具工房の店主は彼女を看板として起用する事に決めているらしい。だから私もその時間、向かいのオープンカフェでしばしの休息を取ることにしている。ひとときの間、踊り続ける彼女を眺めるために。

 研究所の上司はもちろん同僚たちもけして良い顔をしているわけではない事は知っているが、これだけは譲るつもりは無い。仕事はちゃんとこなしているし、これも研究の一貫だと言ってしまえば、反論してくる輩は居なかった。

 彼女は『魔道機人オートマタ』。

 魔道と科学の融合を目指し、当時の技術の粋を集めて開発された芸術品である。一昔前に廃れてしまった情熱の集大成だ。機構の複雑さとコストパフォーマンスの折り合いが付かなかった事に加え、繊細すぎる取り扱いにユーザーが付いて来れなくなった事が廃退の要因としてあげられる。

 それでも一部の収集家には絶大な人気を誇り、価格は高騰する一方で、最近ではますます手に入り難い品物であったりする。

 一度、魔道具工房の主に交渉を持ちかけてもみたのだが、旧来の頑固さを持ち合わせているらしい工房主は「あれは売り物ではない」の一点張りで、まったく相手にされなかった。しかしそれはそれで、彼女が誰のものにもならずここで踊り続けていられるという事で。「そうですか」と無念を呟いた私の顔が嬉しそうに綻んでいるのを、工房主は怪訝な顔で見つめてきたものである。







「それで? 研究の成果は出ているのか?」

「はい?」


 突然の質問の意味を理解できずに呆ける私を、上司は睨みつけるように見つめてくる。いや、実際に睨んでいるのだろう。額には筋が浮いているのだから。


「お前が『研究』だと言い張っている件の魔道機人の観察は何らかの成果を出せているのかと聞いているんだが?」


 更に荒い声を上げる上司を愛想笑いで牽制しつつ、姿勢を正す。


「は、はい。観察に関しては継続的に行っておりますが、なにぶん他人の所有物という事もあり、なかなか積極的にとは行かない現状であります。これまでの観察結果として、表情などは変わらないながら人が近付くと微細な反応を見せる事からなんらかの探知機能が有ると思われます。また、関節部分は服装や肌色のタイツなどで補っているようで確認できませんでしたが、普段踊っている時よりもなめらかな動きが可能なのではないかと推測できています」

「ほう、なるほど興味深いのは確かだな」


 視線の強さは変わらないものの、上司は私の報告に関心を示してくれたようだ。だてに長い時間観察しているわけではない。こちらとしては、彼女についてなら小一時間語ってもかまわないくらいなのだ。


「ちなみに、動きが阻害されていると考えた根拠は何かね?」

「はい、それは音楽再生装置の音に彼女の踊りが合致しすぎている点です。音が飛んだり止まったりする事も間々あるのですが、それで彼女の踊りが遅れたり進みすぎたりする事がないのです。数瞬ほど音楽が止まった時は彼女も止まります。この事から、おそらく音での感知が可能なのではないかと考えられます。それ故、より美しい音楽を伴奏できれば、彼女の踊りもより美しくなるのではないかと推測したわけです」


 私の答えを聞いた上司は『彼女ねェ……』と呟いて額にしわを寄せる。何か不味い事を言っただろうかと心配になる私を気にもとめず、上司の詰問は続く。


「なるほど、それ程の物ならば我らの魔道研究の足しにもなるだろう。しかし工房主は他人に譲る気は無いのだろう? こちらとしてはお前の給料の五ヶ月分くらいなら用意出来るんだがな。サボりがちな研究員が一人居るよりもよほど有意義そうだ」

