表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/184

この手に明日を掴むまで-06(99)

「……ここは、一体?」

 突如視界一杯に広がる、常緑樹。花や木が放つ、()せ返るまでの緑の匂い。流れる水音に、

遠く聞こえる鳥の(さえず)り。

 先程までの、荒れ果てた荒野とは打って変わった景観に、それ以上、皓の言葉は続かない。


「凄ぇ、綺麗だ」

 降り注ぐ陽射しは優しく、思わず口を衝いて漏れる、感嘆の一言。

「その前に、降りて……皓」

 自分の身体の下から響いた、潰れかけた蛙のような恭の声に、慌ててその場から、移動する。

「済まん。気付かなかった」

 いつの間にか自分の下敷きになっていた恭に、慌てて手を貸して起き上がらせると、

「普通すぐ気付くよね」などと愚痴を零す恭を尻目に、皓は用心深く、周囲を観察する。

「恭」

 全身に着いた土埃を叩き落としながら、尚も何事か呟いていた恭に、皓はゆっくりと前方を指し示す。


 荒野に降り立った最初の日に、揺らぐ蜃気楼が見せた、白い建物。緑に覆われた中心地点に、

その屋敷は確かな質感を伴って、存在していた。

 屋敷を目前に捉えた瞬間、唐突に自分の中に押し寄せた数々の感情に、皓自身うまく整理がつかない。

 長かった旅を終え、ついに遙の屋敷まで辿り着けた奇跡が、嬉しいのか悲しいのか、全てが曖昧で、

正しい判断がつけられない。

 何がどうなっているのか、不覚にも溢れ出そうな涙を堪えると、皓は下を向いた。

 

「行ってみる?」

 皓の様子を、そ知らぬ顔で貫き通して。恭が普段と変わらない口調で喋りかける。

「なっ!?」

「だってその為に、皓は此処まで来たんでしょう?」

 迷いもなく言い切る恭の態度は、遠い昔に置いてきた、末の弟を皓に連想させて。

『恭はどうして俺を無条件に信頼出来る?』

 何も聞かないが、何も話さない。二人の間に交わされた、暗黙の了承事項。

 互いの過去に干渉しない為、出逢ったあの日から俺達は歩み寄る事もなく、隔てる距離は他人のままだ。


『いや多分、俺が恭を拒絶しているだけなのだろう』

 身に余る力を宿した俺は、他人との触れ合いを、いつからか意識的に断ってきた。

 一人旅だから、お前と組む気はないと、何度も断った俺に、恭は実力行使を発動し、押しかけた。

 追い払うのも面倒だと、現在の状況に落ち着いたのはいつ頃だったか。

 恭の過去に興味がない訳ではないし、恭自身について知りたいと思う欲望も、ある。

 だが引き換えに明かす自分の思い出は、捨ててしまいたい過去でしかなくて。


 ――考えてみれば、自分の事を一切話そうとしない俺に、何故恭はついてくるのだろう。

『俺はもっと恭の事を知るべきだ』

 自分を信じる相手に、強がる必要はないのかも知れない。友情を育みたい相手に打ち明ける過去が、

必ず幸せである必要もないだろう。

「どうしたの、皓?」

 いつもでも返答が無い事が気になったのか、不思議そうに此方を見返した恭に、皓は黙って首を振った。

「なら行こう、皓。俺と皓の、明日を掴み取る為に」

「ああ」

 明日へと向かう、一歩、その先へ。踏み出した二人の足は、もう誰にも止められはしない。

 大きな扉に手をかけて。

「開けるぞ」 呟いた皓の声は、僅かに震えていた。



 ギギーッ  (きし)む扉の向こう。この先に芽生えるは、俺達二人の希望と未来。

「悪いが、そこから先は通せない」

「?!」

 自分達以外、誰一人として存在しなかった場所に、不意に背後から響く、硬い声。

 同時に開きかけた扉は上から伸びた逞しい手に押さえつけられ、騒がしい音を立てた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