「は、い、いえ、工房主はどんなに金を積もうと譲る気は無いと言っていましたので……」


 上司の言葉を肯定しつつ、自分の首が危うい事もようやく悟り、取り繕う方法を探して視線を泳がせる。


「そう言えば、お前の『彼女』は工房主が造った物だったか? 同様の物を造れるのなら依頼しても良いのだが」

「あ、いえ。それはまだ伺っていませんでした」


 私の答えに上司はついに溜息を返してきた。何かを思い悩むように額に手を当てる上司の姿に呼応するように、私の額からは滝のような汗が流れ落ちてくる。


「ならば、交渉してくると良い。もちろん今日のノルマを終わらせてからだが、な。ああ、工房主が製作者じゃないなら誰が造ったのかも聞いてこいよ?」


 猶予を貰えた事に安堵しつつ、手の甲を向けて追い払うような仕草をしている上司に頭を下げた。







 工房主と話をした事は数えるほどしかない。正直得意な相手ではない事は確かだ。

 いや、あの工房主と談笑できる者が居るのなら是非とも拝見してみたいと、向かいのカフェ店員に言わせるほど相手だ。苦手意識程度なら可愛いものだろう。

 今日も彼女は店先で踊っていた。その姿を少しの間でも見ていたい衝動を抑え、会釈だけして通り過ぎ、工房のドアをくぐる。ドアには呼び鈴も無く、工房内に客の姿も無い。ただ無骨な工房主がこちらを一瞥しただけで、当然ながら「いらっしゃい」等の挨拶も無い。

 彼女が看板に立ってからはそれなりに足を止める人が居るものの、この工房が流行る事がない原因が手に取るように解る。さすがに彼女が可哀相になりながらも、どうやって工房主が高価な魔道機人を入手もしくは製作する事が出来たのか疑問に思う。と同時に何故今迄それを疑問に思わない自分が居たのだろうかと戦慄を覚えた。彼女を見つめる事だけで満足してろくに素性を知る努力もしなかったのかと。

 不甲斐なさに唇をかみ締めながら、改めて工房主に向き合う。怖気付いている場合ではないのだ。


「し、失礼します。先日、表の魔道機人を譲っていただけないかと伺った者で、魔道研究員のルードと申します。本日は是非かの……魔道機人の製作者についてお聞かせいただけないかと思い参上しました」


 一息で挨拶と自己紹介と来訪理由を唱え終えて、そのまま直立不動で反応を待つ事にする。

 工房内は静寂を保ち、返事を待つのをあきらめて退室しようと震える足を何度か叱咤して、工房主が作業を止めてこちらに向ける重圧に耐えること数十秒。体感時間はそれの数十倍に及んでいるのだが、顔色を悪くしている私に向けて、ようやく工房主の重たい顎が動いた。


「それを知ってどうする」

「はっ、はい。私共の上司が研究に有用だと……あの、制作費用は出せるそうなので」

「無理だな」


 それまでの長い沈黙は何だったのかと思うほどの速度で返事はかえされた。おかげで今度はこちらが沈黙してしまったほどだ。


「え……と、せ、製作者は貴方、という事で間違いないのでしょうか?」

「……半分な」


 短いながらも帰ってきた答えに合点がいく。この工房の棚に有る品物は、技巧の凝らされているのは多々有れど、大きな魔力が必要な物が揃っていない。

 おそらく魔道機人の構造を製作したのは工房主で、魔道を使う心臓ともいえる動力部分は別の人間が造ったのだろう。


「その……もう半分を作った方は?」

「死んだ」

「で、では形だけでも……」

「無理だと言った。もう、帰れ」


 にべも無く、続く言葉も無い。

 その日はあきらめておとなしく工房を出ることにした。踵を返しながらも、またお邪魔する意思は伝えておこうと思いなおし足を止めた私の背中に、重い声が届く。


「それで良いのか?」


 さすがに質問の意図を汲み取る事が出来ず。しかし、その言葉を聞いた私の心には今迄わだかまっていた想いが押し寄せる。


 ――代替品で満足なのか、と。


 今日、私は何をしに来たのだ? 上司に言われるがままに工房を訪れて、言葉どおりの質問を投げかけて、結局得られたのは製作者の情報のみで。それすら半分だけ。

 しかもそれは、私が求めていたものではない。私が求めていたもの、私が欲したものは――――。


 視線を上げる。窓の向こうには踊る機人。空を映さないはずの黒い瞳が何故か寂しそうに揺らぐから、私の鼓動は回転を上げ始める。

 私が欲しいのは彼女なのだ、とはじめて気が付いた。


「あ、あの。彼女をゆずって……」

「ダメだ」


 その答えも質問も、既に先日交わしたばかりだった。だが私の中でそのニュアンスはまったく違うもので、しかし答えにも迷いは無くて。

 私は肩を落とすのだった。







 工房を出ると、ちょうど彼女に集まる人影が見えた。やはり目新しいのか、彼女が踊っている日は工房の前で足を止める通行人は少なくないようだ。それでも工房が流行っていないのは、中に入る事すら躊躇われるほどの工房主の威圧感が原因である事は想像に難くない。

 人影は複数で彼女の踊りをしきりに見て…………少々近寄りすぎではないだろうか? それに、どうも柄が悪そうだ。

 他人のことを言えるほど立派ななりをしているわけではないが、通行人たちも彼らを遠巻きに見ては視線をそらしているところを見ると、その印象で概ね間違っていないだろう。

 まさか、魔道機人が高価なものだと考えないわけは無いと思うが、それでもちょっとした傷を付けてやろう等と思いつくような低俗な輩かもしれない。

 何よりも、彼女に汚い手で触れられる事に嫌悪感を覚えた私は、声をかけようとして、しかし彼らが身を引いたのを見て安堵する。

 我ながら情けないとは思いながらも、この後少しだけでも彼女の踊りを見学しようかとカフェの方へ視線を向けた瞬間。彼らの内の一人が彼女の顔に何かを押し付けたのを視線の端に見た。


「うわぁっ!?」


 出てきたのは実に情けない一声だった。

 押し付けられていたのは、咥えていた煙草のようだ。悪童どもは結局動けずに変な悲鳴を上げた私や、抵抗できない彼女を下品な声で嘲笑って去っていく。何がそんなに可笑しいのか理解はできなかったが、そんなものより彼女の損傷のほうが私には大事だった。

 ハンカチを取り出して彼女に付けられた焦げカスを拭う。彼女は動き続けているので苦労したが、黒い涙のようにペイントされた模様は拭い去る事は出来た。仮面が焦げたり溶けた跡は無いようだ。石膏か何かで出来ているのだろうか?

 彼女のあごを押さえ、マジマジとその整えられた表情を見入ってしまっている事に気付いて、慌てて手を離す。

 彼女は妨げられていた動きを再開し、終いまで踊りきると私の方に向かってお辞儀をする。もちろんそこまでが決められた動作なのだが、何となくお礼を言われたような気分になり、私は微笑む。

 顔を上げた彼女も、どことなく喜色が漂っているように見えてしまい、意識無く私は彼女の頬を這う髪の毛の一房に指を絡めてしまっていた。指ざわりは人間のそれと遜色は無く、もしかしたら誰か人間の髪を使っているのかも知れないと推測する。

 だからそれは自然な導きだったと思うのだ。指をくすぐる一房に私は口付けを落とした。


 そして気付く。工房主からの窓越しでも突き刺さるような視線。

 思わず一歩二歩と後退り、素知らぬ顔でカフェに向かうが、その顔は間違いなく赤く染まっていただろう。







「どうやら彼女とはうまくいっているようだな、ルード」


 あの日の失態は上司の耳にも滞りなく届いていたらしく、馬鹿にするような表情を隠しもせずに彼は私を扱き下ろす。


「うまくいってませんよ。先日ふられたばかりです」


 もっとも彼女にではなく工房主にだが。

 そんな事を呟きながらも迷いの晴れた表情を見せる私に上司は怪訝な表情を見せてくるが、詳しく説明する義理はないだろう。報告書なら既に提出済みでもある。

 しかし、敏腕な上司は傷心なる部下にとんでもない救済案をぶつけてくるのだった。


「そうか、それなら問題ないな。実はお前と会って話がしたいなんて言う奇特な女性が居るんだが。どうする?」

「は?」


 突然ふって沸いた話について行けず、私は何とか振りぼった頭で答えを返す努力をしなければならないのだった。


「はぁ、まぁ……はい。よろしくお願いします?」







 返事はしたものの、今一つ乗り気はしなかった。私には気になっている女性が居り、こんな機会は滅多に無いからなどとそんな中途半端な思いで他の女性に目を向けるのは、どちらにも失礼なんじゃないかと考えていたのだ。……例え片方が人間ではなくともだ。

 待ち合わせから遅れること数分。明るい色の髪を肩に弾ませながら、こちらへ向かってくる女性を見つけた。顔立ちや仕草の端々には幼い印象を残し、しかし服装には落ち着いたシックな雰囲気をまとわせている。

 約束の時間に遅れた事をしきりに謝ったり、これから赴く場所の説明を一生懸命したり、休憩のために入った喫茶店で会話が途切れた時に必死に話題を探したり。リタと名乗った少女は実に忙しない。私としては女性にはもっと落ち着いた雰囲気と心穏やかに過ごせる空気を持って欲しいのだが、年若い彼女にそれを求めるのは早急なのだろうか。

 しかしまぁ、リタのそんな何にでも一途に取り組む姿は微笑ましくもある。クルクルと変わる表情は見ていて楽しいし、仕草の一つ一つが年相応に可愛らしい。時折会話が途絶えると思ったらこちらの顔をじっと見ていて、目が合うと慌てて顔を背ける姿には好感を持つなという方が難しい。

 なのに私は、リタの髪の色が“彼女”と同じなのを見て、触れてみたい感覚に襲われてみたり、指先や身のこなしの女性らしさを“踊り”と重ねてみたり。隣を歩く少女と別の女性を比較してみたりして。自分が最低な人間なのだと気付かされる。

 一度でも話をしてみたいと考える要素が私のどこに有るのか大いに疑問に思ったが、それをたずねるのは止めておく事にした。


 別れ際のまた会う約束を引きつった笑みで返し、社交辞令のように手を振る。押し寄せてくる孤独感と自己嫌悪を公共物に叩きつけたい衝動に何度も襲われながら、その日は帰路についたのだった。







 仕事場の机の上で書類を整理しながら、リタという娘について考える。

 とても良い子なのは間違いない。あの子の事を好きになれたら、きっと幸せになれるに違いない。だからこそ自分なんかに関わらせるべきではないと思う。私が好きなのは心を持たない機械の人形なのだ。改めて突きつけられるその事実に自分の想いが酷くいびつで醜いものに感じられた。

 頭を抱えても、今日のノルマは終わらない。いつもより緩慢な体と頭を無理やり動かして、仕事に手をかけた時、上司が珍しいものを見たような顔で話しかけてくるので、私の不調もそろそろ最高潮に達しようというものである。


「何ですか?」

「いや? この時間にいるなんて珍しいなって思ったのでね」

「……仕事が終わってませんから」

「ふん。だが良いのか? もうお前の彼女が踊り始めている時間だろう。まぁ、本物の恋人が出来たのなら必要ないか。薄情な奴だ、幸せ者が、爆発しろっ」


 どんなに酷い言葉でののしられようと私の耳にまでは届いてこなかった。そうだ、今日は彼女が踊る日だ。何故今迄気付かなかったのだ。何故他の女性の事などに頭を悩ませていたのだ。

 戸惑いと憤りと驚きと、とにかくいろんなものが今日の鈍い頭と体を無理やり回し始め、私は座っていた椅子を蹴飛ばして立ち上がっていた。


「あ、ああ、あの……私は、そ、その、い、今からでもっ」

「あ? 何だルード、酷い顔色だぞ。早退でもするか?」


 上司のその言葉だけが、すっと頭に届いてきた。今日はじめてキッチリと歯車が噛み合ったような感じだった。そして、自分の中で回っていたものが中心からずれてしまっている事に気付く。

 だから私は彼女に会わなくてはならないと感じたのだ。


「はい、今日はこれで早退させてください」


 さっさと行けと手の甲を振る上司に頭を下げ、私は駆け出した。随分元気な病人だなという的確なツッコミも、私の足を止めるに足るものではなかったのである。







 魔道具工房まで走っても、彼女がいつも踊り終える時間には間に合いそうも無い。しかし足を止める気にはならなかった。

 工房が見える通りへの角を曲がれば、オープンカフェはそろそろ片づけを始めているのが見える。その向かい側には彼女の姿。まだ仕舞われていない事に安堵しつつ、早く片付けないと日暮れの急激な温度変化は魔道機人の機能を保つためにはよろしくないと工房主に文句を言いたい気持ちになった。

 速度を緩めながら息を整えると、彼女の傍らに人影が見えた。工房主が片づけを始めたのかと思い首を伸ばすと、自分の予想が外れている事が解る。

 そこに居たのは見知らぬ男だった。顔は酒気に染まり、眼は虚ろで一升瓶を片手に彼女に何かを訴えているが、その呂律はかなり怪しく、何を主張しているのか理解できない。どうやら一緒に飲もうと誘っているようだが、当然ながら彼女がその台座から降りるわけも無く、彼女が振るう指先を覚束ない足取りでどうにかかわしている。

 酔っ払いが彼女に体重を預け始める前に、私は彼らの間に身を滑り込ませることに成功した。


「だ、大丈夫ですか、貴方。足がふらついてますよ。今日はもう帰られた方が良いのではないですか?」

「にゃにおうっ! おれが酔っぱらってるって言うのかああん? ふらついてるのはそっちのねぇちゃんだっつうの! おれはなぁにぃちゃん、毎日コイツを飲んでる。だから大丈夫だ。なぁ、ねぇちゃんもコレを飲まなきゃやってられないよなぁ?」

「何が大丈夫なのか解りませんが、とにかく一度落ち着きましょう、ね。それに、彼女はお酒を飲めませんから」

「なんだとぉう! おれのさけが飲めねぇっつうのかああん?」


 その言動は完全に酔っ払いそのものである。どうにか男を彼女から引き離そうと酒臭い息と戦いながら身体を押し込もうとするが、長年溜めに溜めた貫禄と脂肪は私の貧弱な腕に余る代物だったようで、逆に押し倒されてしまうのだった。

 見上げる形となった男の顔色は酒気から怒気へと移り、興奮抑えぬ鼻息と共に抱えていた一升瓶を目の前の貧弱男に振り下ろす。私に出来た事といえば、両の腕で頭をかばい、来る衝撃に耐える事だけだった。






 しかし、いつまで経っても衝撃は落ちてこなかった。

 見上げれば夕陽の逆光に照らされた彼女の細い腕で。それは、滑るように男が振るう一升瓶を受け流し、そのまま男の身体を引き寄せると、自分の踊りの中の巻き込んでしまうのだ。

 私は驚きのあまり、言葉も無く呆然とその光景を眺めていた。今踊っているのは彼女が一度も見せた事の無いものだったのだ。それもそのはず、彼女は今、ソロではなくペアで踊っている。ワルツだかタンゴだかの区別は私には無理だったが、それはパートナーが素人であっても目を見張るほど美しいと感じられたのだ。

 それに彼女は今、台座の上に居ない。自由気儘にステップを踏みターンする。その回転について行けなくなったパートナーはやがて尻餅をつき、揺らされた脳と胃から逆流してくる内容物を吐き出すために、今回の舞台となった通りの隅へと引っ込んで行った。

 たった一人でペアダンスを踊り切り、彼女はその居場所へと戻ってくる。


「大丈夫でしたかルードさん。お怪我は?」

「け、怪我は無いけど君は、その声は……」


 聞き覚えのある声だった。つい先日聞いたばかりだ。肩を弾ませほつれた髪の毛を救い上げる仕草とまだ幼さを残す声は、とある女性を思いださせる。


「……リタ?」

「はい」


 仮面を外した踊り子は、踊りを終えた時のいつものポーズで私にお辞儀をするのだった。







 学校を卒業し、趣味のダンスで細々と生計を立てていたリタは、母親が流行病で倒れたのを切っ掛けに実家である魔道具工房へと戻ってきたらしい。母親は助からず彼女が工房を手伝う事になったのだが、持ち前の落ち着きの無さと不器用さでそれもままならなかったそうだ。

 そこで、自分が役に立つ事は無いものかと考えた結果、工房の看板商品になることを思いついたらしい。

 彼女は私がしょっちゅう見学に来ていることにも気付いていた。工房主である彼女の父親との会話や、仮面の焦げ跡を拭った事で魔道具に対して知識もあり人間以外にも優しく出来る人なのだと感心を持ってくれたらしい。

 しどろもどろで大げさな手振りを加えつつの説明は見ているだけでも楽しく、私は既に彼女に魅了されていた事に気付かされるのだった。




 だから私は、今日も彼女の踊りを眺め来ている。上司の小言と工房主の鋭い視線に怯えながらも、ね。




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